街を散歩しながら、ラグジュアリーブランドのマネジメントを学ぼう。スイス生まれの気鋭のブランド学者、大阪大学大学院のピエール=イヴ・ドンゼ教授はこのほど『 ロレックス、ヴィトン、ポルシェ…成功するブランドが大切にしている「ヘリテージ」とは何か 』を刊行。この機に、ドンゼ教授と大阪・御堂筋のブランド街を歩いた。その後編。ドンゼ教授によると「ラグジュアリーなショッピング施設は、顧客に多様な体験を提供する」という。

 米マリオット・インターナショナルが展開するラグジュアリー・ライフスタイルホテル「W大阪」から南へ御堂筋を進むと、「グランドセイコーブティック大阪心斎橋」がある。ドンゼ教授は「2019年にオープンしたこの店舗は、世界の高級時計市場におけるセイコーグループの野心を体現しています」と話す。

 グランドセイコーはもともと1960年、セイコーの高精度機械式時計コレクションとして誕生。セイコーグループは2010年、日本の時計製造の卓越性を体現するグローバルブランドとして海外市場に展開することを決めた。内藤昭男社長のリーダーシップの下、米国で大きな成功を収め、その後、他の国際市場でも成果を上げている。

 同社は同ブランドの展開にあたり高級品ビジネスのノウハウに精通した外国人経営陣を採用。その大半はスイスのスウォッチグループ出身者だった。「戦略の中心となったのが単独ブティックの開設です。狙いはグランドセイコーをグループ内の他のサブブランドと差別化し、製品の卓越性を強調することでした」(ドンゼ教授)。17年に世界初のグランドセイコーブティックが米西海岸のビバリーヒルズにオープンすると、国内でも同様のアプローチを採用した。

 グランドセイコーブティック大阪心斎橋を訪れて気づくのは、隣にそれ以外のセイコー製品を扱う「セイコーブティック大阪心斎橋」があることだ。ドンゼ教授は「国内ではグランドセイコーと他のセイコー製品とに明確な一線を引くのは必ずしも容易ではないのかもしれません。ブティックの配置は高級時計分野におけるセイコーの野心と、同グループが依然として直面している課題を物語るようです」と話す。セイコーブティック大阪心斎橋のすぐ近くには高級時計製造において究極のベンチマークともいえるロレックス関連の店舗もあり、歩きながらブランドの在り方を考える手掛かりになりそうだ。

「グランドセイコーブティック」の隣に「セイコーブティック」がある(写真=宮田 昌彦、以下同)
「グランドセイコーブティック」の隣に「セイコーブティック」がある(写真=宮田 昌彦、以下同)

西の「銀座シックス」目指す「クオーツ心斎橋」

 御堂筋と長堀通の交わる角には、ラグジュアリーなショッピング施設「クオーツ心斎橋」が26年4月にオープンした。「大阪のラグジュアリーなショッピング客に、東京の『GINZA SIX(銀座シックス)』と同様の体験の提供を目指しているようです」(ドンゼ教授)。

26年4月にオープンしたラグジュアリーな複合施設「クオーツ心斎橋」
26年4月にオープンしたラグジュアリーな複合施設「クオーツ心斎橋」

 注目すべきはこのプロジェクトに国内企業と同時にLキャタルトン・リアル・エステートも参画していることだ。Lキャタルトン・リアル・エステートは、フランスのLVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループ(LVMH)系の投資ファンド、米Lキャタルトンの不動産投資・開発部門で、銀座シックスなどにも参画する。Lキャタルトンは25年には日本企業への投資を目的とした3億1500万ドルの投資ファンドの設立を発表している。ドンゼ教授は「クオーツ心斎橋の場合、同社は資本面だけでなくラグジュアリーに特化した空間づくりの専門知識を提供しています。その分LVMH傘下のブランドが小売スペースを確保するための交渉力を強化するでしょう」と話す。

 クオーツ心斎橋は6フロアにわたってラグジュアリーブティックが展開され、ジュエリーブランドではスイスのリシュモン傘下のカルティエとLVMH傘下のブルガリが3フロアにわたり向かい合う。「競合ブランドの同居はラグジュアリーな小売業の重要な側面を浮き彫りにしています。それは、『し烈な競争に突入する前に、最優先すべきは顧客をひきつける』ことです。著名なジュエリーブランドの集結はこの戦略に沿っており、LVMHのショーメ、米国の独立系のラザール・ダイヤモンド、日本の独立系のジュエッテといった小規模なジュエリーブランドのブティックが出店しているのもこのためです」(ドンゼ教授)

 顧客に多様な体験を提供するためには、ファッションやアクセサリーの店舗に加え、レストランやカフェといった他の業態の店舗も必要不可欠で、クオーツ心斎橋にもレストランフロアがある。ドンゼ教授が同時に注目するのは、6階に開業の美容外科クリニックだ。「極めて珍しい事例であり、特筆すべき点です。ラグジュアリービジネスの対象はもはや身に着けるアイテムに限定されず、私たちの外見そのものへと拡大しています。身体は、商品化可能なラグジュアリー商品となったようにも映ります」

 この辺りには大阪メトロ心斎橋駅があり、御堂筋沿いには百貨店やファッションビルが並び、いっそうにぎやかになる。少し入ったところにあるのが、「シチズンフラッグシップストア大阪」だ。東京・銀座に次ぐ旗艦店で、20年に開業した当時、これはシチズン時計にとって国内最大規模の時計専門店だったが、コンセプトは競合のセイコーとは大きく異なる。

 シチズンはこのところ、主にスイスのブランドを買収し、国際市場への展開と高級路線進出を成長の基盤としている。米国での存在感を強化すべくアメリカのブランド「ブローバ」を08年買収したことを契機に、最も重要なのが12年、機械式ムーブメントメーカーの「ラ・ジュー・ペレ」と、ラグジュアリーブランドの「アーノルド&サン」を傘下に持つプロトール・ホールディングスの買収だった。16年にはスイスのプレミアムブランド「フレデリック・コンスタント」とスポーツウォッチブランド「アルピナ」も買収した。その結果、シチズンはそれぞれが独自の市場ポジションを持つブランドポートフォリオを保有し、ドンゼ教授によると、それが店舗づくりにも表れている。

 「御堂筋沿いの他社のブティックと違い、シチズンフラッグシップストア大阪では価格帯やアイデンティティが異なるいくつものブランドを一つの小売空間で扱っています。店舗は白、半透明のガラス、そして木材を基調とした中立的なデザインであり、これらのブランド間に共通のアイデンティティが存在しないことを表現していると私は思います」

「シチズンフラッグシップストア大阪」の前に立つドンゼ教授
「シチズンフラッグシップストア大阪」の前に立つドンゼ教授

店舗は同じでも経営が変わったプーマ

 この辺りの御堂筋沿いにはスポーツブランドの店舗もある。13年にオープンの「プーマストア大阪」はその1つで、周囲は若者が集う「アメリカ村」として知られるエリアとなっている。

 スニーカーやスポーツウェアのブランドはこのところ、ライフスタイルブランドやラグジュアリーブランドへと変貌を遂げようとする動きが目立つ。もともとはナイキとアディダスがこの戦略の先陣を切り、多くの競合もこれに追随している。

 プーマはもともとドイツのスポーツブランドだったが、プーマストア大阪が開業した当時、フランスのラグジュアリー・コングロマリット、ケリング傘下にあった。

御堂筋沿いにある「プーマストア大阪」
御堂筋沿いにある「プーマストア大阪」

 ケリングは1999~2000年にイタリアのグッチの経営権を取得すると、グッチから得た利益をライフスタイル分野に投資することを決定。その後、プーマの過半数の株式を取得した。狙いは明らかにドイツのアディダスの成功を再現することにあった。皮肉なことに、プーマは1948年にアディダス創業者の兄が設立し、兄弟は長くライバル関係にあった。

 ケリングは迅速な投資回収を求めたが、競争の激しいスニーカー市場で足場を築くにはマーケティングやインフラ整備に巨額の投資が必要であり、難しかった。その結果、プーマストア大阪のオープンから4年後の2018年、ケリングはプーマ株の保有比率を大幅に下げ、中国のアンタ・スポーツが26年1月にプーマ株29.06%取得を発表し筆頭株主となった。

 アンタ・スポーツは米国のウィルソンやフランスのサロモンなど、数多くの欧米ブランドを保有する。「ブランドの世界では店舗はずっと同じように見えても、経営が変わることがあります。プーマストア大阪は中国資本の店舗としては御堂筋において有数の規模であり、ファッションおよびラグジュアリー市場における中国企業の新たな野心を象徴しているといえそうです」(ドンゼ教授)。

 ドンゼ教授による御堂筋の探訪はここで終了。ドンゼ教授は「歩くからこそ見えてくることがたくさんある、フィールドワークは重要な方法だと改めて実感しました」と話し、人混みの中に消えていった。

日経ビジネス電子版 2026年8月6日付の記事を転載]

誰もが知る一流ブランドには、“〈創作された伝統〉=ヘリテージ”がある。「安くていいモノ」の時代は終わり、今後はヘリテージの成否が企業の成長を決める。ユニクロ、無印良品の成功にも通じる高付加価値の方程式を、スイス人の経営学者が明らかにする。世界で勝てる強いブランドを模索する日本企業に向けた一冊。

ピエール=イヴ・ドンゼ(著)/日経BP/2640円(税込み)