40代で巨大IT企業Zホールディングスの会長に就任した川邊健太郎氏が、若い頃に読んでおきたかったという5冊を紹介する。第1回は幸福とお金にまつわる3冊だ。
何があれば幸せで、何がなければ幸せではないか
2023年5月から、X(旧Twitter)で若手におすすめしたいビジネス書以外の書籍を紹介しています。ここでも、私より若い人のために、私自身が若い頃に読んでおけばよかったなと思った“ビジネス書以外”の本を挙げていきます。
1冊目は 『イノベーション・オブ・ライフ』(クレイトン・M・クリステンセン他著、櫻井祐子訳 翔泳社) です。
著者は『 イノベーションのジレンマ 』で有名なクレイトン・クリステンセン先生です。彼のハーバード・ビジネス・スクールでの最終講義をまとめたこの本では、幸せに充実した人生を送る方法が経営的な見地から思考されています。クリステンセン先生が『イノベーションのジレンマ』をなぜ見いだしたのかも、この本を読めば分かります。しかし、分かることは経営理論誕生の裏話だけではありません。
『イノベーションのジレンマ』を読んだ人はもちろん、読んでいない人も、イノベーションには偶発性が必要なこと、最初から“これがイノベーションだ”と分かっているケースはほとんどないことを知っていると思います。つまり、イノベーションはいつどこで生まれるか分からないし、生まれたときにそれがイノベーションだと認識されていることはほとんどないのです。
思いがけない不本意が人生を彩る
人生をイノベートする転機も、そうやって訪れるとクリステンセン先生はこの本で言っています。例えば、組織の都合や上司の命令で、意図しない仕事をすることになってしまった。自分の体調や家族の事情で、キャリアを変更しなければならなくなってしまった。クリステンセン先生自身も、そうした経験を積み重ねてきました。そして、そうした計画外の不可抗力を受け入れることが、結果的には自分を拡大させ、人生を彩るのだと言っています。
私自身も、多くの不本意を経験しています。学生時代に起業した会社は不本意なかたちで売却していますし、ヤフーで働くようになってからも、やはり不本意な異動を経験しています。当時の私はそうした不本意をなかなか受け入れることができず、自分のプランを邪魔されているようで不愉快にも感じていました。
しかし、もしその頃にこの本を読んでいたなら「これで人生がよりイノベーティブになる」と、前向きに受け止められたでしょう。少なくとも、そういうことも起こるのが人生なのだと受け入れることができたと思います。だから、当時の私のような若い人に読んでほしいです。クリステンセン先生の理論を手っ取り早く知りたい人にも向いています。
お金はどのくらい幸福を左右するか
2冊目は 『幸福の習慣』(トム・ラス、ジム・ハーター著、森川里美訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン) です。幸福とは、何か一つの要素だけでは感じられなくて、5つの要素がバランスよくそろっていることで感じられる。アメリカの有名な調査会社ギャラップ社が世界150カ国で行った大規模調査に基づいてそう結論づけています。そうと分かっていれば、バランスよく頑張れるでしょう。でも、知らなければ、例えば稼ぐためだけに突っ走って、20年くらいたってみて「なんか、幸せじゃないな」となりかねません。
- 仕事の幸福
- 人間関係の幸福
- 経済的な幸福
- 身体的な幸福
- 地域社会の幸福
幸福について書かれた本には、お金は重要ではないという論調のものもあります。しかしこの本では、幸福の5つの条件の一つに経済的安定を挙げています。つまり、「お金も必要だよ」とお金の価値も認めた上で、「でも、お金さえあれば幸福なわけじゃない」と主張しているのです。
では、いくらあればお金の面で幸福だと感じられるのか。年収が7万5000ドル(日本円でおよそ1000万円)を超えると幸福度との相関が薄れるともいわれますが、この本でも、多ければ多いほどいいとは考えられていません。したいこと、欲しいものが現れたときにためらわずに使えるだけのお金があれば幸福だとしています。これには、納得できます。
いずれお金より時間の価値が高くなる
私自身、会社をバイアウトして大金が手に入ったとき、大奮発して自分へのご褒美をと思ったことがありました。結局買ったのは、100万円くらいのカッシーナのベッドと、やっぱり100万円くらいのプラズマディスプレー、それとカーナビだけでした。計300万円以下。大金ではありますが、バイアウトの金額に比べるとごくわずかな金額です。欲しいものはそれくらいしかなかったことにも、それを買って満足してしまったことにも気づきました。
もちろん、働き始めたばかりの頃はお金の価値を高く感じると思います。収入を増やし貯金を増やすことに時間や体力を使いたいでしょうし、そうしたらいいとも思います。でもいずれ、お金より時間の価値のほうが高くなる時期を迎えます。そのときに、この本に書かれている幸福の条件を知っていれば、時間を買うためにお金を使うほうへと価値観を切り替えられるでしょう。それができないと、お金を貯めるだけ貯めて、使わないうちに人生が終わってしまいかねません。
読書は人生に複利で効く
お金は幸福の条件の一つであり、時間を買うという概念を支えるものでもあります。そのお金とは本質的には何なのか。それを教えてくれるのが 『お金のむこうに人がいる』(田内学著 ダイヤモンド社) です。
ゴールドマン・サックスでトレーダーをしていた田内学さんによるこの本の斬新さは、お金を“将来、誰かに何かをしてもらうためのチケット”に例えたことです。人とは、他の誰かに何かをしてもらうし、何かをしてもあげる存在で、人と人のそうした関係を媒介するのがお金だというわけです。その前提で読み進めると、金利や貿易、国債といった経済の基本がすんなり分かりますし、たくさん持ってさえいればいいというものではないということも理解できます。
今回紹介した3冊は、全部買っても1万円もしません。たったこれだけの投資で人生を上手に過ごすことができるのであれば、こんなにコスト効率のいい投資はないでしょう。若いうちに投資しておけば、その効果は複利で長い人生に効いてきます。
取材・文/片瀬京子 構成/木村やえ(日経BOOKプラス編集部) 写真/窪徳健作







