2010年代のビジネス界に大きな影響を与えた『リーン・スタートアップ』の新装版(エリック・リース著、井口耕二訳、福島良典解説、日経BP)が発売され、改めて注目を集めています。日本における完全栄養食のパイオニアであるベースフードCEOの橋本舜さんも、その考え方に影響を受けたと言います。本連載では橋本さんに本書の魅力や、現代にリーン・スタートアップが必要だと考える理由、自身の経営哲学などについて、幅広く語っていただきました。1回目はリーン・スタートアップとベースフードの関係について。

「リーン・スタートアップであること」は疑いようがない

 僕が『リーン・スタートアップ』を読んだのは、日本語版が発売されて間もない2013年か14年だったと思います。DeNAに入って1、2年のころで、いろいろな方のデスクに置いてあったことを覚えています。もっとも、読む前からリーン・スタートアップの概念は認識していました。なぜなら、新卒研修の段階で、新規事業はリーン・スタートアップで進める、すなわち、「小さく試して、顧客の声に学びながら大きく育てていく」ということを教え込まれていたからです。

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橋本舜(はしもと・しゅん) ベースフードCEO/代表取締役
1988年生まれ。東京大学教養学部を卒業後、DeNAに入社し、新規事業を担当。2016年6月に独立し、ベースフードを創業。

 DeNAは当時、ゲームを中核事業としながら、ライブ配信やヘルスケアなどにも事業を広げていました。僕自身はスマートフォン向けゲーム事業からスタートし、駐車場シェアリングサービスや自動運転関連など、退職するまでの約4年半にわたって複数の新規事業の立ち上げに携わりました。僕は根っからの“新規事業屋”で、“リーン・スタートアップ脳”でもあるんです(笑)。新規事業に携わる中で、リーン・スタートアップは事業の進め方にとどまらず、物事を考え、意思決定する際の思考のフレームとして身についた気がします。

 だからこそ、僕が起業して立ち上げたベースフードも、リーン・スタートアップであることは疑いようがありません。ベースフードはITも活用して食の問題を解決するフードテック企業で、主力商品はBASE BREADというパンになります。ですが、自社で工場などの生産設備を持っていません。

 製品の企画・開発・設計に注力し、製造は外部の工場に委託するメーカー形態をとっています。言うなれば、ベースフードは「ソフトウェア」なんです。一般的な成人が1食に必要な33種類の栄養素を、過不足なく摂取するために、工場をはじめコンビニさんやスーパーさん、配送業者さんなどのいわば「ハードウェア」に協力していただけるプラットフォームをつくって、お客様により良く完全栄養食を届けています。そして、お客様の声をもとに、製品やサービスの改善を重ねていく。完成品を一度つくって終わり、ではないんです。

世界で100万部突破、読まれ続ける背景とは

 『リーン・スタートアップ』の原著がアメリカで発売されたのは、日本語版発売の1年前の2011年。IT企業が急成長し、GAFAの躍進などによってソフトウェア主導の時代へとシフトし、ものづくりの常識が大きく変わった時期でもあります。それが、本書が2010年代のビジネス界に大きな影響を与えたと言われる一因かもしれません。

 従来のものづくりは、完成度を高めた商品を市場に送り出すため、市場投入後に改良するのは容易ではありませんでした。一方、ソフトウェアやデジタルサービスはまず世に出して、お客様に使ってもらい、反応を見ながら小さく改良を重ねていきます。こうした時代の変化を受けて、ものづくりのマインドセットを変える必要に迫られ、リーン・スタートアップが大きな意味を持ったのではないか、と。あくまでも僕の推測ですが、このようなことが背景にあったように思います。

『リーン・スタートアップ』の原著が発売された2011年からものづくりの常識が変わり始めたと橋本さん
『リーン・スタートアップ』の原著が発売された2011年からものづくりの常識が変わり始めたと橋本さん
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日本は「リーン・スタートアップ」の伸びしろが大きい

 日本は、アメリカほどスタートアップが多い国ではないと思います。実際、歴史ある大企業や中堅企業が経済の中心に位置しています。また、僕が社会人になった2012年は、「失われた30年」と言われる停滞期の真っただ中でした。そこからようやく抜け出しつつあるように見えますが、今の日本はスタートアップ(創生期)のフェーズとは言い難いのではないかなとも思います。

 もちろん、僕が知らないだけで、様々な企業で新しい商品やサービスが生まれていると思います。ただ、批判を恐れずに言うと、その進め方や考え方がリーン・スタートアップ的かといえば、少し疑問です。

 学校教育もリーン・スタートアップ的ではないと思うんですよね。大学受験を控えた高校3年生の授業でも、基本的に教科書の1ページ目から順々に教えます。そのため、最後の近現代史が駆け足になるなど、十分に時間をかけられないところがで出てくることもあるかもしれません。僕はまず志望校の過去問題集を解いて、自分が間違えたところをチェックしていました。そして、それを中心に勉強の計画を立てて、受験日までに間に合わせたんです。この、まずは現状を把握して、足りないところを埋めていくやり方こそ、リーン・スタートアップ的だったと思うんですよね。

 当社も例外ではなく、スタートアップに入った社員全員に必要なことは、新しい考え方やスキルを学び直すアンラーニングだと言われています。個人的には、すべての領域にリーン・スタートアップを持ち込むべきだと思っていますし、リーン・スタートアップは、新しいことを始めるときや、誰も見つけていない“正解”を探すときに有効な手段の一つだとも感じています。

『リーン・スタートアップ 新装版 ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす』
『リーン・スタートアップ 新装版 ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす』

曼荼羅のような存在価値がある

 『リーン・スタートアップ』は、新規事業の担当になったときや、スタートアップに転職するときはもちろん、大企業をはじめとする成熟した組織でキャリアを歩まれてきた方にも必読の1冊だと思います。いずれもこの先の時代の変化を見据えていくためには必要だと考えているからです。

 そもそも、本を読む効能は、人間の本能や直感では選ばない選択肢を手に入れて、損失を回避したりリターンを得られることにあると感じています。本能や直感で動いてうまくいくのなら、わざわざ時間やお金のコストをかけてまで読む必要はありません。やはり基本的には、「人間が本能や直感で動かないほうが実はうまくいく」ことは、習慣化するまで意識し続けるほうがいいと思うんです。

 リーン・スタートアップは、曼荼羅のような役割も持っていると感じます。曼荼羅というのは、言葉では表しきれない密教の教えを絵で表現したものです。密教の教えを理解している人なら、曼荼羅を見れば教えの全体像を思い出すことができます。同じ意味で、すでに考え方が身についている人も、本書は手元に置いておくのがいいかなと思います。リーン・スタートアップの本質を思い出すトリガーになるかもしれませんし、当社の本棚にも置いてありますね。

構成/茅島奈緒深 写真/尾関裕治

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エリック・リース著/井口耕二訳/福島良典解説/日経BP/2640円(税込み)