鹿島茂さん(明治大学名誉教授)は、フランス文学者として、また希代の古書蒐集家(しゅうしゅうか)としても知られる。そこで、2025年7月に『古典に学ぶ現代世界』(日経プレミアシリーズ)を上梓(じょうし)した滝田洋一さん(名古屋外国語大学特任教授、日本経済新聞客員編集委員)と、東西の古典を巡る対談を行った。3回目は、『嫌われ者リーダーの栄光』(鹿島茂著/日経ビジネス人文庫)について。周囲の反対を押し切り、アルジェリア独立を決断したシャルル・ド・ゴール、植民地放棄を主張した石橋湛山(たんざん)、そして日蓮宗徒つながりで石原莞爾(かんじ)へと展開する。
ド・ゴールと石橋湛山の共通点
名古屋外国語大学特任教授 滝田洋一さん(以下、滝田) 今回は鹿島さんが書かれた『 嫌われ者リーダーの栄光 』(日経ビジネス人文庫)について聞かせてください。この本で取り上げられているリーダーは、シャルル・ド・ゴール、蒋経国、徳川慶喜と意外な人物ばかりですよね。なぜ、こんな人選になったのでしょうか?
フランス文学者・作家 鹿島茂さん(以下、鹿島) 本書で取り上げた「嫌われ者リーダー」というのは、支持母体や目先の利害に反することでも長期的視野から決断をし、その結果「嫌われ者」になるが、のちに歴史がその決断の正しさを証明したリーダーのことを指します。
フランス人と話していると、ゴリゴリの左翼であっても、最後には「ド・ゴールはえらかった」と言います。ド・ゴールはアルジェリア紛争を解決するために、アルジェリア維持派の右翼に支持されて1958年にフランスの首相となり、翌年には大統領となりました。しかし、その後一転してアルジェリアの独立を認めました(1962年)。
結局アルジェリアの独立を認めない限り紛争は終わらないし、国論の分裂も回避できないからです。そこで味方である独立反対派を裏切りました。その後、独立反対派から暗殺されそうになりましたが、強運で生き延びました。
滝田 1970年代に『ジャッカルの日』『ダラスの熱い日』という暗殺をテーマにした映画をゾクゾクしながら見たことを思い出しますが、やっぱり暗殺未遂はあったのですか?
鹿島 未遂も含めると、数えきれないほどあったんじゃないかと思います。
滝田 ド・ゴールは第2次世界大戦のときは味方がなく、冷遇されながらも、「戦勝国フランス」になるための布石を打っていきますよね。どうしてそんなことができたんでしょうか?
鹿島 フランスと自分を一体化するほどの自尊心に尽きると思います。だから、スターリンや他国の指導者と対峙しても動じない。ルーズベルトが大嫌いで、ルーズベルトもド・ゴールが大嫌いでした。これは僕の見方ですが、第2次世界大戦の指導者の中で、ルーズベルトは一番、知的に劣った人ではないかと思います。
滝田 あのときの米国大統領がルーズベルトだったことで、いかにその後の世界秩序がひどいことになってしまったかと思います。それはともかく、ド・ゴールはアルジェリアの独立を認めました。支持者を裏切る際にどうやって説得したんでしょう?
鹿島 アルジェリア独立についてはレイモン・アロン(社会学者・哲学者)の提案だったという説もあります。最終的にド・ゴールが決断したのは、「戦後のフランスは植民地主義から早く脱却しないとやっていけない」と悟ったからでしょう。「植民地を放棄せよ」と言った石橋湛山にも通じますね。
滝田 そこは私も膝を打ちます。イデオロギッシュに植民地独立を唱えた人はたくさんいますが、「植民地の経営は間尺に合わない」「経済合理性に欠ける」と、戦前から鋭く指摘したのは湛山の天才性ですね。残念ながら、日本には湛山以外にそうした人物がいませんでしたが。

鹿島 僕は湛山が岸信介と競って、自民党総裁になったときのラジオ放送を聞いていました。まさか2カ月後に辞めるとは思わなかったなあ。
滝田 軽い脳梗塞で倒れたんですよね。そのエピソードは『古典に学ぶ現代世界』でも触れ、湛山の主治医だった日野原重明さんとの対談を紹介しました。病状を隠して続投できたかもしれませんが、やはり本人が潔かったんでしょう。湛山は日蓮宗権大僧正(ごんだいそうじょう)でもありますが、宗教的な背景がある精神性と経済合理性がうまく結びついていると感じます。
歴史を勉強しすぎた石原莞爾
鹿島 日蓮宗の話が出ると、当然ながら熱心な日蓮主義者だった陸軍軍人、石原莞爾のことも話さないといけません。大正末期から昭和にかけては日蓮宗の影響が強い時代でした。
滝田 宮沢賢治もそうですね。
鹿島 国柱会を設立した田中智学(ちがく)とかね。そうした影響なのか、戦前の軍人の手記を読んでいると、総じて禁欲的でモラルの高い人が多い。しかし、禁欲の総和が「悪」に転じてしまうこともあるから難しい。
滝田 『古典に学ぶ現代世界』で取り上げた数学者の岡潔は、日本の教育に関して「戦前に戻して、そこから軍国主義を抜けばよい」と言っていましたね。
鹿島 石原莞爾は僕が思うに、ちょっと歴史を勉強しすぎたんじゃないか?
滝田 石原莞爾は満州事変の首謀者で、「その決断の正しさを歴史が証明した」とは言いがたいですが、長期的視野は持っていたと思います。彼の『 最終戦争論 』(中公文庫)は日米決戦をトーナメントの最終決戦とする終末論そのもの、という印象ですが。
鹿島 僕は今、七年戦争(1756~63年)の本を書いていますが、七年戦争はヨーロッパにとって重要な戦争です。英国がフランスの持っていた植民地を全取りしてしまいましたから。七年戦争について、「哲人王」と呼ばれたプロイセンのフリードリヒ2世が本を書いています。その翻訳本が出ていると聞き、誰が翻訳しているのかと思ったら、石原莞爾でした。下訳を使っていますが。

滝田 それは面白い。
鹿島 それを読んで分かったんです。「ああ、石原莞爾はフリードリヒ2世になりたかったんだ」と。日本における満州は、フリードリヒ2世におけるシュレージエンだったと石原自身が言っています。フリードリヒ2世は様々な批判を受けつつも、3回にわたるシュレージエン戦争を勝ち抜いた。その成功体験が石原莞爾に影響を与えているんだと。まあ、だから歴史に習いすぎるのも良くないですね。
滝田 なるほど。シャルル・ド・ゴールから石原莞爾にまで話が及ぶとは。次も『嫌われ者リーダーの栄光』の話を聞かせてください。
(第4回に続く)
取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子
AIと超高齢化、ポピュリズムと全体主義、権力の偏重とタテ社会、人情と情緒、外交と経済運営――。長きにわたって読み継がれてきた古典は、私たちが抱えている課題解決へのヒントになる。ジョージ・オーウェルから有吉佐和子まで、数々の名著を現代の視点から読み解く。「日経BOOKプラス」の好評連載を大幅加筆。
滝田洋一著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)

