対談前編では「スマートホーム」という言葉を封印し、自分たちの事業の本質をどう語るかという“挑戦”を追った。コピーライター・梅田悟司氏(『 言葉を武器にする経営。 なぜあのリーダーのもとにひとが集まるのか 』著者)は、株式会社HOMETACT(ホームタクト)代表取締役共同代表COO(最高執行責任者)・橘嘉宏氏と対話を重ねるなかで、橘氏の不動産業界への愛情や40年変わらない業界への問題意識、そして「不動産から逃げない」という覚悟を掘り当てていく。その思いはどのように、経営の言葉に結実したのか。後編では、HOMETACTが発するメッセージが生まれるまでの過程をたどる。

ステートメントが、決定権者に一番刺さる

 「日本の不動産に、選ばれ続ける力を。」

 橘さんとの高速チャットから生まれたのは、このコーポレートメッセージだけではなかった。企業の姿勢と思いを記す、ステートメントである。

 やったことは単純である。公式・非公式問わず、話してもらったこと、議論したことを、ひとつも捨てない。そのうえで、言葉が自然とつながる文脈を発見し、並べ替えていく。その結果、自社らしさを、自分たちの言葉で語ることができるようになるのだ。

 ステートメントを読み終えたとき、「日本の不動産に、選ばれ続ける力を。」の意図が、すっと腹に落ちる。このようなコーポレートメッセージとステートメントの関係を設計した。


橘嘉宏氏(以下、橘):ステートメントは、初めて会う人、特に不動産会社の経営者にすごく刺さるんです。記者会見でも、全体20分ちょっとのうち、1分強かけてゆっくり読ませていただいたのですが、記者の方々から「分かりやすかった」と言っていただけました。

梅田悟司氏(以下、梅田):ステートメントって、社員も最初は読むけれど、だんだん読まなくなってしまうことが多いんです。それを読むことで意思決定者の心が動くのは、うれしいですね。

「ステートメントって、社員も最初は読むけれど、だんだん読まなくなってしまうことが多いんです。それを読むことで意思決定者の心が動くのは、うれしいですね」(梅田氏)(写真=花井 智子)
「ステートメントって、社員も最初は読むけれど、だんだん読まなくなってしまうことが多いんです。それを読むことで意思決定者の心が動くのは、うれしいですね」(梅田氏)(写真=花井 智子)

橘:この間も、導入先の社長さんに絶賛していただいたんです。特に「経年劣化を、経年進化に。」というところを、「これ、頂いていいですか」と(笑)。「生活をアップデートし続けるインフラになる」という話が日本語で可視化されて、その社長さんのなかでバシッとはまったんでしょうね。


 短い言葉は、記憶に残る。しかし、決断を促すのが、短い言葉であるとは限らない。決定権を持つ人ほど、一行だけで動くことはない。

 「なぜその一行にたどり着いたのか」

 背後にどれだけの思考が積まれているのかを深く納得して、判断する。長文は、短い言葉の補足でもない。短い言葉を信じてもらうための、根拠として機能する。


橘:このステートメントは一緒に議論してきたすべてが詰まっていますよね。経年劣化から経年進化へ。借りる人、建てる人、管理する人の、三方よし。僕も何度もステートメントを読んでいます。そのすべてに納得しながら。「そうそう、全部、一緒に話した内容だよね」と。これが伝えたかったことだし、みんなに理解してほしいと本当に思います。

 そして、最後にコーポレートメッセージ「日本の不動産に、選ばれ続ける力を。」と締める。タグラインの「資産価値をあげるスマートホーム」も、とても評判がいい言葉です。今回紡いだ言葉たちはみんなが抱えている危機感を、ジャッキアップ(持ち上げる)したんだと思います。少し火をつけてしまうような感覚に近い。この業界で何十年も働いていたら、「このままではまずい」と誰しも思っている。それをいつ、どこから変えていくか、だと思うんです。

「このステートメントは一緒に議論してきたすべてが詰まっていますよね。経年劣化から経年進化へ。借りる人、建てる人、管理する人の、三方よし。僕も何度もステートメントを読んでいます。そのすべてに納得しながら」(橘氏)(写真=花井 智子)
「このステートメントは一緒に議論してきたすべてが詰まっていますよね。経年劣化から経年進化へ。借りる人、建てる人、管理する人の、三方よし。僕も何度もステートメントを読んでいます。そのすべてに納得しながら」(橘氏)(写真=花井 智子)

 株式会社ホームタクトの記者発表会を終えた後、様々な反応があったという。


橘:社外のスマートホーム業界の人たちが一番びっくりしていました。「橘さん、スマートホームっぽくなくなりましたね」と(笑)。今まで横でスマートホーム業界用語を駆使して「それっぽく」やっていたのに、と。それが私にとっては一番の褒め言葉で、「してやったり」でした。

 逆に不動産業界の方からは「めっちゃ分かりやすくなりましたね」と言われる。まさに狙い通りの反応でした。

梅田:両者の反応の違いは面白いですね。

橘:スマートホーム業界からすると「橘さん、不動産に戻っちゃった」「これからも未来を一緒に楽しく語れると思っていたのに」と思ったはずです。でも、それだけでは、業界は動かないぞ、とずっと思っていたんです。


 新会社での事業がはじまる半年ほど前から、HOMETACT事業の語り方を大きく変えていたという。「スマートホームがどれだけすごいか」から「家賃がどのエリアでどれだけ上がるか」「空室期間がどれだけ短くなるか」などの経済的価値にコミュニケーションの軸足を変えていた。

 概念で語らず、提供価値で語る。技術で語らず、社会実装で語る。

 このような社内の変化と、言葉を生み出すタイミングが重なったのだ。

最後に、もう一度スマートホームを戻す

橘:仕上がってきたステートメントを見たら、「スマートホーム」はもちろんのこと「エコシステム」とか「プラットフォーム」みたいな言葉も入っていない。「日本の不動産を持ち上げるぞ」という内容になっていて、「あ、それはそうなんだけど、やっぱり『スマートホーム』必要かも」と思ったんですよね(笑)。

梅田:あんなに「スマートホームは使わない」と言っていたのに、最後の最後に持ってくる。壮大なギャグだなと思っていましたが、考え直してみると、すごい発明ですよ(笑)。

橘:スマートホームを、スマートホームという言葉抜きでも語ることができる。そこにスマートホームという言葉が加わったわけですから。めっちゃいいなと(笑)。


 こうして生まれたのが、「資産価値を上げるスマートホーム」というタグラインである。HOMETACTの主力サービス「HOMETACT」のブランドロゴとセットで、必ず置かれる言葉である。


橘:営業メンバーにとっても、「まず、これを言えばスタートが切れる」というものになった。それは言葉だけではなく、全社員にとっての武器になったと思っています。

 以前は、営業資料の1ページ目が「スマートホームとは」でした。照明がつながって、米国ではかなり広がっています。日本でも、必ず広がります、と。

 それをやめて、まず「日本の不動産に、選ばれ続ける力を。」。なぜなら、「資産価値をあげるスマートホーム」だからです、と。この流れがほぼ鉄板になりました。

 新しいメンバーを続々と採用していますが、以前は「便利なガジェットが好き」というタイプが多かった。それが最近は、「業界が進化しないことにずっとイライラしていた。それを一緒に変えたいんです」という業界革新を志している応募者が来るようになってきたんです。これは明らかにこの事業の意図しているところが、世の中に伝わり始めている!と感じたタイミングでした。


 「スマートホーム」という言葉は一見、使いやすいようにも感じられる。しかし、その使いやすさが、スマートホームを端的に説明する工夫を阻害している。この課題に向き合ってきた言葉の検討であった。

 そして、もう一度「スマートホーム」を戻したとき、話し手は、自信を持ってスマートホームを語ることができるようになった。このプロセスは、多くの企業や業界にとって、大きな示唆になり得るのではないだろうか。

まず、日本語だけで表現しようとする

 この4カ月で橘さんが手にしたのは、一行のコーポレートメッセージと、ステートメントと、タグラインだけではない。紋切り型の言葉を使わずに、自分たちの言葉で事業を説明する。その自分たちの言葉探しでもあった。


梅田:これから経営の言葉を作ろうとしている人に、アドバイスをお願いします。

橘:私が心がけたのは、「自分が本懐としていること」「なぜ自分がこの事業で働いているのか」を、形にしなければ、という思いでした。それを素直に吐き出す作業をやったほうがいい、というのがアドバイスになるかもしれません。

 1人で考えていても堂々巡りになりますし、AI(人工知能)に相談しても、この答えは出てこない。内部でワークショップをやるだけでなく、外の目を挟むことで、自分が大切にしてきたことがクリアに理解できる瞬間が何度もありました。

「私が心がけたのは、「自分が本懐としていること」「なぜ自分がこの事業で働いているのか」を、形にしなければ、という思いでした。それを素直に吐き出す作業をやったほうがいい」(橘氏)(写真=花井 智子)
「私が心がけたのは、「自分が本懐としていること」「なぜ自分がこの事業で働いているのか」を、形にしなければ、という思いでした。それを素直に吐き出す作業をやったほうがいい」(橘氏)(写真=花井 智子)

梅田:世の中のコピーライターやクリエイターは、「無から有を生み出すのがクリエイティブだ」と思っている。でも、それは捏造(ねつぞう)です。僕は捏造を絶対にしたくない。

橘:みんな「無から有をつくる」から、ある種の異物をつくるんですよね。でも、異物をつくらないと、社会に対してショッキングにならないだろう、という理屈でもあるのかなと思います。

梅田:僕のやり方はその真逆で、何も足さない、何も選ばない。いただいたことすべてを包含する、唯一の言葉を出す。それをやり切れたのは、公式・非公式問わず、大量のインプットをいただけたからです。ありがとうございました。


 この対談を終えて、見えてきたことがある。

 自分の言葉、という表現がある。それと同様に、企業のなかには、自分たちの言葉がある。橘さんとの仕事は、紋切り型の言葉を超えて、自分たちの言葉を見つけるプロセスそのものであったと思う。

 業界用語や専門用語は、便利である。一言で通じるから、それ以上を説明しなくて済む。だが、説明しなくて済むとは、自分たちが何を売っているのかを、考えなくて済むということでもある。

 スマートホームという言葉を封じたとき、テクノロジーでも最先端でもない「不動産の資産価値を上げる」という本質的な価値が浮かび上がった。それが、事業の本質である。最後に言葉を戻しても、もう、借り物にはならない。

 あなたの会社が、社外への説明で一番よく使っている言葉は何だろうか。その言葉を一度封じて、事業を語ってみてほしい。語れなかったとしたら、その言葉は、まだ自分たちのものになっていない可能性がある。

(写真=花井 智子)
(写真=花井 智子)

(次回は「愛と勇気のある言葉を生みだす」をテーマに、電通のクリエイティブディレクター、大森康弘さんと行った対談をお届けします)

[日経ビジネス電子版 2026年8月26日付の記事を転載]

「あの言葉があったから、ぶれずに進むことができた」。社員たちがこう言えるようになったとき、「言葉」は無形資産として経営を力強く支える武器になります。個と組織を強くするためにリーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説します。

梅田悟司(著)/日経BP/1760円(税込み)