「本好きな子ども」だった頃から、いつしか自分を支えるために読書を重ねてきたという中江有里さん。読書を通じ、自分自身が何を大切に生きていきたいのか、人生の指針を獲得できると言います。中江さんの読書への思い、人生と本について伺いました。
「支えとなるもの」を求めて
子どもの頃から本が好きでした。もともとはシンプルに娯楽的な趣味だったのですが、そのうち読書は私の人生に欠かせないものになりました。
きっかけは高校生のとき。芸能界で仕事を始めて、親元を離れて暮らすようになって、精神的な支えとなるものを欲していたのだと思います。
ただ、その「支えとなるもの」が何かまでは分からずに、たまたまそのときに身近だった「読書」という行為に自分の支えを求めるに至ったわけです。
絵を描くことや楽器を奏でることで自分を支える人もいますが、当時の私にとってはそれが読書でした。以来、小説、伝記、実用書、ビジネス系ノンフィクションなど、ジャンルを問わずたくさんの本に触れることが、私の日常に溶け込みました。
最近は電子書籍も豊富に発行されていますが、私は明確に「紙の本派」です。なぜ紙か。おそらく、リアルな物体として重さや厚みを感じられ、「終わりが直感的に分かる」ことが重要な気がします。いつ終わるか分からない本を読むのは、ちょっとつらいじゃないですか。
人生だって、終わりが見えないと果てしない不安に襲われると思います。どんなに厚い本でも「いつかは読み終える」と確実に分かることが、読み始めるハードルを下げてくれるはずです。
読書は「読んですぐ効く」わけではない
先ほど、自分を支えるために読書を重ねてきたとお話ししました。けれど一方で、読書の効用は「読んですぐに」分かるとは限らないとも思います。
じわじわと長い時間をかけて効いてくる。食べ物の栄養分と同じで、自分の中に取り込んだ栄養分のすべてを吸収できるわけではなく、サプリメント的に狙いを定めてもその通りにならないこともよくある。それに、自分の心が欲している栄養分は案外自分では分からないもので、取り入れてみて初めて「あ、私にはこれが必要だったんだ」と気づくことが多い。
私はもうすぐ50歳になろうという年齢ですが、10代の頃に読んだ本と出合った意味や、当時の自分が感銘を受けた理由について、今になってふに落ちることがあるんです。当時はまだ言語化できなかった感情を、客観視できるようになったのかもしれません。
この自己理解は、他の人には重ねられない、私だけの固有の体験です。読書を通じた自己理解が1つでも2つでもあることで、私は何を大切に生きていきたいのか、人生の指針を獲得できる気がします。
「選ぶ」「出合う」ところから読書体験は始まる
だから、本は読んでいるときだけでなく、その後もずっと長く時間をかけて効いてくるもの。もっと言えば、読む後だけでなく、読む前の「選ぶ」「出合う」という段階から読書体験は始まっていると私は思います。
これは私が読書についてつづった『 ホンのひととき 』(PHP文芸文庫)にも書きましたが、読書は静かな行為のようで、実はとても積極的で能動的な行為です。どんなに面白く、役立つ本であっても、「読む」という選択をしなければ、本はただ表紙を閉じて私たちを待つだけ。そして読み始めてからも、常に能動的な姿勢を求められます。
音楽なら無意識に耳に入ってくることもありますし、映像は一度流してしまえば、作り手が意図したリズムでセリフやシーンが展開しますが、活字を読むときには自分でリズムを取っていかなければ世界に入り込めません。
世に膨大にある本の中から「今日読む1冊」を選ぶには明確な意志が必要であり、だから難しいんですよね。選書の依頼をいただくたびに、その難しさを感じます。
今回は、「人生を変えるかもしれない本」というテーマで選書のリクエストをいただきました。正直に告白すると、私は「本で人生が変わる」とは思っていないんです。ただ、「人生を変えたい」という意志が芽生えたときに本を手に取ることは、日常によくあると感じています。
自ら変わろうとした時に出合い、選んだ本が人生を豊かにする
本に変えてもらおうと委ねるのではなく、自ら変わろうとしたときにたまたま出会って選ぶ本。そんな関係性の中で、本は人生を豊かにしてくれたという実感があります。「変わりたい」と願う自分の気持ちに気づけば、「変わるために、私はどんな刺激を受けたいか」とアンテナを張ることができます。つまり、自分の内なる願いに気づくことが、「人生を変えるかもしれない本」に出会う第一歩になるのではないでしょうか。
そうして手に取った本を通じて、他者の言葉を浴び、「私も同じように感じていた」とか「私はそうは思わないな」と反応しながら、1冊を読み終える頃には新しい言葉で自分を表現できるようになっている。出会う前には意図しなかった世界の広がりを感じられるのは、読書の醍醐味ですね。
人に薦められたり、たまたま書店で見かけたりと、本との出合いは偶然のきっかけによるものがほとんどです。その偶然の出合いを、いかに能動的に生かせるか。人生を変えるのは私であって、本ではない。主体は自分なのだという意識を忘れずに、本と向き合っていきたいと思います。
取材・文/宮本恵理子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) ヘアメイク/丸山智美 写真/鈴木愛子


