棋士を題材にした本は数多く、名著も多い。それだけ多くの書き手が魅了されてきた証左であるが、その魅力の源泉は何なのだろうか。今回はそんな棋士をテーマにした本のなかから、お薦めを髙野秀行六段に紹介していただき、書き手を引きつける棋士の生きざまの魅力について聞いた。
髙野先生は、将棋の歴史についても講演されていますが、棋士を題材にした読み物は、いつ頃できたものなのでしょう?
髙野 江戸時代、将棋は幕府の保護を受け、家元制度を土台にその地位を築いてきました。明治になると、幕府というスポンサーを失います。そんなとき大きな役割を果たしたのが新しいメディアの新聞でした。棋戦を主催し、それを報じることで部数を伸ばそうと考えた新聞社が、将棋界の新しいスポンサーになってくれたんですね。ですから明治時代から、「将棋を読む」という楽しみはありました。
では、特定の棋士が文学作品に描かれるようになったのはいつ頃からですか?
髙野 新聞棋戦が始まったよりは、もう少し後のことでしょうね。広くその名前が知られたのは、1937(昭和12)年に『読売新聞』が主催した「南禅寺の決戦」で対局した坂田三吉と木村義雄でしょうか。この坂田三吉に、作家の織田作之助がシンパシーを感じ「聴雨」「勝負師」などの作品を残しました(『 王将・坂田三吉 』織田作之助、藤沢桓夫、村松梢風著/中公文庫)。文豪といわれる人と棋士との交流は、その後もよく見られるんですよ。
文豪との交流も、棋士が描かれてきた一因でしょうね。
髙野 そうですね。例えば坂口安吾は『散る日本』という作品で、棋士のことをたいへん面白く書いています。こういった縁も加わり、娯楽があまりない時代から、将棋を読むという文化が根付いていったんですね。近年の作品のなかから、棋士を題材にした本として紹介したいのは、大崎善生さんの『 聖の青春 』(講談社文庫)です。
将棋界の最高峰である順位戦A級に在籍したまま29歳で早世した棋士・村山聖さんを描いた作品で映画化もされました。この作品が持っていた意味や与えた影響など、教えていただけますか?
髙野 もともと将棋界って少しダークなイメージがあったんですよ。それこそ母親に「棋士になる!」って言ったら「バカ言ってんじゃない」って怒られるような時代が長かった。それが羽生善治さんが七冠を取って、公文式のCMに出たりするようになってから、すごくイメージが変わったんです。
将棋を指せば、行儀が良くなり、頭も良くなるといった感じですね。
髙野 ただ村山聖さんって、どちらかといえば、古いタイプの将棋指しです。そしてとても純粋な人でもあった。書き手の大崎さんは、新しい棋士のイメージが先行してきた時代に、こういう人もいたと伝えたくて書いたんだと思うんです。それが新鮮で世の中に受け入れられたんでしょうね。
書き手の大崎善生さんは『将棋世界』という将棋専門誌の編集長でした。
髙野 将棋雑誌の編集長という枠を超えて、村山さんと個人的に深く付き合った大崎さんだから書けた作品だと思います。私は大学で将棋の授業を行っていて、この本を薦めることもありますが、年に何人か「読んで涙が止まりませんでした」という学生がいます。子ども向けの本も出版されているので、これからもずっと読まれる作品ですよね。
書き手が棋士に引かれる理由
もう1冊、棋士にスポットを当てた作品として推薦していただいたのが、現在朝日新聞の将棋担当記者・北野新太さんの『 透明の棋士 』(ミシマ社)です。
髙野 北野さんは、かつて報知新聞の記者でしたが、当時から、こんなに若いのにグイグイ来る人は珍しいなと思っていました。
グイグイとは?
髙野 すごく積極的で、いろんなところに取材に来られるんですよ。今はタイトル戦にたくさんの記者の方が来るのが普通になりましたが、少し前まではほぼ(棋戦の)主催社の方だけで、決着局に何人か来るかなという感じでした。そんななか北野さんは、タイトル戦はもちろん棋戦の一回戦とかにも取材に来られていて、すごいなと。
女流棋士も取材されていますよね。
髙野 そうなんですよ。当時は、それほど原稿を発表する場所もなかったと思うんですよ。きっと文章にならなかった取材もすごく多いはず。それでもすごく丁寧に取材されていたのが印象的でした。学生時代にノンフィクションライターの沢木耕太郎さんのところでアルバイトをされていたと知って、なるほど、と思いました。
取材スタイルも、文章スタイルもどことなく沢木さんの影響を受けておられる感じがしますよね。棋士の先生方は、北野さんに書いてもらったらうれしいんじゃないですか?
髙野 情熱を持って書いてくださいますからね。学生からも読みやすいという感想をよくもらいます。棋士の世界の入門書として、すごくよくできている。まあ、同じプロとして「ちょっと格好良すぎかな?」と思うところもありますけど(笑)。
この他にも、棋士をテーマにした本はたくさんありますが、いろんな書き手が棋士を書こうとするのはなぜだと思われますか?
髙野 私は、今年で棋士生活27年目ですが、いまだにあの対局場という空間に身を置くたびに「ここまで一生懸命に将棋って指せるものなんだな」って感動があるんですよ。
そういった空間は、一般社会にはありませんもんね。
髙野 朝から晩までずっと、二人でただただ将棋盤に向き合っている。そういう意味では、棋士にはとても純粋な人が多いんだと思います。書き手の人が引かれるとすれば、まずそういったところかなと。
そういったところが実社会と少し違う、と。
髙野 そうですね。あと、どこまでいっても自己責任で完結するし、しなければいけない。こういったところも、今の社会にはあまりない要素だと思います。将棋界では、派手なことも起きていますが、そこに至るには日々のコツコツした努力を積み重ねるしかない。そしてその努力の多くが実を結ばない。だから少し陰がある人が多いと思う。
努力、苦労なくしては、奨励会を突破してプロになれないですもんね。
髙野 そうなんですよ。満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を含むリーグ終了時までに四段にならなければ、奨励会を退会しなければなりません。三段リーグからプロになれるのはリーグ戦の上位2名のみです。だから奨励会での苦しかったときの話はみんなしません。みんなどこかに陰がある。ものを書く人から見ると、そういったところも、書きたくなる魅力なのかなと思います。
取材・文/岡部敬史 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 協力/渡辺和博(日経BP総研) 写真 木村輝




