元ソニーグループ副会長、石塚茂樹さんがたっぷり語り下ろした書籍『 ソニー デジカメ戦記 もがいてつかんだ「弱者の戦略」 』。その「外伝」として、独自の戦略を持って活躍している各界の方にこの本の読後感を伺っていくこの連載。今回は映画監督・江口カンさんのお話、後編です。(聞き手:編集Y=山中浩之)

(前編「『サンクチュアリ』の江口カン『ソニーに払ったお布施』を語る」から読む)

江口カン(えぐち・かん)
江口カン(えぐち・かん)
福岡県生まれ。福岡高校卒業。九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)卒業。1997年、映像制作会社KOO-KI(くうき)設立。2007~09年、カンヌ国際広告祭で3年連続受賞。18年、映画「ガチ星」を企画、初監督。19年、映画「めんたいぴりり」映画「ザ・ファブル」、21年、映画「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」を監督。23年5月4日、Netflixドラマ「サンクチュアリ -聖域-」世界同時配信。日本国内で1位、グローバルで6位を記録。23年6月2日、映画「めんたいぴりり パンジーの花」九州先行公開。6月9日全国劇場にて拡大公開予定。映像以外では、20年、辛さの単位を統一するアプリ「辛メーター」を発案、プロデュース。現在登録ユーザー数6万人越え

 ちなみに、江口さんは最近のソニーのミラーレス一眼に触ったことはありますか。

江口:お店で触るぐらいは。確かに今、いいのが出てるんですよね。

 それこそ動画用のミラーレスが出ていますよね。KOO-KI(空気、江口さんは創業メンバー、現在は会長)にはごろごろしているんじゃないですか。

江口:いや、僕自身もKOO-KIも結局、撮ろうと思ったら、カメラマンを呼ぶんで。

 あ、そうか。

江口:そうなんです。そしてカメラマンが持ってくるものに関して言うと、このαシリーズとか、ムービー用のFX、あれは最近多いですね。さっき(前編)「ソニーには、いつか本当にずっと持っておきたくなるものを出してほしいな」と思っていたと言いましたけれど、ずっと大事にしたくなる本物感は、今のソニーのミラーレス一眼には感じます。父のような作家活動を自分が始めることになるとしたら、ムービーカメラはおそらくソニーのを買います。

ソニーのムービーカメラの画は実は好きじゃなかった

 「サンクチュアリ-聖域-」のお話のときに、すごく好きなムービー用のカメラがあったとおっしゃっていましたよね。何でしたっけ。

江口:ALEXA(アレクサ)というやつですね。アーノルド&リヒター(ARRI、アリ)という昔からフィルムのムービーカメラをつくっていたドイツのメーカーがあって、映画用のフィルムカメラって、だいたいARRIかパナビジョンなんですよ。そのARRIが作っているデジタルのムービーカメラです。出たのは2010年くらいかな。それまではソニーのハイビジョンカメラとかもいろいろ使ったんですけど、何か……。

 何か。

江口:僕らの言葉で、「画(え)が生い(ナマい)」とよく言うんですけど。

 なま。

江口:生い。生々しい、生っぽい。

 それは褒め言葉にもなりそうですけど。

江口:説明がすごく難しいんですけど。

 できるだけ頑張っていただけると。

江口:めちゃくちゃ分かりやすく言うと、そうだな、地上波テレビで見るドラマの絵。

 「ビデオで撮ったね」という感じの。

江口:ああいうのを僕らは生い、生っぽいと言います。それに対して、映画館でかかる映画や、それをデジタイズして放送しているものはフィルムに近いトーンなんですよ。分かりやすい言い方をすると、色彩や陰影が深いトーンというか。

 生くない画なんですね。

江口:もうちょっと細かく説明すると、これは現場の撮り方もあるんですけれども、そもそも撮像素子への思想が全然違うんですよね。ARRIはある時期までは「ALEXAは4Kは出しません、2Kで十分」と言っていた。

 撮像素子を高画素化しなくてもいいと。

江口:それよりも、素子の1個1個の受光部を大きくしていったほうが、たくさん光が取り込めるでしょうって。

 なるほど。ソニーも同じことを考えて、画素数を上げずに受光部のサイズを大きくしたα7Sを出したんでしょうかね(本書179ページ)。

α7S(2014年6月) 画素数はフルサイズセンサーにしては1220万と控えめながら、画素1つ当たりのサイズを大きくすることで高感度性能を高めたモデル。暗い場所でもノイズを抑えて撮影できるため、動画撮影のプロに人気となり、ソニーのデジカメビジネスに新たな市場を創り出しました(製品画像提供・ソニーグループ)
α7S(2014年6月) 画素数はフルサイズセンサーにしては1220万と控えめながら、画素1つ当たりのサイズを大きくすることで高感度性能を高めたモデル。暗い場所でもノイズを抑えて撮影できるため、動画撮影のプロに人気となり、ソニーのデジカメビジネスに新たな市場を創り出しました(製品画像提供・ソニーグループ)

江口:そうそう。おそらく、その考え方でソニーのムービーはよくなったんだと思うんです。

江口:その前までは「ハイビジョンカメラはとにかく解像度」という印象でした。それはそれで設計思想としてあるんですよ。例えばスポーツを撮るなら、とにかく明瞭に見えるのが一番いいじゃないですか。だけど、僕らが撮るような作品のトーンにはちょっとやっぱり生っぽくて。

 でもデジタルなんですから、後からいくらでもカラーグレーディングで調整して……。

江口:これって、いくら加工してもだめなんですよ。

 だめなんですか。

江口:後で加工しても、生い画を無理やり加工したものにしかならないです。やっぱり最初に撮るときにどれだけ情報量を多くしておくか、というところが勝負です。

「サンクチュアリ-聖域-」でソニーのカメラにした理由

 江口さんが監督されて、ネットフリックスで話題を呼んでいる「サンクチュアリ-聖域-」は、ソニーのカメラで撮ったんですか。

江口:はい、ソニーのVENICE(ベニス)で。ところで、何でVENICEなんですかね。

「サンクチュアリ -聖域-」Netflixシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」独占配信中
「サンクチュアリ -聖域-」Netflixシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」独占配信中

 地名だそうですよ。イタリアじゃなくて、カリフォルニア州ロサンゼルス西部の(詳しくはこちら)。

江口:へえ、そうなんだ。

 さて、どうして「サンクチュアリ」ではALEXAじゃなくてVENICEにしたんですか。

映画制作の現場で使われるソニーの「CineAlta(シネアルタ)」シリーズのデジタルシネマカメラ「VENICE 2」
映画制作の現場で使われるソニーの「CineAlta(シネアルタ)」シリーズのデジタルシネマカメラ「VENICE 2」

江口:VENICEにしたのは一つ前の「ザ・ファブル」の2作目のときからなんですけど、撮影部として僕の仕事にずっと、CMのときから参加していた直井康志君を、撮影監督として起用したんです。そうしたら彼は「カメラはVENICEがいいと思う」と言い始めて、僕は「ALEXAじゃないとだめでしょう」と。

 議論があった、なるほど。

江口:話していてもらちがあかないので、1回撮ったものを見せてもらったんです。そうしたら「あ、今ソニーのムービーカメラって、こんなことになっているんだ」と。

 江口さんの中でアップデートがかかったんですね。

江口:そうそう。1度失望してこれはダメだと思い込んでしまって、でも今はこんな画が撮れるんだ、こんな質感なんだと驚いて、これならいいかなと。

 「サンクチュアリ」の画は大評判ですよね。編集も加工もされたんでしょうけれど、VENICEを使ってよかったなという感じですか。

江口:VENICEは全然納得できますね。でも本当に正直に言うと、いまだにちょっとALEXAのほうがしっとりしているかなという気がします。「ファブル」とか「サンクチュアリ」だったら全然VENICEでいけますが、ALEXAを使いたくなる作品が今後あるかもしれない。

 石塚さんがまさに言っていましたけれど、ALEXAのあの画質には「映像作品をつくる人の感性」を、操作系はもちろん、撮像素子や回路の設計、開発をやる技術者が理解・共有しているかどうかの部分もあるんじゃないか。

 それはソニーのミラーレス一眼の成功の要因とも重なりますね。

石塚:フルサイズミラーレスを出したときから「ソニーさん、いくらいいカメラをつくってもプロは見向きもしないよ」とずっと言われていました。「なぜなら、ソニーはプロサポートをできないでしょう」と。(中略)

 要するに「本気でプロに使ってもらえると思っているのかね」と言われたので、よし分かったと、各国にプロサポートという仕組みをつくっています。そして、スポーツフォトグラファーやフォトジャーナリストの方に、技術者が張り付いて、いろいろなフィードバックをもらって、もらうだけじゃなくて製品に必ず生かして、それができたら持っていって、とやっていくと、プロの方たちも「ソニーって我々の声をちゃんと聞いてくれているんだね」と信頼してくれるんですよ。

(『ソニー デジカメ戦記』第8章「5年で首位を獲ったソニー『技術だけでは勝てなかった』」229ページ)


 ソニーの広報noteでVENICEの開発記が載っているんですが(「デジタルシネマカメラ『VENICE 2』を語る(後編)」)、まさしく石塚さんがデジカメでやってきた「撮る人に寄り添う」ことを、ムービーでやっているなあと思います。

江口:そういうことなんですね。

「数字にできない」ニュアンスにリソースを投下できるか

 しかしまあ、数字に出ない部分を伝えて開発してもらう、というのも大変ですよね、きっと。

江口:でも本当に面白いのはそういうところですよねえ。僕、「面白い」という言葉をよく使うんですけど、面白い、って、ニュアンスが本当にいっぱいあるから、「オモシロイ」とカタカナを使うときと「おもしろい」とひらがなを使うときと、「面白い」と漢字を使うときとがあります。使い分けたいですよね。

 それは自分も思います。校閲ルール的には悩ましいところですが。ああ、つまり、同じものを撮ったときでも、ニュアンスが出る、出ないみたいな話と同じことですか。

江口:絶対そうですね。ニュアンスって本当に重要で、この前の「サンクチュアリ」の記事でも話しましたけど、画のトーンって、プロデュース側からすると、「いやいや、そこまでやらなくても」と言われたりすることもあって。

 「映っている俳優さんが変わるわけじゃないですよ」くらいの。

江口:そうそう。さっき言われたみたいに「後加工で何とかなるんじゃないですか」みたいなことをね。もちろん、言いたくなる気持ちも分かる。

 でもこれ、音楽に例えたら、プロの演奏家に対して「楽器の値段を1ランク落として、後加工で良い音色にできないか」と言ってるってことですよね。「聴いてる人、そこまで分かんないから」って。

 ドレミも合っているし、テンポも合っているし、楽器も合っているけど、音楽としては全然違うよね、ということですね。

江口:そうそう。僕らがやっていることの半分はビジネスだけど、半分は芸術ですから、やっぱりそういうニュアンスの部分にしっかりお金をかけて良質なものをつくって、お客さんたちに喜んでもらってたくさん買ってもらう、そういうタイプのビジネスにしていきたいわけです。

 映像でも、音楽でも、ニュアンスの部分にしっかりリソースを投下する。それってやっぱり「やりたいこと」だから、そうするんだと思うんですよね。ソニーの製品に感じた魅力も、「やりたいこと」をやっている人がつくるから、興味のない人だと過剰に見えるところにコストをかけてつくっている。そこがユーザーには伝わる。バランスの悪さも含めて魅力になる。製品にそういう「ニュアンス」が、「音色」が載ってきて……。

江口:それはやっぱり買う人には伝わるんですよ。

 ですよね。

江口:ソニーは今、僕から見るとゲームとか映画・音楽、そして金融の会社になっちゃうのかなと見えることもあるんだけど、僕が好きだったモノをつくる「あのソニー」が、デジカメや映像機器にはちゃんと残って、息づいているんだな、と思いますね。

九州大学の研究者にして写真家でした

 そこは『ソニー デジカメ戦記』で石塚さんにしっかり語っていただけたと思います。で、ソニーの本と離れるんですが、お話の冒頭(前編、こちら)でお聞きした江口さんのお父さんのお話をもう少しいいでしょうか。江口さんの現在にもつながりそうなので。

江口:いいですよ。

 お父さんは九州大学の植物の研究者で、かつ写真家だったと伺いました。写真撮影の現場でのご記憶はありますか。

江口:実は僕は父の写真撮影に小学生の間しょっちゅう同行してました。もう毎週のように父から「アルバイトをせい」と言われてね、三脚を担いで、レフ板を当てる。サラリーマンですから本当に週末しか行けないので、父とは遊びに行った記憶よりもそっちが多いです。

 楽しかったですか。

江口:1回行くと500円もらえたので(笑)。最初の頃は街角の暮らしの様子を撮っていて、おそらくそういうところに行くのに子連れのほうが怪しまれなくて済む、というもくろみがあって、僕を連れていったんでしょうね。そのうち、本業が植物の研究ということもあり、中盤以降は植物ばっかり撮るようになりました。田舎の出身なので、自然への親しみもあったのでしょう。

 そうなんですか。じゃあ、マクロレンズを使ってぐっと接写して、とか?

江口:マクロも使うんですけど、やっぱり学者らしいなと思ったのは、単なる1個の植物の形の美しさみたいなのを追い掛けていたわけじゃなくて、意識が「その環境に適応した結果の美」といったことに向いているんですね。よく覚えていますけど、山の中に入って、普通だったら通り過ぎるような、シダが群生しているような場所をちょっと広めに撮って、みたいなのが多かったです。

 じゃあ、植物に造詣がまったくない人が見たら、「これは何の写真なんだ」と思っちゃうような?

江口:そうなりそうですよね。ところが、今年弟と一緒に父の写真を整理していたんですけど、久しぶりに見るとやっぱりすごく迫力があるんですよ、これが。

 何てことない写真じゃなくて、ちゃんと迫力のある写真なんですか。

江口:迫力はあります、すごく。重みというか、植物とそれが育っている環境から伝わってくる、静かな重みがやっぱりありましたね。

 どうということのないものを撮っているのに、迫力のある写真というのは……。

江口:いろいろな解説ができるんですけど。

 分かりやすそうなやつでお願いします。

植物が相手でも迫力がある写真を撮る

江口:じゃ、技術的な面から。父は途中まではモノクロ写真しか撮っていなかったんです。たぶんお金のこととかもあったと思うんですけど。そして、群生している植物を手前から奥まで「とにかく全部ピントを合わせてやろう」と思って撮っている。だから、ものすごく絞り込むわけですよ。当然、シャッタースピードは……。

 遅くなりますね。

江口:そう、遅くなるじゃないですか。そして山は風が吹くじゃないですか。

 吹きますね。

江口:だから僕、父と一緒にずっと風待ちをしなきゃいけないんですよ。

 風が止むのを待つ?

江口:そうそう。父が「ここで撮るぞ」と言って、僕が三脚を出して設置して、おやじがカメラを持って、アングルを決めたら、レリーズを付けて、待って。とにかく風が吹いたら、シャッタースピードが遅いのでぶれちゃう。そして撮れるのは、パンフォーカスでめちゃくちゃシャープな写真。うわーっと群生している植物が、隅から隅までピントが合っている。

 なるほど、それは迫力がありそうです。

江口:そうですね。焼き(印画紙への焼き付け)も全部自分で。職場に暗室があったので、プリントも相当こだわって自分でやっていましたね。

 「5号を使ってカリカリに」みたいな?

江口:コントラストは強めですが、階調もヌメっとしっかりあるんです。植物の質感と、1枚の写真として芸術的にどう視線誘導しようかということを両にらみでやっていましたね。単にコントラストが強いだけの写真ではなかったです。

 受賞歴もおありとか。

江口:日本写真協会の年度賞と、ニコンサロンでの個展の中でその年に一番よかったものに贈られる伊奈信男賞(https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/salon/awards/ina/winners/)というのを1995年にもらっていましたね。その2つはすごく喜んでいました。どちらも、荒木経惟氏ももらうような賞ですね。

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『江口弘美写真集 植物』(不知火書房) より
『江口弘美写真集 植物』(不知火書房) より
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創作への敷居を引き下げてくれた父と母

 伊奈信男賞の選考理由から引用しますと「(前略)人文的な観察眼が巧みに交差したさわやかな植物のポートレートとして、まことに悦ばしい写真作品といえる。情報過剰の社会に生きる我々への清涼剤としても受け止める事ができる、オーソドックスでありながらひと味違った異色の植物写真作品である」と。

江口:父は、福岡とその周辺の県でしか撮っていないんですよ。本州とか四国には行った記憶がない。福岡とその周辺の県にこんな豊かな自然がある、あったんだなというのを、福岡もどんどん開発が進んでいるので、人に見せられたらいいなというふうに思って、今、美術館で扱ってくれないか、と画策中です。

 なるほど。エリアを福岡とその周辺に絞ったというのはお父さんのこだわりですか。

江口:うん、たぶん作家としてのこだわりだと思います。自分の生活圏内で撮るぞと。やっぱり作家にとって、人生の中で何を撮るかということはすごく大切なテーマなわけですから、それもあって、福岡とその周辺の県、本当に何でもないようなところで撮っていた。珍しいもの、例えば標高がめちゃくちゃ高いところにしかない高山植物とかではなく。

 何年生ぐらいまでお父さんと行きました?

江口:中1ぐらいまで行っていたかな。子どもはそのぐらいでだんだん親から離れますからね。

 ところで、伊奈信男賞ということは、お父さんはやはりニコンを使っていた。

江口:父親は日本製のカメラで言うと、圧倒的にニコン信者でしたね。でも、ハッセルブラッドを一番愛用していましたね。ハッセルブラッドの賞とかももらっていましたね。

 ハッセルブラッド! めちゃめちゃ高級品ですよね。それは趣味として持っていたんですか。

江口:趣味ではなく、作家活動の。趣味と言っちゃうと怒られちゃいますから(笑)。

 失礼しました。余談ですけど、お母さんはそんなお父さんに対して寛容だったんですか。

江口:これがですね、母は絵を描くのが趣味を越えたレベルで大好きだったので。

 ああ、なるほど!

江口:2人はそういうことできっと出会い、結婚したんじゃないかなと思います。なにより、作家である父のことが好きでしたね、母は。

 私、買ったカメラの値段を奥さんに言えないですけれど、江口家ではそんなことはなかったと。

江口:でも九大の教授といったって、国立大学って給料が低いので、だいぶ大変だったっぽいですよ。「うちはお金がないんだ。なぜなら、お父さんがカメラを買ったり、個展ばっかりやるから」って、母はずっと言っていました。写真集も出しましたし。

 すごいな。月並みな質問ですけれど、お父さん、お母さんのそういう活動って、江口さんにとって「映像をやりたい」という気持ちのきっかけになりました?

江口:うん、やっぱり一番大きいのは、普通に家の中にそういう作家がいるのが日常ということでしょうかね。プリントした写真を持って帰ってきた父が、床にばーっと並べて、母と僕と弟に「お前らはどれが好きだ」と。「これが好き」と言ったら、「好きな理由を言え」と。みたいなことが日常茶飯事だったので、写真に限らず、本当に創作への敷居はとにかく低かったですね。

 創作して、評価を聞いて、その理由を考えて、が、普段からお父さんお母さんがやっていることなんだから、特別なことだと思わなくなるわけですか。で、自分で撮ろうとかは、江口少年は?

江口:カメラは渡されましたよ。一緒に付いていったときも、「お前も撮れ」と言われて、撮っていましたね。僕が撮ったやつをおやじがプリントしてくれて。出来については、わりかし褒めるほうが多かったです。けなされはしなかった。

 あれ、そういえば8ミリ(フィルムによる動画撮影)の話は全然出てきませんね?

父は「映画だけはやるなよ」と言い残した

江口:そうなんですよ。僕の映像への入り口は動画ではなかったんですよ。写真でしたね。入り口は写真ですけど、その後、中学に入って映画を好きになって。でも僕の中では、写真と映像はそんなに違うとは思わなくって。

 カンさんが「九州芸術工科大学(2003年に九州大学と統合)に行く」というのもすんなりと。

江口:全然反対しなかったですね。家から一番近かったし。僕が行ったところは半分工業、半分美術、つまり、デザインということなんですけど。さすがに美大に受かる自信はなかったんですけど、高校の途中で進路を決めなきゃというときに、「普通の勉強をするのもなあ、一番楽なのは何だろう」と思ったときに浮かんだのがここでした。絵の点数だけは何も努力しなくてよかったんですよ。

 絵が上手だったんですね。

江口:絵だけは、本当にさらっと上手に描けていたので。

 それこそ芸大とかは考えなかったんですか、絵が描けるんだったら。

江口:そこまでの努力はしなかった。

 冷静ですね。

江口:理系で絵がうまいなら、芸術工科大学って俺にぴったりじゃん、と思ったんです。

 ああ、芸術で戦ったら、まあまあかもしれないけど。

江口:たぶん負けるけど、そこに工業が付けば。

 工業が付いたら、勝ち筋が見えた、みたいな。

江口:そうそう。なので全然反対されなかったです。本当にお前がうらやましいなと言われていましたね。

 お父さんが亡くなられた頃は、江口さんは何をされていたんですか。

江口:ちょうど会社をつくってすぐぐらいです。

 KOO-KI(空気株式会社)ってそんなに若い頃につくったんですか。

江口:そう。30歳のときにつくって。まだ鳴かず飛ばずでしたけど、鳴かず飛ばずだったおかげで、父の看病には結構行けました。

 今は映画の監督をされている。お父さんに相当うらやましがられそうじゃないですか。

江口:実は「映画にだけは手を付けるな」と言われていました(笑)。

 おや、わざわざ映画と特定して。

江口:「映画は博打だから、会社をつぶすぞ」と。映画を監督したのは父が死んだ後だったので、心配させなくてよかった(笑)。

 確かに親は心配するかもしれないですね。

江口:親からしたら怖いですよね。でも「自分が定年になったら、お前のCMの撮影で俺にカメラを回させろ」とは言っていました。やりにくいから断ったと思いますが(笑)。

日経ビジネス電子版 2023年7月25日付の記事を転載]

「ソニーが本格派のカメラ? 電機メーカーにつくれるの?」。嘲りの中、「デジタル一眼レフ」市場に挑んだソニーは5年後、「電機屋のミラーレス一眼」で世界シェアトップを奪取。その「逆襲のシナリオ」を書いたのが、元ソニーグループ副会長・石塚茂樹氏である。「ソニーのデジカメ」草創期から開発、マーケティングの第一線で奔走し、その成長と挫折と逆襲のすべてを見てきた石塚氏が語り下ろしたインサイドストーリー、たっぷりお届けします。

山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)