「あのとき、あのひと言があったから私はここまでやれた」――判断に迷ったとき、仲間と協働するとき、人の行動を支えるのは「信じられる言葉」の存在だ。壁に貼られたビジョンやパーパスではない。個と組織を強くする言葉とはどのようなものか? リーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説した『 言葉を武器にする経営。 なぜあのリーダーのもとにひとが集まるのか 』の著者・梅田悟司氏が、共に言葉をつくり、その言葉で現実を動かしてきた経営者と語り合い、考える。対談シリーズ第2弾のゲストは、スマートホームを手がけるHOMETACT代表取締役共同代表COOの橘嘉宏氏である。その前編。

2026年4月、ひとつの企業が誕生した。

 三菱地所のスマートホーム事業「HOMETACT(ホームタクト)」が、カーブアウト(事業の切り離し)を経て独立した、株式会社HOMETACTである。自らを「住みごこちDX(デジタルトランスフォーメーション)カンパニー」と定義し、コーポレートメッセージを掲げた。

 「日本の不動産に、選ばれ続ける力を。」

 スマートホームを手がける企業の言葉としては、どこか武骨である。不動産テック企業のようなおしゃれな言葉選びではなく、力強く、わかりやすい。

 この言葉に決まった背景には、代表取締役共同代表COO(最高執行責任者)・橘嘉宏さんが持つ、2つの思いがあった。40年変わらない業界のやり方への反骨心と、「それでも自分は不動産屋である」という帰属意識である。

 対極する気持ちを、どのようにコーポレートメッセージに落とし込んでいったのか。この言葉を共につくってきた橘嘉宏さんに聴く。

HOMETACT代表取締役共同代表COOの橘嘉宏氏(右)と梅田悟司氏(写真=花井 智子)
HOMETACT代表取締役共同代表COOの橘嘉宏氏(右)と梅田悟司氏(写真=花井 智子)

「スマートホームとは」から始まる資料

 ホームタクトは、三菱地所のスマートホーム事業として生まれた。企業の垣根を越えて、家電や住宅設備機器をつなぐ。異なるメーカー製品もアプリで操作が可能で、入居後に機器を足すこともできる。特定の1社に閉じないオープン・プラットフォームであることが、この事業の特徴であり、強みである。暮らしは、確かに便利になる。

 しかし、その価値が、最初から不動産オーナーや管理会社に伝わったわけではないという。


梅田悟司氏(以下、梅田):事業を進めるなかで、伝わりづらさや、チームをまとめる難しさを感じていたことはありますか。

橘嘉宏氏(以下、橘):魅力的なサービスをつくっているつもりなので、それをユーザーに届けたいという思いが前面に出ていました。しかし、実際には、採用してくれる不動産会社を巻き込まないと、普及していきません。

 スマートホームの啓蒙と、HOMETACTというサービスの販促。この2つを同時に行わなければならない。そこに難しさを感じていました。

 HOMETACTの話の前に、スマートホームの話をしなければならない。でも、スマートホームの説明に終始すると、HOMETACTの強みや魅力の説明が疎かになる(笑)。

橘 嘉宏(たちばな・よしひろ)氏
橘 嘉宏(たちばな・よしひろ)氏
2008年、三菱地所入社。住宅開発を手がけた後、住宅事業グループCRM(顧客関係管理)や会員組織「三菱地所のレジデンスクラブ」統合プロジェクトなど、DX施策や新事業の推進を主導。2021年11月に、総合スマートホームサービス「HOMETACT(ホームタクト)」の提供を開始。26年4月に株式会社HOMETACTとしてHOMETACT事業を分社化した。(写真=花井 智子)

梅田:初回のミーティングでお話ししたことですよね。「『スマートホーム』はわかるようで、わからない問題」ですね。

橘:私自身、スマートホームという言葉を、悩みながら使っていた部分があります。スイッチのオン・オフだけではなく、見守り、エネルギーマネジメント、セキュリティーまで本当に幅広い要素を含んだ言葉です。説明し切れば伝わるのですが、毎回そこから始める労力は、かなりのものでした。


 説明する相手を思い浮かべると、構図はわかりやすい。物件を持つオーナーや地域で長く続く管理会社の社員にスマートホームの概念を説明する。最新でおしゃれな感じは伝わるものの、不動産業にもたらす本質的な価値への納得感が得られないこともあったという。


橘:3年ほど前までは、「スマートホーム、かっこいいでしょう。このトレンドに乗りましょう!」という文脈でメッセージをつくり、サービスを打ち出していました。それでも、不動産業界の関係者にとっては、価値が腹に落ちていない感じはありました。

梅田:メッセージとして、住む人の利便性を起点にしていましたよね。

橘:はい、そこは意図的に行っていました。HOMETACTの事業モデルは、BtoBtoCです。不動産業界は、エンドユーザーである入居者にとっての利便性を提示すれば、価値を感じてくれるだろうと思っていました。

 しかし、実際は「入居者は喜びそうだけど、自分たち(不動産事業者)にとって何が得なんだっけ」という部分で理解してもらえていなかった。スマートホームの本質的な価値を理解してもらうまでの、あと一歩が足りなかったんです。

梅田:そこから大きなことが決まりましたよね。スマートホームという言葉を使わない。

橘:初回ミーティングでの、あの合意は大きかったですね。スマートホームを、スマートホームという言葉を使わないで説明する。すごく重要な論点だな、と思いました。


 営業資料の1ページ目は、いつも「スマートホームとは」から始まっていた。本当に話したいことは「HOMETACTの特徴」であり、「どう不動産業界を盛り上げる可能性があるのか」に他ならない。ここから、HOMETACTのメッセージ検討が始まった。

不動産から、逃げない

 言葉づくりの相談を受けたのは、HOMETACT事業が株式会社ホームタクトとして独立する4カ月前だった。事業の骨格はできあがっている。しかし、事業を体現する言葉だけが足りない。検討中の言葉を携えて、カーブアウトを諮る経営会議に臨む。そのようなタイミングでもあった。


橘:このプロジェクトを「本当に会社化していくぞ」と、自分を鼓舞するためにも、先に言葉をつくっておきたかった。そして、自信を持って語ることができる言葉を持った状態で、記者会見に臨みたかったんです。

 今までは、社内で守られていた部分があると思います。しかし、分社化すると攻めに転じなければいけない。ついてきてくれているメンバーを牽引(けんいん)し、新たな社員も採用していく。だからこそ、自分が考えていることを伝えるための言葉が、どうしても必要でした。

梅田:最初に橘さんとお話ししたときから一貫して感じているのは、不動産愛です。不動産業界を盛り上げるために、スマートホームがある。事業の中心はスマートホームですが、やっぱり立脚点は不動産業界にある。

梅田悟司(うめだ・さとし)氏
梅田悟司(うめだ・さとし)氏
レコード会社を起業後、電通入社。ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援等を経て現在は武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授としての活動と、生成AI(人工知能)による生産性向上を支援するワークワンダース取締役としてプロンプト開発を行っている。2026年7月24日に新著『言葉を武器にする経営。 なぜあのリーダーのもとにひとが集まるのか』(日経BP 日本経済新聞出版)を出版。(写真=花井 智子)

橘:そこは僕の不動産屋としての矜持(きょうじ)があります。そうでなければ、わざわざカーブアウトする意味がないんじゃないか、とすら思っていました。

 三菱地所は、日本の不動産の価値を高めるために生まれた会社です。そこから派生している以上、たとえテック寄りの事業であったとしても、不動産から逃げない。その思いを共有しながら、言葉を整えていきましたよね。

梅田:自分を育ててくれた不動産業界への愛情。そして、愛があるがゆえの問題意識。

橘:はい。不動産業界の住宅事業に15年以上携わってきて、こんなにマーケットが大きいのに、40年前とビジネスのやり方が変わっていないということが、素直な疑問としてずっと残っていました。私自身、長年にわたり、いわゆる「不動産DX」を推進する立場でしたが、やはりこの業界は内部から変えていくしかないと確信していたからこそ、大企業内での新規事業創出というルートを選びました。ここまで「イントレプレナー」として強い思いを持ってやっている人間は、なかなかいないんじゃないかと思います(笑)。


 先進的な事業を掲げる会社にとって、「不動産」という言葉を前面に出すことは、古く、硬く、旧態依然としたイメージを与えかねない。実際、カタカナで語ったほうが、その会社は新しく見えるかもしれない。

 それでも橘さんは、その逆を突く判断をした。自分の課題意識を表明し、不動産に真っ向から向き合う。そうしなければ、業界を動かすことはできないと直感していたのかもしれない。

非公式な高速チャットの存在

 言葉づくりは、公式なミーティングだけで進んだわけではない。プロジェクトのメンバーが集まる場とは別に、橘さんと私の間には、2人だけで共有するホットラインが動いていた。


梅田:公式な場とは別に、2人の高速チャットが走っていましたよね。

橘:この機会に、本当に思っていることを言葉に落とし込みたいという思いがありました。だから、梅田さんになるべくたくさんのことを短期間に伝えておかないといけない。そのために、ずっとチャットしてましたよね。中高の先輩であるのも、心強かったです。返事不要のつぶやきを送り続けていました(笑)。

「三菱地所は、日本の不動産の価値を高めるために生まれた会社です。そこから派生している以上、たとえテック寄りの事業であったとしても、不動産から逃げない。その思いを共有しながら、言葉を整えていきましたよね」(橘氏)(写真=花井 智子)
「三菱地所は、日本の不動産の価値を高めるために生まれた会社です。そこから派生している以上、たとえテック寄りの事業であったとしても、不動産から逃げない。その思いを共有しながら、言葉を整えていきましたよね」(橘氏)(写真=花井 智子)

 通常、聴く場は設計されている。プロジェクトメンバーとの打ち合わせがあり、現場へのヒアリングがある。ただ、そこで語られるのは、整理された話である。正確ではあるが、その人の本音や体温までは伝え切れない。ホットラインで交わされていたのは、整理される前の「心の声」だった。


梅田:あのやり取りで「イントレプレナー魂」を見せてもらえた気がします。こういう会社員が育つ環境ってすごいなと。

 なかでも印象的だったのは、「メッセージの中に絶対『不動産』という言葉を入れたい」と言われたことです。

橘:確かに、「不動産」は難しい言葉ではあります。僕自身、結婚するときに、妻の祖母から「不動産屋で大丈夫なの?」と心配されたくらいで(笑)。少し怖い印象のある言葉でもある。それでも、不動産業界の人間からすると「俺たちは不動産屋だ」という自負もある。

 今後、ホテルや民泊などの、住宅以外のアセットタイプも射程に入れていこうとなったとしても、やはり対象は「住宅」や「住まい」、「物件」だと狭すぎる。総合すると不動産。やっぱり、不動産だなと(笑)。


 そこから生まれたのが「日本の不動産に、選ばれ続ける力を。」である。「不動産」は必ず入れる。高速チャットでの、橘さんとの約束である。そこに「日本の」を加えたとき、文章は完成した。この「日本」にも橘さんの思いがあった。


梅田:もうひとつ印象的だったのが「主語を大きくしたい」という橘さんのご意見でした。スマートホームやHOMETACTをどう説明するか、を超える。具体的には「日本」「この国」といった規模で捉えたほうがいいかも、という示唆がありましたね。

橘:それもイントレプレナー魂なのかもしれません(笑)。「不動産を盛り上げる」よりも、「日本の不動産を盛り上げたい」の方が、しっくりくるんですよね。


 橘さんとの高速チャットでやり取りしていたのは、考えるための素材や情報である一方で、整ったものではなかった。断片的ではあるものの、欠くことができない、事業の魂であった。

 整う前のものであっても、とにかく量を手渡していく。インプットの量が、アウトプットの質を決める。言葉の納得感は、「十分伝えた」と「十分聞いた」の間に生まれるものである。

(「十分伝えた」橘氏と「十分聞いた」梅田氏。そこで梅田氏は、何を考え、どう動いたのか。後編に続きます)

(写真=花井 智子)
(写真=花井 智子)

[日経ビジネス電子版 2026年8月25日付の記事を転載]

「あの言葉があったから、ぶれずに進むことができた」。社員たちがこう言えるようになったとき、「言葉」は無形資産として経営を力強く支える武器になります。個と組織を強くするためにリーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説します。

梅田悟司(著)/日経BP/1760円(税込み)