「日経平均10万円」で明るい未来が訪れるわけではない。資産を「持っている人」が自動的に幸せになれるわけではなく、「持っていない人」にははるかに残酷な世界になりうるのが、インフレ時代の真実なのだ。では私たちはどうすればいいか? 2024年1月の株価3万円台の時期から「日経平均10万円」時代の到来を見据えていた藤野英人さんの『「日経平均10万円」時代に備えろ』(日経ビジネス人文庫)から抜粋・再構成してお届けする。

インフレ下では「格差」が拡大する

 「日経平均が10万円になる」と言うと、私が薔薇色の未来を語っているかのように受け取る人がいます。
 しかし、私が言っているのはそういう甘い話ではありません。むしろ、かなり厳しい話をしているつもりです。

 たとえば、ある人が10年前に3000万円のマンションを買っていたとします。
 それが足元で6000万円になっていたら、「2倍になって得をした」と感じるかもしれません。
 ですが、ここで冷静に考えていただきたいのは、そのマンションが広くなったわけでも、急に住み心地がよくなったわけでもないということです。

 10年前に買った3000万円のマンションが80平米だったとして、その後に家族が増えて「少し手狭になったし、せっかくマンションの値段も上がったから売却してもっと広い家に住み替えよう」と考えても、不動産価格は周りも全部上がっていますから、広い家に移れるとは限りません。マンションが値上がりしたからといって、「得をした」とは言えないでしょう。

 もっと大きな問題は、「持っていない人」です。
 3000万円で買えたものが6000万円になっている世界では、不動産や株式などインフレで価値が上がりやすい資産を持っている人と持っていない人の差は、どうしても広がっていきます。これがインフレの残酷なところです。

 そもそも「持っている人」だって、資産価格が上がったからといって急に幸せになるわけではありません。物の値段が全体に上がっている中で、暮らしが楽になることが約束されているわけではないからです。
 しかし、「持っていない人」にとっては、もっと厳しい世界が待っています。資産価格の上昇から取り残され、生活コストの上昇だけをまともに受けることになるからです。

 これこそが、インフレの怖さです。
 日経平均が10万円になったからといって、多くの人にとっては「薔薇色の未来」が待っているわけではありません。
 「持っている人」が自動的に幸せになれるわけではなく、「持っていない人」にとってははるかに残酷な世界になりうるのが、インフレなのです。

行動を変えなければ、生活は苦しくなる

 近年は住宅価格の急上昇が注目を集めてきましたが、足元でより生々しく私たちの生活に影響を及ぼしてきているのが、都心部の賃貸価格の急上昇です。

 これまでは賃料の上がり方は比較的緩やかだったのですが、ここにきてその流れは明らかに変わりました。入居者が引っ越して空室になるタイミングで、次の入居者には賃料を10~15%ほど上げるというケースもめずらしくありません。
 家を買わずに都内で暮らしてきた人にとって、これは家計にかなりのダメージを与えかねない話です。

 たとえば賃金が3%上がったとしても、物価が5%上がれば実質的には賃金は下がっているのと同じです。名目で給料が増えていても、生活はむしろ苦しくなります。
 物価と同様、賃料の上昇に対して賃金が追いつくかどうかは、これからきわめて重要なテーマになるでしょう。

 この30年、日本はデフレ経済の中にありました。しかし日本を除けば、世界の多くの国では「インフレに負けないだけ、自分の給料を上げられるか」という戦いが当たり前に続いてきたのです。

 物価が上がる中、それを上回るだけの所得を確保するために賃上げを求めたり、条件のいい職場に移ったり、自分の市場価値を高めたりすることがグローバルでは当たり前のことでした。日本もようやく、その現実に直面するようになったのだといえます。

考え方を切り替える

 では、私たちはどうすればいいのでしょうか?

 まずは、きちんと給料を上げてもらえるように交渉することです。あるいは、より高い給料をもらえる会社に転職することです。

 こうした行動を取らずにじっと黙って耐えているだけでは、インフレに追いつけず、生活はじりじりと苦しくなっていくでしょう。これはかなり厳しい現実ですが、目をそらしても問題は去ってくれません。

 デフレ時代には、「我慢する人」が得をしていました。我慢していればいずれ物の値段は下がり、節約して手元に残したお金の価値は相対的に高まりました。だから、我慢や節約は非常に合理的な行動だったのです。

 しかし、インフレ時代はまったく違います。必要なものは早く買っておかなければ、いずれ値段が上がってしまいます。節約してためたお金も、置いておけば価値は下がっていきます。「黙って我慢していればいい」時代は終わったのです。

 デフレ時代の価値観を引きずったままの人は、これからインフレの時代に対応できないでしょう。
 物価高には政策の影響もありますが、「国のせいだ」と言っていても生活は守れませんから、ここは考え方を切り替えて行動を改めたほうがいいのではないかと思います。

インフレは、「持っていない人」にとって厳しい世界をもたらす可能性がある(写真:Yuta1127/stock.adobe.com)
インフレは、「持っていない人」にとって厳しい世界をもたらす可能性がある(写真:Yuta1127/stock.adobe.com)
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「日経平均10万円」はすでに既定路線、今大切なのは「どう備えるか」。インフレ定着、AI革命の進展、「重い」経済への転換、スタートアップを取り巻く状況、高まる地政学リスク、国の成長戦略――投資環境の“現在地”を整理し、日本株長期上昇シナリオを解説。

藤野英人著/日本経済新聞出版/990円(税込み)