「日本にもうひとつ太陽をつくろう。」

 この言葉が生まれた日のミーティングには、主題が残されていた。まだ存在していない核融合炉に、名前を与える。装置の名前は識別のために付けるものだと考えられがちだ。しかしその日、最高経営責任者(CEO)の田口昂哉氏をはじめとするヘリカルフュージョン(東京・中央)のメンバーとコピーライターの梅田悟司氏は、違うことを考えていた。装置を呼び分ける「記号」ではない。未来を自分たちのものとして語り、愛着を持ち、仲間を増やしていくために、名前を付ける。前回に続き、その舞台裏を『 言葉を武器にする経営。 なぜあのリーダーのもとにひとが集まるのか 』著者の梅田氏がつづる。

抱きしめたくなる発電所

田口昂哉氏(以下、田口):この言葉(日本にもうひとつ太陽をつくろう。)が出てきたときに、チーム全員の目が輝き出したのをよく覚えています。「うん、これしかないですね」と。僕が求めていた「絶対にこれ。これしかない」という感覚ですね。

梅田悟司氏(以下、梅田):僕は自分が言葉を書いたという感覚はありません。「みなさん、こう語っていましたよね」と。とにかく聞く。言葉を使って語れている部分もあれば、語り切れていない部分もある。そのすべてを読み取っていった結果です。

田口:言われてみれば、みんなこういうことをずっと語っていたんです。創業のときからずっと。でも、一言にはならなかった。不思議ですよね(笑)。

「僕は自分が言葉を書いたという感覚はありません。『みなさん、こう語っていましたよね』と。とにかく聞く。言葉を使って語れている部分もあれば、語り切れていない部分もある。そのすべてを読み取っていった結果です」(梅田氏)(写真=花井 智子)
「僕は自分が言葉を書いたという感覚はありません。『みなさん、こう語っていましたよね』と。とにかく聞く。言葉を使って語れている部分もあれば、語り切れていない部分もある。そのすべてを読み取っていった結果です」(梅田氏)(写真=花井 智子)

 決まったのは、掲げる言葉だけではない。本題である核融合炉の名前も、である。最終実証装置には「Helix HARUKA」、発電初号機には「Helix KANATA」という名前が付いた。

 夢物語のように語られる核融合発電所が、徐々に実現していく。遥(はる)か彼方(かなた)の技術が、日本中の力を結集することで、段階的に実現に向けて、手繰り寄せられていく。その段階を象徴する名前として「HARUKA」「KANATA」を付けた。


田口:発電所って、すごく無機的で機械的。威圧的なものになると思っているんです。実物はやはり大きいですし。威圧感や「ちょっと怖い」という印象を与える可能性が高いんです。

 ただでさえ「核融合」という言葉がついています。そこで、誤解を受けることもあります。だからこそ、有機的なもの、思わず抱きしめたくなるもの、感情的に受け入れたくなるもの。そういうものにしていきたかったですね。

「ただでさえ『核融合』という言葉がついています。そこで、誤解を受けることもあります。だからこそ、有機的なもの、思わず抱きしめたくなるもの、感情的に受け入れたくなるもの。そういうものにしていきたかったですね」(田口氏)(写真=花井 智子)
「ただでさえ『核融合』という言葉がついています。そこで、誤解を受けることもあります。だからこそ、有機的なもの、思わず抱きしめたくなるもの、感情的に受け入れたくなるもの。そういうものにしていきたかったですね」(田口氏)(写真=花井 智子)

 話を聞きながら私が思い浮かべていたのは、研究者・技術者の方々が「今日は元気か」「今日もよくやってくれたな、明日もよろしく」と語りかけている光景である。それなら、人の名前のようなものがいい。しかも、日本の総力を挙げて臨むなら、日本人の名前であったらいい。


田口:「HARUKA」「KANATA」は、社内外を問わずみんな使っています。新聞記者さんなどが会見で、「2030年前後にHARUKAが動く」といったことを、第三者として使ってくださる。それがすごくうれしくて。自分たちの計画がちゃんと第三者に受け止められ、みんなのものになっていっている感じがして、とにかくうれしいんです。


 名前は、説明を省くためだけの道具ではない。呼ぶたびに、その対象への愛着が生まれる。「実証一号機」と呼べば設備になり、「HARUKA」と呼べば、育てる相手になる。そして、ミーティングへの出席者は、そのような名前を求めていたのだ。


梅田:「HARUKA」ができたら抱きしめたいですね。

田口:みんなで輪になって抱きしめましょう(笑)。

船に乗り込む人だけを、仲間と呼ぶ

 「日本にもうひとつ太陽をつくろう。」という言葉ができてから、様々な場所で用いられているという。


田口:核融合発電所の開発には、政府関係者、技術パートナー候補、社員の採用など、とにかく仲間を集めないといけません。僕の最も重要な仕事でもあります。そのときに、「僕たちが何をやっていて、なぜあなたたちが仲間になるべきなのか」をうまく伝えられないと、入ってもらえない。

梅田:仲間といっても、事業を進めるパートナーもいれば、資金を出して一緒にリスクを取る人もいる。一緒に事業をやっていく従業員もいる。今、どのあたりが一番重要だと感じていますか。

田口:あまり色分けはしていませんね。従業員も、お金を預けてくださる方も、技術を提供してくれる方も、政府の中で動いてくれる方も、みんな仲間です。何かしら自分のリソースを割いて「これを一緒にやろう」と思ってくれる方が、仲間だと思っています。

 逆に言うと、「自分のリソースやコミットメントなしで、うまくいくといいな」と眺めているだけの人は、仲間とは言いにくいですね。「自分で船に乗って漕(こ)ぐぞ」という意気込みを一番重視しています。実は、事業や技術の親和性よりも、「自分も作るんだ」というスタンスですね。

梅田:その覚悟は、どのように判断されるのですか。

田口:お話をして、本当に覚悟を持っている方は、必ず行動に移してくださる。自ら資金を用意する、自社をちゃんと説得してこれをやる、と。ちゃんと結果を出してくださるんです。

いつか、主語が消えるといい

 この言葉は、どこへ向かうのか。田口さんの答えは、経営者の口から出るものとしては、少し変わっている。


田口:今はまだ「僕たちの言葉」だと思うんです。それが、他の人の言葉にもなっていってほしい。今はヘリカルフュージョンが叫んでいる感じですが、たとえば公式パートナーの方が自分の言葉として語ってくれる。「日本にもうひとつ太陽をつくろう。」を自分の言葉だと感じる人が、どんどん増えていく。そしてそのうち、最初に誰が言っていたか分からなくなっていく。それはむしろ、いいことだと思っています。

梅田:みんなが当たり前のように使っている。素晴らしいですね。

田口:梅田さんとつくった言葉が、武田双雲さんの手によって書になりました。触れられるものになったのです。ここでも、伝わり方が一段上がった感じがします。全国に広がる仲間たちと横断幕の前で写真を撮る。きっとこの先に、主語がなくなる世界があるんだろうなと思っています。

梅田:たどってみたら「ヘリカルフュージョンが最初に言っていたらしいよ」となる。それは美しいですね(笑)。


 企業の資産は、有形資産と無形資産に分けられる。ヘリカルフュージョンがつくる核融合炉は、まさに有形資産である。そして、言葉は無形資産である。有形資産と無形資産が交わり合い、影響し合いながら企業体を形づくっていく。

 田口さんが語ったのは、無形資産である言葉が、未来資産へ、そして、社会資産へと昇華するプロセスである。そのなかで言葉の署名性が消えていく。むしろ、そこまで到達した言葉は本当にしあわせだと思う。

 田口さんは、その到達点を、企業の側から先回りして望んでいる。自社の言葉が自社のものでなくなることを、目標として語る経営者に、私はそう多く出会っていない。

(写真=花井 智子)
(写真=花井 智子)

経営と言葉を、結び付けて考えたことはなかった

梅田:田口さんにとって、経営の言葉とは何ですか。

田口:経営と言葉をセットや関係性として考えたことは、あまりなかったんです。クレストスキルパートナーズの南章行さんは「経営って言葉だからね」とずっと言っていましたが、「そういうものかな」と思うくらいでした。

 けれど、やっぱり経営は1人ではできない。チームをつくり、仲間を増やし、人と人との関係性のなかでやっていく。そうすると、人と人を媒介するものとして「言葉」が絶対に出てくる。だからこそ、自然と言葉に対する感度は上がっていきましたね。

 それを何となく使うのではなく、「この人と話してこうなってほしい」という意図があるわけです。自分が意図するコミュニケーションの結果にたどり着こうとすると、言葉を研ぎ澄まさないと、思うような結果にはたどり着かないですからね。

梅田:これから言葉をつくろうとしている経営者へメッセージをお願いします。

田口:まずは、自分たちで悩み切ることだと思います。最初からきれいな言葉にはできません。大事にしていること、こだわっていることを、自分なりにいろいろ言葉にしたり、紡いだりしてみてほしいですね。

 答えは出なくてもいいんです。自分たちで考えてはじめて、プロに相談する。そうでないと、プロにインプットするものすら用意できていない状態になります。それでは、いいものはできないですよね。一次情報や、自分の中から出てくるものが大事だと思います。

梅田:ミーティングの前に、皆さんが持ち寄った案を見せていただきました。なるほど、こういう視点で世界を見ているのか、という発見がありました。ここまでは考え抜かれている。でも、その先が出ない。その地点が共有できていたのは大きかったですね。

田口:それをやっていないと、いいものがポンと出ても、たぶん納得できない。「もっとあるんじゃないか」と感じて、「自分の思いが昇華されていない感じ」になってしまう。みんながちゃんと自分なりに内省して、案を作って、その過程で「自分が大事にしているもの」がおぼろげに分かってくる。それを全部、梅田さんに預けて、昇華していただいた。そのプロセスがあったから、みんな「ピンときた」んじゃないかな、という気がします。


 まだ存在しない発電所を、どうすれば嘘にならずに言葉にできるのか。

 この対談を終えて、私なりの答えが見えてきた。書かれた対象がまだ存在していなくても、その言葉を発した人が、実際に船を漕いでいるならば、それは虚構ではない。実体とは、完成したモノだけを指すのではなく、いまこの瞬間に注ぎ込まれている、資源と覚悟なのではないだろうか。

 「日本にもうひとつ太陽をつくろう。」は、結果の宣言ではない。仲間への、そして、ともに汗を流す、行動への招待状として機能している。

 招待状である以上、問われることはひとつしかない。

 その言葉で、仲間を集められるか。これだけである。

 あなたの会社が掲げている言葉を、この基準で読み返してみてほしい。社員が、取引先が、これから仲間になるかもしれない誰かが、その言葉を聞いて、自分の能力や時間といった資源を差し出したくなるだろうか。眺めているだけの人しか集まらないのだとしたら、その言葉には、改良の余地があるのかもしれない。

(写真=花井 智子)
(写真=花井 智子)

(次回は三菱地所からのカーブアウトによって誕生した「株式会社HOMETACT」共同代表COO・橘嘉宏さんとの対談をお届けします。テーマは「スマートホームを使わずして、スマートホームを表現せよ」です)

[日経ビジネス電子版 2026年8月19日付の記事を転載]

「あの言葉があったから、ぶれずに進むことができた」。社員たちがこう言えるようになったとき、「言葉」は無形資産として経営を力強く支える武器になります。個と組織を強くするためにリーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説します。

梅田悟司(著)/日経BP/1760円(税込み)