40代で巨大IT企業Zホールディングスの会長に就任した川邊健太郎氏が、若い頃に読んでおきたかったという5冊を紹介する。第2回は修羅場での責任感とリーダーシップを教えてくれる『全電源喪失の記憶』だ。

1回目「川邊健太郎 思いがけない不本意が人生を彩る」から読む

ノンフィクションは圧倒的当事者意識で読む

 読書の動機は好奇心です。それはどういうことなのか、どのような仕組みになっているのか、それが知りたくて本を読んでいます。事件事故にまつわるノンフィクションも、なぜそれが起きたのか、そこで人はどうしたのかを知りたくて手に取ります。

 近年でいえば、東日本大震災と福島第一原発の事故以上に大きく、また、身近に感じられた出来事もないのではないでしょうか。この震災と事故についての本は多く出版されており、私も何冊も読みましたが、この 『全電源喪失の記憶』(共同通信社原発事故取材班、高橋秀樹編著、新潮文庫) では、何が起きていたか、それにどのように対応したのかが分かりやすく整理されています。

 2011年3月はまだ学生だった人も、すでに社会人になっています。多感な時期に起きた大事故について改めて学ぶのに適した一冊です。

 ただ、この本から学べるのは何が起きていたかだけではありません。責任感についても考えさせられます。

「事件事故にまつわるノンフィクションも、なぜそれが起きたのか、そこで人はどうしたのかを知りたくて手に取ります」
「事件事故にまつわるノンフィクションも、なぜそれが起きたのか、そこで人はどうしたのかを知りたくて手に取ります」
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なぜあの現場から逃げなかったのか

 あの時、何が起きているのかをリアルタイムで正確に把握している人はいませんでした。現場にいた人たちもそうです。緊急事態が発生していることは分かっていても、それがどんなことなのかは分かっていなかったはずです。

 それでも、勤務先である東京電力や福島第一原発に愛着を持っていた“ただただ普通の人たち”は恐怖にかられて逃げ出すことはなく、組織的に事故対応を続けました。それが仕事への責任感というものなのでしょう。それでも、読めば読むほど「よくこの人たちは逃げ出さなかったな」と感心し、「自分だったら逃げ出していたかもしれないな」とも思います。それだけ過酷な現場であったことは、文章からも伝わってきます。

 リーダーシップについても学ぶことが多くありました。

 この事故の約16年前の1995年3月、学生だった私が早朝までのアルバイトを終えて自宅で寝ていると、ヘリコプターの音で起こされました。なんだろうと思ってテレビをつけると、地下鉄で毒物がまかれたと言っています。こんな話、聞いたことがありません。自宅の最寄り駅を通る地下鉄も運行が止まっていました。言わずとしれた地下鉄サリン事件です。何年か後、この時の捜査責任者による講演があると知って、私は会場へ足を運びました。動機は、ノンフィクションを手に取るのと同じものでした。

「読めば読むほど『よくこの人たちは逃げ出さなかったな』と感心し、『自分だったら逃げ出していたかもしれないな』とも思います」
「読めば読むほど『よくこの人たちは逃げ出さなかったな』と感心し、『自分だったら逃げ出していたかもしれないな』とも思います」
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主体性に欠ける批判なら誰にでもできる

 この事件でも当然のことながら、全容の把握には時間がかかりました。どこの駅で異変がある、どの路線で様子がおかしいと、時々刻々、状況が変化していたからです。それでも、警察はどこかのタイミングで現場の本格的な捜査に踏み切らなければなりません。

 液体のサリンはパックに入れられ新聞紙に包まれた状態で車内に持ち込まれていました。それが合計いくつだったのかは、このタイミングでは分かっていません。ただ、それまでの捜査で、現場となった5つの車両のうち4つには2パックが、残りの1車両には3パックが持ち込まれたことは分かっていました。

 ということは、実は各車両に3パックずつが持ち込まれており、2パックしかないと思っている車両にもう1パック残っている可能性も考えられます。車両内にはなくても、どこかの駅に落ちているかもしれません。そうと気づかずに近づけば、二次被害が出るかもしれない。そうした状況でリーダーは「3パック持ち込まれたのは1車両のみ、他は2パックだった。もう大丈夫」という判断をして捜査に踏み切った。そんな話をしていました。

 結果的に、車両に持ち込まれたのは計11パック、5人の実行犯のうち4人が2パックを持ち込み、1人だけが他の4人より1パック多い3パックを持ち込んでいたので、捜査責任者の見立てと判断は正しかったことになります。

 ところが質疑応答の時間になると、聴講者のなかからジャーナリスト風の人物が挙手し、その判断を「無責任だ」と責め始めました。「そんな根拠のない判断をして、被害が広がっていたらどうするのだ」というのです。主体性に欠ける批判を耳にして、経営者はこうした態度であってはならないと強く思いました。

川邊会長のデスクには社員にすすめる本が並ぶ
川邊会長のデスクには社員にすすめる本が並ぶ
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後ろ向きなテーマからしか学べないことがある

 この本を読んだとき、その圧倒的「他人事意識」の質問を思い出しました。この本も「もっと早くベントすべきだった」などと、後出しで批判しながら読むのは簡単です。でも、それでは読む意義がありません。

 時間も判断材料も十分ではないなかでも意思決定をして、組織を動かさなければならないときに必要なのは、限られた情報しかないなかでのリーダーの適切な見立てと、それに沿った速やかな対処です。

 読み終えた私はそう思い、ヤフーはそれができる組織でありたいと、執行役員らに「圧倒的当事者意識」を持って読んでほしいという長いメッセージを添えてこの本を贈りました。

「執行役員らに『圧倒的当事者意識』を持って読んでほしいという長いメッセージを添えてこの本を贈りました」
「執行役員らに『圧倒的当事者意識』を持って読んでほしいという長いメッセージを添えてこの本を贈りました」
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 人は成功例から多くのことを学べます。しかし、事故対応という後ろ向きなテーマからしか学べないもこともあります。修羅場での判断は楽なものではありません。しかし、福島第一原発事故や地下鉄サリン事件の現場対応に比べれば、どんな修羅場も絶望的ではないと自分を勇気づけることができます。

取材・文/片瀬京子 構成/木村やえ(日経BOOKプラス編集部) 写真/窪徳健作