かつては、科学的な偉大な発見によって、世界の謎はすべて説明できるようになると思われてきました。しかし、20世紀ごろから相次いだビッグ・バンや人間原理をはじめとする発見によって、今度は「科学+偶然だけでは説明できない何か」が見えてきたとITエンジニアのミシェル=イヴ・ボロレ氏と起業家のオリヴィエ・ボナシー氏は指摘します。その、科学と神に関する価値観の変遷の歴史を、フランスで刊行され25万部の大ベストセラーとなった書籍の翻訳書『神と科学 世界は「何」を信じてきたのか』(鳥取絹子訳、日経BP)から抜粋してお届けします。
なぜ20世紀からの科学的発見によって、今、「神」が存在感を増しているのか
いまだかつてこれほどの科学的発見が、これほどめざましく、しかもこれほど短期間に発表されたことはなかった。これらの発見は、私たちの宇宙に対する見方をひっくり返し、その勢いで、創造者の存在の問題が議論のテーマとして取り組まれるようになった。
近年の物理の進化はめざましい。氾濫(はんらん)した川のように領域の根底から溢(あふ)れ出し、形而上学[* 超越的な原理・神や世界などを研究対象とする学問]とぶつかって、その領域まで入りこんでしまった。この2つの領域がごちゃまぜになったところから飛び出したのが、“創造的な知性”の必然性を示す要因の数々である。
これら新しい理論は、ここ1世紀近く、識者たちの議論に火をつけている。私たちが本書で最初に語りたいのが、この歴史である。
実際に私たちは今、知識の歴史において驚くべき瞬間を生きている。数学や物理がここまで進化したおかげで、これまで人間の知識を超えていると思われていた問題が、科学の重要なテーマとして俎上(そじょう)に載った。時間や永遠、宇宙の始まりと終わり、信じられないような宇宙の微調整、そして生命の出現……などである。
20世紀初頭に出現した最先端の科学は、思考のあり方をその前の数世紀の潮流から完全に逆転させた。それまでは、科学の領域は神の存在に関するどんな議論とも相容(あいい)れないとされていた。
科学界に衝撃をもたらした革命的な5つの発見
1 宇宙の熱的死[* 宇宙の最終状態として考えられうる状態]は、そのなかでも最初の発見である。1824年に登場した熱力学理論の結果として、1998年に宇宙の膨張の加速が発見されたことで、宇宙の熱的死は結論づけられた。
熱的死の発見は、必然的に、宇宙に「始まり」があったことを示唆する。同時に、すべての始まりに何か外部的な要因、つまり「つくり手」の存在が推定される。
2 相対性理論はそれに続く発見で、1905年から1917年にかけてアインシュタインによって考案され、多くの点で立証されている。それによると「時間」と「空間」と「物質」は結びついており、この3つは、それぞれ他の2つがないと存在しないことが実証されている。
そこで想定されるのは、仮に宇宙の起源に何か外部的な要因があるとしたら、それは必然的に非時間的・非空間的・非物質的、つまり「無」であったということである。
3 ビッグ・バンは、1920年代に、ソ連の天文学者アレクサンドル・フリードマンと、ベルギーの天文学者ジョルジュ・ルメートルによって提唱され、1964年に確証された理論である。これは「宇宙の始まり」を実に正確に、見事に描いている。
結果、思想界には爆弾が投下されたような激震が走り、一部の国では、ビッグ・バン理論を擁護し研究する科学者たちの命が危険にさらされるほどになった。
この話題については丸ごと1章を使って、無視され隠蔽(いんぺい)されてきた迫害や弾圧について紹介しよう(8章参照)。こうした悲惨なやり方は、これらの発見が形而上学上、いかに重要だったかを示している。
4 宇宙の微調整は、1970年代から広く認められているものだ。ただし問題は、唯物論の宇宙学者が、この問題を回避するために、「多元宇宙」や「平行宇宙」といった、まったく説明できない投機的なモデルの考案に精を出していることである。
5 生物学は20世紀の終わりに、不活性物質(生命を宿さない物質)から生物(生命を宿す物質)への移行を可能にするには、さらなる宇宙の微調整が必要であることを明らかにした。
それまでは、既知のもっとも複雑な不活性物質と、既知のもっとも単純な生物を隔てる溝は一跳びで越えられるものと想定されていた。しかし実は、そこには巨大な深淵があり、純粋な偶然だけでは跳び越ええないことが確実と思われている。
現在も、それがどのように行われたのかわからず、再現もできていない。ただその出来事がまったくもってありえないことだけが、わかっているのである。
16世紀から19世紀における「科学的発見」と世界
16世紀の終わり以降の科学的発見は、それまでの神への信仰を根底からつき崩し、支柱を揺るがす集中砲火のようだった。以下、その歴史を簡単に復習しよう。
- 地球が太陽の周りを回っていて、その逆ではない(コペルニクス 1543年─ガリレオ 1610年)。
- シンプルでわかりやすい力学的宇宙を数学的に描写(ニュートン『自然哲学の数学的諸原理』1687年)。
- 地球の年齢は、聖書から推測され信じられてきた「数千年」よりも、もっとずっと古い(ビュフォン 1778年─チャールズ・ライエル 1830年─ケルヴィン男爵 1862年)。
- 惑星を動かすためには天使を必要としない。宇宙の決定論的基本原理(ラプラス 1805年)。
- 生命は自然な進化の過程から出現したもので、これにも「数千年」ではなく、数百万年または数十億年かかっている(ラマルク 1809年)。
- この進化論が基づいているのは、神の介入ではなく、自然淘汰(とうた)である(ダーウィン 1859年)。
- 平等で公正な世界の到来を掲げた科学的唯物論としてのマルクス主義の、魅力に溢れた夜明けのような台頭(1870年から)。
- 人間はもはや自身の思考の支配者ではないことを理論づけたフロイトの考え(1890年頃)。この新しい科学は「先入観から解放された」人生を提案した。
フロイトは、自身が提唱した精神分析法によほど自信があったのか、「現代人は『人間としての3つの屈辱』を味わった」と述べ、コペルニクスとダーウィン、そして自らの名前を挙げていた。
実際、現代人の自尊心の傷は、立て続けに増えていた。宇宙の中心にいたはずが地動説によってその場所を失い、「猿の子孫」であることがわかって優位性を失い、あげくのはてには、「無意識」の理論によって自律性はおろか、深層思考に対する責任も失っていたからだ。
この3世紀の間、ガリレオからダーウィン、マルクスを経てフロイトまで、西洋思想の揺るぎない台座を構成していた知識の多くが土台からぐらつき、多くの信仰者を混乱に陥らせた。
ただし、本質的には、これらの新発見は、信仰をぐらつかせる理由にはなっていなかった。というのも、新発見による真実は、信仰と矛盾していなかったからだ。しかし、信者たちにはそのことに気づく冷静な判断力と知識が欠けていた。したがって最先端の科学は、不信感、さらには敵意をもって迎えられた。
たしかなのは、古い信念を捨て、精神的支柱を修正するには大変な努力が必要だということだ。
それとは逆に、唯物論者たちはこれらの発見に熱狂的に飛びつき、自分たちの理論を正当化するための拠り所にした。彼らの考えが容易に広まった背景には、技術の進歩で飢饉(ききん)や流行(はや)り病(やまい)が一掃され、病気のほとんどが治癒されて寿命が延び、乳児死亡率も激減し、人々がかつてないほど物質的に豊かになったという事実がある。物質的に恵まれた人々は、日常的な問題を解決するのに、なんであれ神に頼む必要がなくなった。科学はあらゆる宗教を後退させていったのだ。
このような社会情勢が追い風となり、唯物主義は20世紀前半には、知的世界全体を支配しているように見えた。
この時代、西洋で信者の多くが簡単に信仰を放棄したのは、信仰が表面的で世俗的なものの反映としてしか捉えられなくなったことも大きい。そして信仰を守っていた人々の中には、合理主義に対して劣等感を抱く人も多かった。そういう人たちは当然、科学や哲学的な議論からは距離を置き、内輪の世界に閉じこもり、外に出ないようにしていた。外ではおうおうにして、主流の考えとなった唯物論者から嘲笑され、軽蔑(けいべつ)され、さらには敵対視されることがあったからだ。
ミシェル=イヴ・ボロレ、オリヴィエ・ボナシー著/鳥取絹子訳/日経BP/3080円(税込み)


