中江有里さんと本との出合いや、向き合う姿勢について話を聞いた本連載。2回目は歳月を重ねて読むことによって、味わいが増す本の魅力や、読み継がれてきた古典からの学び、どん底から救われ、その後も落ち込んだ時に立ち戻る「原点」となった本との出会いについて聞きました。(1回目はこちら)

 本との出合いって、人との出会いに似ているなと思います。
 人と初めて出会うとき、「この人に1週間以内と知り合って話をしたい」と明確な目的意識を持って出会うことのほうがまれで、ほとんどは偶然の縁ですよね。

 たまたま出会った人がいて、時間がたつにつれて、「この人は私に重要な学びを与えてくれる人だったんだな」と後から気づく。本から得られる学びも、後になってじわじわと理解できることが多いと思います。

 「この本が教えてくれることを忘れてはいけない。後世に残さなければ」と共感を集めた本が「古典」になっていくのでしょう。印刷技術がない時代には、手で書き取る写本によって受け継がれてきたのだと考えると、今に伝わる古典に宿る私たちの祖先の強い意志を感じますね。

本から得られる学びも、あとになって理解が深まります
本から得られる学びも、あとになって理解が深まります
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人生経験を重ねて心に染みる『方丈記』

 鎌倉時代に鴨長明が書いた『 方丈記 』(浅見和彦校訂・訳、ちくま学芸文庫)は、古典の中でもとても短くて読みやすい作品。今でいうエッセーの文体で、鴨長明が自分の身の回りの出来事や、火事や地震、飢饉(ききん)といった当時のさまざまな災害について、ジャーナリスティックな視点で記録したものです。きっと誰もが教科書で習った古典だと思います。

 東日本大震災の後に再び注目を集めた際に、『方丈記』をテーマにしたイベントに呼んでいただいたことをきっかけに、私も“出合い直し”をしました。

 自然災害やパンデミックといった天変地異はいつの時代にも起こりうるもので、多くの人の人生を大きく変えるきっかけにもなる。『方丈記』は普遍のメッセージとして受け継がれてきたのだろうと思います。

 逃れようのない危機にさらされたときの苦悩や戸惑い、そして「どんなにあらがおうと、どうすることもできない」という諦めに近い無常観を、鴨長明はただ淡々とつづっています。そこに希望があるのかと言われると、おそらく「ない」のでしょう。「人も住み家もすべて変わりゆくものだ」と言い切る言葉には寂しさを感じると同時に、どこかホッとできます。

 冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」はあまりにも有名ですが、大人になってあらためて触れると、実に名文だなあと感銘を受けます。中学生、高校生の頃に教科書で読むのとは違い、人生経験を積んで読み直すと深く染みます。音読がおすすめです。

人生経験を重ねて読み返したい『方丈記』は音読もおすすめ
人生経験を重ねて読み返したい『方丈記』は音読もおすすめ
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 無常観の行き着く先として、鴨長明は1人が暮らす上で最低限の広さの住居「方丈庵」を構え、生活しました。長明ゆかりの京都の下鴨神社内にある河合神社に復元された庵を訪ねてみましたが、1丈(約3.03m)四方と本当に狭いんです。「そうか、あれこれと欲張った暮らしをしなくても、これくらいの住居で足りるんだ」と気づかされました。

 一方で、鴨長明は『方丈記』の中で、人付き合いを絶った 暮らしの寂しさや迷いも素直に明かしているんです。決して悟りの境地や達観には至っていないところがとてもいいし、「いつの時代も、私たち人間は変わらないんだな」と思います。

『方丈記』(浅見和彦校訂・訳、ちくま学芸文庫)
『方丈記』(浅見和彦校訂・訳、ちくま学芸文庫)
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母国語を失い運命に翻弄された作家

 1935年にハンガリーに生まれた作家、アゴタ・クリストフもまた、自分ではどうにもならない運命に翻弄された作家です。

 彼女の作品は、1991年に日本語版が出た『悪童日記』(堀茂樹訳、早川書房)以後、『ふたりの証拠』『第三の嘘』(同)の3部作が有名ですが、ここに紹介する『 文盲 アゴタ・クリストフ自伝 』(堀茂樹訳、白水Uブックス)は彼女が自身の生涯について振り返った自伝です。

 私がこの本を手に取った理由は、『悪童日記』を初めて読んだときに感じた、「なんだろう、この底が抜けるような感覚は」という違和感でした。言葉にできない謎めいた読後感の正体を知りたくて、手に取ってみたのです。

 読んでみて、あの読後感の理由が少しだけ分かったような気がしました。ハンガリーに生まれ、4歳で「印刷されているものはなんでも読む」ほど本を愛していた少女が、戦争に翻弄される10代を過ごし、21歳でスイスのフランス語圏地域のヌーシャテルに亡命を余儀なくされたという事実。生きるために母国語を捨てて、新たな言語を身につけて、物書きになったという波乱の人生が描かれていました。

 私は日本に生まれ、今日まで母国語である日本語を使って話し、文章を書いてきましたが、母国語を失った自分なんて想像もできません。心から本を愛しながら、一度は「文盲」になった彼女が、再び言語を獲得して本を書き、その作品を遠く海の向こうの日本にいる私たちに届ける。時代に翻弄されながら、自ら運命を切り開いた1人の女性の姿勢に、ただただ心を動かされます。

『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』(堀茂樹訳、白水Uブックス)
『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』(堀茂樹訳、白水Uブックス)
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20歳、どん底で出会った『人は変われる』

 私が自分自身を変えたくて、選び取った本として紹介したいのが、『 人は変われる 』(高橋和巳、ちくま文庫)です。2014年に文庫版が出版された際に、解説を寄稿させていただきました。なぜ私に解説のオファーが来たのかというと、1992年の単行本出版時にこの本を読み、非常に心を打たれたというエピソードを至る所で話したのが先方に伝わったから。ずいぶんと年月がたってからのご縁に驚きましたが、20歳の頃の私がこの本に支えられたのは確かでした。

『人は変われる』で得た、意識の持ち方で自分を変えることができるという発見は、将来への希望になりました
『人は変われる』で得た、意識の持ち方で自分を変えることができるという発見は、将来への希望になりました
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 その頃の私は、とにかくひどく落ち込んだ状態で、けれど落ち込む原因がよく分からず、八方塞がりでした。高校1年生から芸能界の仕事をしてきたので、積み重なった何かがあったのかもしれません。どこに行っても楽しくないし、何を食べてもおいしくない。夜は眠れず、仕事には出かけるものの、服のコーディネートを考える気にもなれず、毎日同じ服を着ていました。

 今ならメンタルケアの専門家を頼ったり、カウンセリングを受けたりするのでしょうが、当時はそのような情報も十分にありませんでした。つらい悩みを誰にも言えず、すがるような気持ちでめくった『人は変われる』で、私の視界は開かれました。

 この本から教わったのは「解釈」することの力です。自分自身から離れて客観的に見つめ、絶望を受け入れた先に、浮上の可能性が開ける。絶望もまた「心の能力」なのだと説く考え方に、救われましたし、落ち込んでいた自分の状態を受け入れて「ここから先は浮上しかない」と前に進む発想に至ることができました。今の自分の状態を能動的に解釈することで、自分自身を変えることができるのだという発見は、将来に渡っての希望になりました。

 その後は、落ち込むことがあっても、「落ち込んだ自分」とうまく付き合えるようになりました。本当に出会ってよかった、と思える本です。

『人は変われる』(高橋和巳、ちくま文庫)
『人は変われる』(高橋和巳、ちくま文庫)
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取材・文/宮本恵理子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) ヘアメイク/丸山智美 写真/鈴木愛子