2026年6月、日経平均が7万円を突破した。今、株式市場で何が起きているのか、これから何が起きそうなのか。それを考えるためには、個別企業の業績や戦略の良し悪し以上に、それらを貫く「経済全体の前提が大きく変わっている」事実を見極める必要がある。2024年1月の株価3万円台の時期から「日経平均10万円」時代の到来を見据えていた藤野英人さんの『「日経平均10万円」時代に備えろ』(日経ビジネス人文庫)から抜粋・再構成してお届けする。
ロンドンで確信した大転換
2024年1月に上梓した単行本『「日経平均10万円」時代が来る!』で私は、「日経平均10万円」時代の到来を予測しました。
「インフレの進展、大企業の変化、新興企業の台頭によって日経平均株価が10万円を超える日が来る」という基本的な見立ては、現在も変わっていません。
むしろ、この間の社会の変化を踏まえると、日本の株式市場にとって追い風となる新たな要素も見えています。
なかでも大きいのはAI革命の進展です。さらに、高市政権のもとで示された成長戦略が、日本経済の成長を後押しする可能性にも注目しています。
これらの変化は、皆さんが生活している中でも実感しやすい面がありますし、理解しやすい変化といえるかもしれません。
一方で、実は多くの人がまだ気づいていないかもしれない、しかしより大きく根本的な「経済の前提」の変化も起きています。
私がこの変化をはっきりと確認したのは、2026年3月にロンドンで参加した大規模なカンファレンスでのことでした。
このカンファレンスは、世界の主要企業が投資家向けにIR(投資家向け広報)を行うためのものだったのですが、そこでもっとも強く感じたことこそ、「個別企業の業績や戦略の良し悪し以上に、それらを貫く経済全体の前提が大きく変わっている」ということだったのです。
この変化は、よくある景気循環や一時的なテーマの変化ではありません。
世界の経営者や投資家が、静かに、しかし確実に「もう昔の世界には戻れない」と認識し始めているのです。
その空気は少し前から感じられていましたが、このカンファレンスほどはっきり共有されていた場は、それまでにはありませんでした。
その変化の前提は、AI(人工知能)の進展、そして地政学リスクの増大です。
効率だけでは生き残れない
会場で交わされる議論は冷静で、誰かが劇的な言葉を使うわけではありませんでした。しかし、話の前提は明らかに変わっていました。
これまで企業経営の中心にあったのは、「コストを削減し、資本効率を高め、グローバルに最適化されたサプライチェーンを築くこと」でした。しかし今、「そうした発想だけでは企業価値を守れない」という感覚が広く共有されています。
もちろん効率も重要ではありますが、多くの経営者や投資家が、「効率だけでは生き残れない」ということを腹に落ちる形で理解し始めているのです。
近年、中東情勢の緊迫化、ロシアとウクライナの戦争の長期化、中国をめぐる緊張、さらに米国政治の不安定さも重なり、高い地政学リスクは常態化しています。
このような状況のもと、企業はもはや平時を前提に経営することができなくなりました。
たとえ一つの戦争が終わっても、世界が平静に戻る保証はありません。むしろ、どこかで次の分断や混乱が起こることを前提に、経営や投資を考えるべきだという認識が広がっています。
この変化をひと言で言えば、世界は「効率性を最大化する経済」から「供給を維持することを最優先とする経済」へ移っている、ということです。
これまで企業は、できるだけ在庫を持たず、もっとも安い調達先を選び、資本を軽くして回転率を高めることを善としてきました。しかし今、その前提が大きく揺らいでいます。
単一の供給源に依存することは、合理性ではなくリスクと見なされます。
在庫は無駄なものではなく、供給を止めないための保険として再評価されています。
多少コストが上がっても、供給を維持できることのほうが、結果として企業価値を守る。そうした価値観の転換が起きているのです。
「止まらない企業」が最強
ここで注目すべきは、この変化が単なるオペレーションの話ではないことです。
供給網の設計、在庫の持ち方、調達先の分散といった論点は、一見すると地味です。しかしいまや、これらが企業の競争優位そのものを左右するテーマになっています。
「価格競争に強い企業」よりも、「止まらない企業」のほうが強いのです。
これはきわめて単純ながら、時代の本質を突いた変化だと言えるでしょう。
このような変化を指して、最近はメディアなどで「Just in time からJust in case へ」という言葉も聞かれるようになっています。
「最適調達を行い、なるべく軽い在庫で回転率を高めることこそがよい経営だ」という、従来は当たり前とされていた考え方は大きく揺らいでいます。
今は、「在庫を厚めに持ち、キャッシュもある程度厚めに持ち、調達先も分散し、生産地も販売先も分散する」ことが重視されているのです。

「日経平均10万円」はすでに既定路線、今大切なのは「どう備えるか」。インフレ定着、AI革命の進展、「重い」経済への転換、スタートアップを取り巻く状況、高まる地政学リスク、国の成長戦略――投資環境の“現在地”を整理し、日本株長期上昇シナリオを解説。
藤野英人著/日本経済新聞出版/990円(税込み)
