人工知能(AI)の普及や電気自動車(EV)をはじめとする電動車の拡大、電子機器の高性能化、自動化を踏まえて複雑・高度になる産業用機器……。最新機器を開発する上で、熱マネジメントが欠かせない課題となっている。競争力を左右する熱マネジメント習得のポイントを、元デンソーで開発設計の第一人者である神谷有弘氏に聞く。まずは、熱マネジメントが注目を集める理由を探る。(聞き手は近岡 裕)
製造業からIT業界まであらゆるところで「熱マネジメント」という言葉をよく聞くようになりました。注目されている理由は何ですか?
神谷氏:一言で言えば、総合的な熱エネルギーの管理が重視されているためです。電気・電子機器、自動車、半導体、サーバー、医療機器、宇宙・航空、産業機器など、あらゆる分野の開発で熱マネジメントのニーズが高まっています。
AI活用は「熱との戦い」
例えば、自動車分野では電動車の開発が活発化したことが背景にあります。顕著なのはEVです。エネルギーを効率的に利用したいというニーズから熱マネジメントの認識が特に高まりました。
EVでは熱エネルギーが不足しがちです。最近は広く知られるようになりましたが、高速走行時に冷暖房を利用すると、航続距離が自動車メーカーの公称値から大幅に短くなります。これを少しでも補うために、熱マネジメントをうまく行うことで効率的なエネルギー制御を実現しようとする動きが出てきました。
技術系のメディアなどで熱マネジメントという言葉が頻出するようになったのは、米Tesla(テスラ)の「オクトバルブ」や中国・比亜迪(BYD)の「ノナバルブ」といった熱マネジメント特有の部品が最新のEVに搭載されているのが知られてからでしょう。
これらは、空調やリチウムイオン2次電池、パワートレーン、ECU(電子制御ユニット)など、冷却・加温が必要な部品の熱マネジメントの中核を担うバルブです。要は、弁を巧みに切り替えて、熱を持った水(クーラント)の流れを制御することでエネルギーを効率よく使い、航続距離を延ばそうという試みです。
現在、世間で最も注目を集めているのは世界的に増設が続くAIサーバーやそれらを大量に設置したAIデータセンターでしょう。こちらはエネルギーを効率よく使うことを求められるのはもちろんですが、それ以上に放熱のニーズが高いといえます。
AIサーバーは、高性能GPU(画像処理半導体)や大容量メモリー、高速ストレージ、高速ネットワークなどから構成されています。最先端部品をふんだんに採用してAIモデルに伴う膨大な演算を高速に処理できる一方で、大きな問題があります。それが発熱です。
先端のGPUの中には、消費電力が1kWクラスに達するものもあります。1kWといえば、小型の電気ストーブくらいの消費電力です。1つのAIサーバーには8個程度のGPUがあり、AIデータセンターになると数千から数万個のGPUが使われている計算となります。まさに「熱(放熱)との戦い」と言ってよいでしょう。
熱マネジメントが注目される背景には、電動化革命やAI革命という切迫したニーズがあるのですね。
神谷氏:その通りです。最近ではAIデータセンターを北極に近い寒冷の極地に置こうといった極端な意見まで聞こえてくるようになりました。もちろん、環境負荷の問題から反対の意見もありますが、こうした極端な考えが出てくるところからも、いかに熱対策に苦労しているかが分かると思います。
ただし、「熱マネジメント」という言葉自体は、我々のように長年、熱設計に携わってきた人間からすると、決して新しい言葉ではありません。例えば、車載エアコンの開発現場では、冷暖房における熱マネジメントとよく言っていました。
幅広い分野の技術者の耳目に触れるようになったのは、やはり、先のテスラのオクトバルブ辺りからだと思います。技術系メディアで取り上げられたからでしょう。
つまり、熱マネジメントの概念は以前からあるのですね。
神谷氏:電気・電子製品やデジタル製品の開発にとって、熱マネジメントは永遠の課題です。それこそ、18世紀の産業革命以来、人類は熱と戦ってきたとさえいえます。それが最近、デジタル製品→クラウドサービス→AIデータサーバーのように、製品や分野を変えながら「熱エネルギーを総合的にどう利用するか」とずっと悩んでいるというわけです。
[日経クロステック 2026年7月15日付の記事を転載]
神谷有弘(著)/日経BP/7150円(税込み)
