ベストセラーを生むPRの裏側には、コスパやタイパなど、効率を重視する時代の流れとはひと味違う「非効率」がありました――。『非効率思考 相手の心を動かす最高の伝え方』(講談社)の著者で数々のベストセラー本を手掛けてきた書籍PRの黒田剛さんは、著者や編集者と一体となって、一人ひとりに直接、本をめぐるストーリーを届けることを大切にしています。黒田さんの“あえて効率を追わない”書籍の魅力の伝え方と、その背景にある思考に迫ります。
僕は千葉県にある書店の家に生まれました。大学卒業後、須原屋書店学校という書店経営者を養成する全寮制の学校に2年間通って、実家の黒田書店に就職。その後、芳林堂書店外商部、講談社のPR担当を経て、2017年に独立してPR会社を立ち上げました。
これまでにPRを担当した書籍では黒川伊保子さんの『
妻のトリセツ
』(講談社+α新書)がシリーズ70万部超、葉っぱ切り絵アーティストのリトさんの『
葉っぱ切り絵コレクション いつでも君のそばにいる 小さなちいさな優しい世界
』(講談社)はシリーズで30万部超、『
続 窓ぎわのトットちゃん
』(黒柳徹子著、講談社)は発売2カ月で50万部超のベストセラーになりました。

書籍PR/非効率家
「プレスリリースは送らない」のに本が売れる
昨年、葉っぱ切り絵シリーズの編集者の下井香織さんに「どうして黒田さんがPRすると、こんなにベストセラーになるんですか? 他と何が違うんですか?」と聞かれたんです。そこでお話しした僕の仕事術について下井さんがnoteに投稿したところ、大きな反響があったのです。それがきっかけとなって今回、初の著書である『 非効率思考 相手の心を動かす最高の伝え方 』(講談社)を出版しました。
タイパ・コスパが重視される時代に「非効率思考とはどういうこと?」と思われるかもしれません。ただ、僕自身はけっして「非効率にしよう」と思っているわけではないのです。むしろ、一番効率よく成果が出るやり方で仕事をしている、と思っています。
今の仕事のやり方のベースになっているのは、書籍PRに携わる前、書店外商の営業マンだった時代に見つけた方法です。営業先である学校図書館の契約がまったく取れず、ドン底だったあるとき、営業のやり方をまったく変えたら、一気に新規契約が20件も取れたのです。
それは、飛び込み営業をやめて、まずは一校一校の司書さんの「困りごと」を聞いて回り、改めてそれに応える提案をしに行く、というやり方でした。手間も時間もかかりそうなこの営業方法が、結果的に異例の成果につながったのです。
その後、講談社に入って新刊のPRを担当するようになってからも、メディアの一人ひとりの「困りごと」を聞いて提案する、というやり方は変わっていません。僕にしてみたら、そうしないと結果が出ないからなのですが、それが、「黒田さんの仕事のやり方は非効率ですね」と言われるゆえんのようです。ただ、これは本のPRに限らず、すべてのビジネスパーソンが普遍的に使えるやり方だと思っています。
PR担当として最も手応えを感じたのは、前述した2021年発売の『 葉っぱ切り絵コレクション いつでも君のそばにいる 小さなちいさな優しい世界 』でした。この本の編集者が下井さんで、初版は4000部。出版にこぎ着けたものの、社内では「切り絵の作り方の本なら分かるけれど、無名のアーティストの作品集を出しても売れないんじゃないの?」と思われていたそうです。
そこで僕も一緒にPR戦略を考えることになり、葉っぱ切り絵アーティストのリトさんさんにいろいろお話を伺いました。そのなかで生い立ちについて、「9年間、謝り続けた人生だった」という言葉を耳にしました。リトさんはADHD(注意欠如・多動症)の特性がありますが、学生時代は特に不自由なく過ごしていたそうです。ところが就職して社会人になると、周囲と仕事のリズムを合わせられない。ミスを連発し、職場で謝り続けることになったというのです。さすがにおかしいと思い、病院で検査したところ、ADHDと診断されました。そして、会社を辞め、独学で葉っぱ切り絵を始めたのです。
「ADHDと診断されて肩の荷は下りたけれど、仕事がうまくいかない現実は変わらない。ADHDであることを公表して活躍している人もいますが、それは著名人。僕みたいなごく普通の人間は、どうやって生きていけばいいのか分からなかった。でも、『すごい人』じゃない自分にも、多くの人の心を動かすことができるものがあることが分かった」
リトさんのこの言葉を聞いたとき、僕はありきたりのプレスリリースを送るよりも、このストーリーを届けようと思いました。そこからリトさんの取材にはすべて立ち会いました。そうしてリトさんの言っていることを脳内にインストール。そうすると、誰に何を聞かれてもリトさんが憑依(ひょうい)したように答えられるようになりました。
メディア各社にプレスリリースを一斉送信するのではなく、この本を取り上げてほしいメディアの担当者 一人ひとりに電話をしたり、別件の取材で一緒になった担当者に直接提案したりしました。
そうやって著者のリトさん、編集者の下井さん、PRの僕という三位一体でPR活動を展開。「情熱大陸」(MBS)や「徹子の部屋」(テレビ朝日系)、「あさイチ」(NHK)といった有名番組で取り上げられ、ベストセラーとなったのです。
本のあらすじや書籍データをまとめたプレスリリースは、一度で多くのメディアの担当者に大量に送付できて効率的です。でも、実際には目を通してもらえないことすらあります。
それに比べて、著者の生い立ちや出版に至るストーリーを届けるのは非効率。ただ、担当者に直接話すことで何かしらの「引っかかり」ができます。
下井さんに「結局、非効率なやり方が一番効率的なんですね」と言われ、僕は自分のPR方法が「非効率思考」なのだと気づきました。
僕の「非効率」なやり方は出版業界だけでなく、あらゆるビジネスパーソンに役立つはずです。次回は非効率な仕事を可能にするに「時間整理術」について、お話しします。
取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/吉澤咲子

