ロレックス、ヴィトン、ポルシェ…成功するブランドが大切にしている「ヘリテージ」とは何か 』を刊行したスイス生まれの気鋭のブランド学者、大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授がスイスの時計、ジュエリーブランドのショパール共同社長、カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏と対談。ビジネスにおけるファミリーの役割、日本のラグジュアリー市場の動向などについて1時間じっくり語り合った。その前編。

ショパール共同社長のカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏(右)と大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授がファミリービジネスについて語り合った(写真=宮田 昌彦、以下同)
ショパール共同社長のカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏(右)と大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授がファミリービジネスについて語り合った(写真=宮田 昌彦、以下同)

ピエール=イヴ・ドンゼ氏(以下、ドンゼ):スイスの時計業界では、現在成功している企業の多くはショパールを含めてファミリー企業です。ファミリー企業の競争優位性はどこにあるのでしょうか。

カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏(以下、ショイフレ):それは「時間」だと思います。私たちは短期的な業績や利益に左右されることなく長期的な視点で計画を立てることができますから、経営基盤が安定しています。この点はビジネスパートナーからも高く評価されています。

 もう一つ挙げるとすれば、それはリスクへのアプローチです。当社のように自己資金で経営しているファミリー企業は、外部資本に頼らない分、資金を慎重に使わなければなりません。新しい方向へ進む場合はしっかり検討しますから、成長のスピードが緩やかになることもありますが、その方が持続可能だと考えています。

ドンゼ:それは時計コレクションのあり方にも影響するでしょうか。

ショイフレ:1996年に設立した時計工房「ショパール マニュファクチュール」の場合、設立を決めてから最初のムーブメントを生産するまでに約3年を要しました。当時はまだ問題として顕在化していませんでしたが、当社は将来に向けて時計の心臓部であるムーブメントについて供給の独立性を確保したいと考えていました。その後、(スイスの)スウォッチグループによるムーブメント供給問題が起きた時、私たちのプロジェクトはすでにかなり進んでいました。この取り組みは今日まで続いており、クオーツを除けば、自社ムーブメントの約80%を社内で生産できる体制を築いています。機械式ムーブメントへの需要は現在非常に高く、当社にとって重要な強みになっています。

ドンゼ:30年前に開発されたムーブメントが今も生産されているのですか。

ショイフレ:その通りです。その分、大きな投資であり、短期的な利益はなく、すぐに成果が出るものでもありませんでした。将来への投資であり、長期的な視点を持つファミリー企業だからこそできた決断だったと思います。

ドンゼ:ショパールは現在、ショイフレ家になってから第2世代、第3世代にあたりますね。

ショイフレ:ショイフレ家の家業である「カール・ショイフレ」という意味では、私は第4世代になります。一方、ショパールについては63年に父がブランドを引き継いでから、私は第2世代です。当時私は5歳でした。そして現在は第3世代としてカール-フリッツ、そしてカタリーナが続いています。

ドンゼ:次世代への事業継承に向けて、どんな準備をしてきましたか。

ショパール共同社長、カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏(右)から貴重なコレクションの説明を受ける大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授
ショパール共同社長、カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏(右)から貴重なコレクションの説明を受ける大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授

ショイフレ:私や妹(キャロライン)の場合、非常に早い段階から家業に触れる機会がありました。学校に通っていた頃から(時計の見本市である)バーゼル・フェアに参加し、時には父の出張にも同行しました。そうした経験を通じて、この事業がどのようなものなのかを自然に理解していきました。父は私たちが事業に関心を持つことを望んでいたと思いますが、強制したことはありませんでした。最終的には、自分たちで事業に参加することを選んだのです。

 現在の私たちも同じ考え方です。もちろん子どもたちが事業に加わってくれることを望んでいます。しかし、最終的には本人たちの意思が重要です。息子のカール-フリッツは事業に加わり、現在はIT(情報技術)分野を担当していますが、機械式時計にも強い関心を持っているため、「L.U.Cコレクション」も任せています。また、パリのホテル事業やジュネーブのワイン事業も担当しています。これらはショパールとは直接関係ありませんが、情熱を持って取り組んでいます。

 娘のカタリーナはロンドンでジュエリーデザインを学びました。その後マドリードで修士課程を修了し、ちょうど卒業したところです。彼女もまた自然な形で事業に加わることになるでしょう。

 カール-フリッツはスイスのローザンヌのホテルスクールに進みました。ある意味ではビジネススクールでもありますが、それ以上にホスピタリティーについて学ぶ場です。それは現在の私たちの小売事業にとって非常に重要です。世界中に直営ブティックを展開しており、優れた体験とサービスを提供することが、以前にも増して重要になっています。

時計とジュエリーで役割分担

ドンゼ:私は時計業界では優れたエンジニアであることや、新しいムーブメントを開発するアイデアを持つことが最も重要なのだと思っていました。

ショパール共同社長のカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏
ショパール共同社長のカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏

ショイフレ:今日ではそれだけでは十分ではありません。体験価値、マーケティング、ストーリーテリング、そしてブランド価値の向上も重要です。ただしその一方で、しっかりした実質的な基盤があることも重要だと考えています。

ドンゼ:ショパールは時計と同時に、もう一つの重要な柱がジュエリーです。現在はカール-フリードリッヒさんが時計を、妹のキャロラインさんがジュエリーを担当されている印象があります。次の世代でも、こうした役割分担を維持していくのでしょうか。

ショイフレ:私たちは今後も一つの企業グループとして運営していくことになると思います。その中にジュエリー、時計、そして小規模ながらホテル事業があります。

 ジュエリーは現在、私たちの事業において重要な位置を占め、ドイツにも自社工場を持ち、生産面で独立しています。ただジュエリー市場はこの10年で大きく変化しました。かつてブランドジュエリーの比率は市場全体の30~35%程度でしたが、現在では60%を超えていると私は見ています。

 ジュエリーはローカルビジネスからグローバルなブランドビジネスへと変貌し、多くの大手ファッションブランドがこの市場へ参入しています。興味深いのは、ファッションブランドによるジュエリー事業の方が、ファッションブランドによる時計事業よりも成功していることです。非常に興味深い現象であり、今日ジュエリーで成功するには、以前よりも専門性が求められると思います。

ドンゼ:消費者がブランドジュエリーを購入するようになったことは、ショパールにとってチャンスといえますか。

ショイフレ:その通りですが、同時に豊富な資本力を持つ巨大ブランドが相手になりますから、競争は格段に激しくなります。

ドンゼ:だからこそ、娘さんにもジュエリーに必要な知識や経験を身につけてもらう必要があるわけですね。

ショイフレ:娘は(対談時)ちょうど卒業したところで、2週間後には卒業式に出席する予定です。

ドンゼ:ショイフレさんは車への情熱でも知られ、イタリアの伝統的なクラシックカーレース「ミッレミリア」にも参加しています。また、フランスにはワイナリーを所有しています。

ショイフレ:車は長年、父と共有してきた個人的な情熱であり、2027年に100周年を迎えるミッレミリアでは当社は約40年間にわたりスポンサーを務めています。時計業界でも、これほど長く続いているスポンサーシップは少ないでしょう。ミッレミリアももともとは個人的な情熱から始まり、現在では当社を代表する時計コレクション「ミッレ ミリア」にもつながっています。ミッレミリアは個人的な情熱であると同時に時計コレクションでもあるのです。

 一方、ワインは個人的な趣味です。ショパールグループの事業ではなく余暇の活動です。妻にはワイン造りや販売にあまり時間を使い過ぎないと約束していますし、そのおかげで純粋な楽しみとして続けられています。(笑)

ドンゼ:ショパールのイベントで手掛けたワインを使うことはないのでしょうか。

ショイフレ:使っています。ただし、私はいつも「ショパールのイベントで提供するにふさわしい品質でなければならない」と言っています。

ホテル事業を始めた理由

大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授
大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授

ドンゼ:ホテル事業について、(仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン傘下の)ブルガリをはじめ、多くのラグジュアリーブランドがホテル事業へ投資し、シュヴァル・ブラン・パリなどもあります。ショパールもパリでホテルを運営されています。

ショイフレ:いろいろな経緯から始まったのですが、(宝飾街として世界的に知られる)ヴァンドーム広場1番地の店舗を維持するためには、重要な決断でもありました。私たちはホテルをつくる約10年前からこの地に店舗を構えていましたが、入居する建物全体が売りに出されることになったのです。ホテルは店舗の上階にあり、ファミリー企業として、その建物を取得するかどうかの決断を迫られました。もし取得しなければ、建物全体がライバル企業の手に渡る可能性があり、そうなれば、パリで重要な立地の一つを失うことになります。実際にはオークションのような形になり、私たちが落札したのですが、購入条件の一つが最低3年間はホテル事業を継続することでした。そのため私たちはホテル経営の経験がないまま、当時約30室あったホテルを運営することになったのです。現在は全面改装を行い、客室数はほぼ半分になっています。

ドンゼ:より高いレベルのラグジュアリーホテルにするためですか。

ショイフレ:そうです。ただ、私たちにはホテル事業を大規模に展開していく意図はありません。

ドンゼ:ファミリー企業としては、どこに投資するかを選択しなければならないのですね。

ショイフレ:あまり多くのことに同時に投資することはできません。ホテルスクールで学んだ息子によると、ホテル事業は売却する時以外はあまり利益を生まないことが多い、というのです。賢明な意見だと思います。

日経ビジネス電子版 2026年8月19日付の記事を転載]

誰もが知る一流ブランドには、“〈創作された伝統〉=ヘリテージ”がある。「安くていいモノ」の時代は終わり、今後はヘリテージの成否が企業の成長を決める。ユニクロ、無印良品の成功にも通じる高付加価値の方程式を、スイス人の経営学者が明らかにする。世界で勝てる強いブランドを模索する日本企業に向けた一冊。

ピエール=イヴ・ドンゼ(著)/日経BP/2640円(税込み)