AI(人工知能)は電力とインフラという重い土台なしには成立しない。今後は「軽いものが主役で重いものが裏方」という関係ではなく、「重い基盤の上に軽い価値が乗る」構造として経済全体を見直す必要がある。それは日本にとって好機なのだ。2024年1月の株価3万円台の時期から「日経平均10万円」時代の到来を見据えていた藤野英人さんの『「日経平均10万円」時代に備えろ』(日経ビジネス人文庫)から抜粋・再構成してお届けする。
AI時代の核心は電力とデータ
今、経済の前提は大転換しています。
・「効率性を最大化する経済」から「供給を維持することを最優先とする経済」へ移行
・「在庫を厚めに持ち、キャッシュもある程度厚めに持ち、調達先も分散し、生産地も販売先も分散する」企業が強い
この構造変化を決定的に加速させているのが、AI(人工知能)です。
AIについて語られるとき、話題になるのは主にソフトウエアやアルゴリズムの進歩です。もちろん、それも間違いではありません。
一方で、今改めて浮かび上がってきているのは、AIの本質はむしろ電力とデータの問題だということです。
大規模な計算を支えるには、膨大な電力、データセンター、冷却設備、送配電網が必要になります。つまり、AIは見た目ほど「軽い」産業ではなく、むしろ非常に「重い」基盤の上でしか成立しないのです。
この視点は、非常に重要です。多くの人は、AIと聞くと半導体企業やソフト企業を思い浮かべますが、実際にはその背後で電力インフラやエネルギー管理の重要性が急速に高まっているからです。
AI時代とは、「計算能力を競う時代」であると同時に、「計算を止めずに支える能力が問われる時代」でもあるということです。
ボトルネックは半導体だけではなく、発電、送電、蓄電、冷却、電力制御といった領域がAI時代の核心部分になってくるといえます。
軽い経済から重い経済へ
同様にAIにとって不可欠なのが、データです。
高度なアルゴリズムだけでは十分ではなく、継続的に高品質なデータを取得し続ける仕組みを持つ企業こそが優位に立ちます。
工場、物流、電力設備、医療現場、交通網といった「現場」にセンサーが張り巡らされ、そこから現実世界の情報を取り続ける仕組みが、AIの実用化を支えるのです。
言い換えれば、AIの競争力はソフトウエア単体の優劣ではなく、「電力」と「データ」という2つの供給構造をいかに握っているかで決まってくるということです。
こうして見ると、今世界で起きていることは、「軽い経済」から「重い経済」への移行だと整理することができます。
インターネット以降の数十年は、ソフトウエア、広告、金融、プラットフォームのように、物理的制約から比較的自由な領域が主役でした。軽く、速く、柔軟であることが価値だったのです。
しかし今、世界は再び物理的制約の存在を強く意識し始めています。
エネルギー、資源、インフラ、物流、製造能力といった「重さ」が、経済の中心に戻ってきているのです。
ただし、これは古い産業への単純な回帰ではありませんし、「軽い経済」が消えるわけではありません。「軽い経済」は、「重い経済」の基盤の上に乗る形へと変わるということです。
AIは、その象徴といえるでしょう。
AIはソフトウエアでありながら、電力とインフラというきわめて重い土台なしには成立しません。
これからの時代は、「軽いものが主役で重いものが裏方」という関係ではなく、「重い基盤の上に軽い価値が乗る」構造として、経済全体を見直す必要があります。
国家の役割に対する見方も変化
2026年3月にロンドンのカンファレンスに参加しましたが、そこで印象的だったことがあります。国家の役割に対する見方の変化です。
防衛、エネルギー、インフラ、半導体といった領域では、もはや市場原理だけで物事は決まりません。補助金、規制、外交、安全保障、首脳間関係まで含めて、国家の意思が企業の成長機会や制約条件を左右します。
以前は、国家との距離が近い企業に対して、やや批判的な見方もありました。
しかし今は「国家とどう向き合い、どの政策軸に接続しているか」を見なければ、企業の将来像は読めません。国家と企業の関係が、質的に変わったのです。
この変化は、投資にも経営にも、そして個人のキャリアにも大きな示唆を与えます。
投資家は、売上成長率や利益率だけで企業を見る時代から、「その企業がどの供給構造の中に位置しているか」を見る時代へと移らねばなりません。
経営者は、効率の追求だけでなく、「止まらない仕組み」をどうつくるかが問われます。
若い人にとっても、華やかな業界や一見スマートな仕事だけではなく、電力、物流、データ取得、エネルギー管理といった基盤分野に関わることの意味が大きくなるでしょう。
一方で、このような「重い経済」への変化は、日本にとって好機にもなるのではないかと思います。日本のグローバルな製造業や商社などにはチャンスが訪れてきているといえますし、半導体需要の盛り上がりなど業界の裾野も広いからです。

「日経平均10万円」はすでに既定路線、今大切なのは「どう備えるか」。インフレ定着、AI革命の進展、「重い」経済への転換、スタートアップを取り巻く状況、高まる地政学リスク、国の成長戦略――投資環境の“現在地”を整理し、日本株長期上昇シナリオを解説。
藤野英人著/日本経済新聞出版/990円(税込み)
