テクノロジーと人類のポジティブな未来像を示し続け、「ビジョナリー」とも称されるケヴィン・ケリー氏は『WIRED』の創刊編集長でもあります。『生きるための最高の知恵 ビジョナリーが未来に伝えたい500の言葉』(池村千秋訳/服部桂解説)を刊行したケリー氏に、同氏と親交の深い松島倫明・『WIRED』日本版編集長が、テクノロジーと共存しながら豊かな人生を送るうえで必要なことを3回にわたり聞きます。第3回は本書からの引用をもとに、唯一無二の存在になるために必要なこと、AI(人工知能)時代の本の読み方について考えます。
名前のない領域に向かって進め
私たちが最も大きなご褒美を手にできるのは
まだ名前がないものごとに挑むときだ。
可能であればそうした課題に取り組もう。――『生きるための最高の知恵』より
松島倫明氏(以下、松島) これも大好きな格言です。これはあなたが人生で常に取り組んでいることのように感じます。
ケヴィン・ケリー氏(以下、ケリー) そうですね、このアドバイスを繰り返しますが、特に若いうちは、もし可能ならば、幸運にもその可能性があるならば、名前がついていない領域で働くことを試してください。正式な職業名がない、専門用語がない、何をしているのかを母親に説明するのに30分もかかるような仕事です。そういう場所では突破口が開ける可能性が高く、自分の独自の才能や情熱に合った仕事に近づけるでしょう。
最終的には誰もが、名前のない場所にたどり着くべきだと思います。例えば、イーロン・マスクのように成功している人たちは、自分自身であり続けています。彼は非常に複雑な人物で、大きな欠点や弱点もありますが、彼がやっていることは自分自身であるということです。彼が実際に何をしているのかを言葉で説明するのは難しい。多くの著名人に影響を与えたとされる「ホール・アース・カタログ」の制作者、スチュアート・ブランドも同様です。彼の職業は作家というわけでもありません。スチュアート・ブランドそのものであり、それが彼の最も得意とすることです。彼が何をしているのかを言葉で説明するのは非常に難しいですが、彼は自分のブランドを展開しているのです。
だからこそ、若いうちから名前のない領域に向かって進むべきです。例えば、会計士になりたいと思うかもしれませんが、それはすでに多くの優れた人々が占めている領域です。既知のものであり、すでに満員です。もし15年前にラジオのようなものをやっていたとして、それがラジオではなく、インターネット上の音声ドキュメンタリーのようなものだったとすると、それこそが今ポッドキャストと呼ばれるものです。でも当時は誰もポッドキャストが何なのか知りませんでした。今では多くの人がYouTubeのスターやインフルエンサーになりたいと思っていますが、これらはすべて10年前、15年前には名前のなかった新しい職業です。
松島 素晴らしいアドバイスです。では、反対に、子どもたちからまだ名前もない職業に就きたいと言われ、その内容を延々と説明されても分からないときに、親たちはどういうマインドセットを持てばいいでしょうか。
ケリー (笑)いい質問ですね。誇りに思うべきだと思います。例えば、私の犬は私が理解できないことをします。何をしているのかまったく分からないのですが、それでいいんです。親として子どもたちのことを心配するのは当然ですが、心配が消えることはありません。
では、親として子どもが何をしているのかを理解できない場合、心配を減らすためには何が役立つでしょうか? 私が注目するのは、子どもに友達がいるかどうか、その友達のことも好きかどうかです。自分が好きだと思えるような友達を子どもが持っているということは、子どもが大丈夫であることの良い指標です。もし子どもがひとりぼっちの天才であれば、それは怖いことです。重要なのは、自分だけのアイデアを持っているかどうかではなく、そのアイデアを他の人と共有して一緒にできるかどうかです。近くに誰かがいてサポートしてくれるかどうかが重要です。
世の中には奇妙で興味深いことがあります。それは、「他の人々があなたをユニークにする手助けをしてくれなければ、あなたはユニークになれない」ということです。あなたが自分自身の力で最高の職業にたどり着くことはありません。
ユニークであるためには、他の人々の助けが必要です。あなたがユニークな存在になるためには、周りの人々が必要なのです。だからこそ、子どもが他の人々の助けを得ているかどうか、周りに友達がいるかどうかを確認することが大切です。子どもが他の人々の助けを借りて成長しているなら、それはいい兆候です。親としても安心することができるでしょう。
本から得られる能力
飛び抜けた人間になりたければ本を読め。
――『生きるための最高の知恵』より
松島 これも大好きな格言です。実は僕も若い人たちに本を読めと勧めるのですが、その理由は、誰も本なんて読んでいないから、というものです。だからそこにある情報は貴重なんだ、ということ。ちょっとシニカルですが。あなたは今でも本を読むことの特筆すべきポイントは何だと思いますか?
ケリー 本を読む人が少ないからというのも理由の1つです。また、本から学ぶことによって得られる特定の思考方法もあります。知識そのものはAIに尋ねれば得られますが、本から得られるのは一種の思考法です。実際、ChatGPTの知性も本から来ています。本のなかの言語、論理、推論の構造から得られるのです。
ChatGPTが持つ小さな推論の能力は、本や記事に書かれた文章から得られたものです。だからあなたも本を読むことによって、YouTubeやTikTok、映画や音楽では得られない論理と推論の能力が強化されます。
今後、スマートフォンやPCなどのスクリーンが本に取って代わるにつれて、本とは別のかたちでそのような思考を強調し促進する方法が必要になるでしょう。本のように直線的で順序立てて論じる方法に相当するものを、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)のなかに持つことが望まれます。それがどのようなかたちになるかは分かりませんが、将来は数千時間をかけて論理を追い、説明を追い、物語を追う練習をすることが教育になるかもしれません。
それが必ずしもページをめくるかたちになるとは限りません。テキストであるかもしれませんが、映画を読むとか、本を見るといったことになるかもしれません。それらが融合する可能性もありますし、もっと象徴的なものになるかもしれません。いずれにせよ、重要なのは、本が具現化している論理的な推論のスキルとその実践を身に付けることです。
一番より唯一無二の存在になる
松島 最後に、日本の読者へのメッセージ、お勧めのアドバイスはありますか?
ケリー お気に入りのアドバイスを紹介しましょう。東洋文化、特に中国や日本では、多くの親が子どもたちに何かで一番になるように強く求めますよね。例えば、成績でAプラスを取らなければならないとか、バイオリンを弾くなら一番優秀なバイオリニストにならなければならないとか、スポーツでも一等を目指さなければならないというものです。
でも、私のアドバイスは、一番を目指すのではなく、唯一無二を目指すということです。一番を目指すというのはとても激しい競争を戦うということです。オリンピックを見れば分かるように、金メダルを取るスイマーは1人だけです。一番となる弁護士も1人だけです。それは非常に競争が激しい世界です。
むしろ、自分が唯一無二であることを目指すべきです。遺伝的なものや人生経験によって誰もが特有の顔を持っているのと同じように、自分の才能や経験の組み合わせも他の誰とも違っていて、ユニークなものです。私たちがやるべきなのは、それを見つけ、それを最大限に発揮し、完全に生きることだと思います。これは非常に高いハードルですが、若い頃にそれを知っている人はほとんどいません。
唯一無二のユニークな自分を生きる方法の1つは、周りの人からのフィードバックを受け取ることです。他の人が「そこで君は幸せそうだった」「そこで君のやったことは本当に良かった」と言ってくれることで、自分の強みや興味を見つける手助けになります。いろいろなことを試しながら、自分が好きなこと、周りの人が価値を見いだしてくれること、自分が得意で他の人ができないこと、そして唯一無二であることに向かって進んでいくことが重要です。
これは非常にチャレンジングなことですが、少しずつその方向に進んでいくべきです。唯一無二の存在になれば、履歴書は必要なくなります。競争相手もいません。自分だけがその仕事をこなすことができるのです。自分が好きで他の人が難しいと思うことを見つけることができれば、それが正しい方向に進んでいる証拠です。
そして、アイデアを盗まれることを心配する必要はありません。むしろ、自分のアイデアを他の人に盗ませることで、それが自分にとって適しているかどうかを確認できます。もし他の人がそのアイデアを実行できるなら、それは自分だけに適しているわけではないということです。
ですから、アイデアを惜しみなく与えることができます。たいていの場合、自分の素晴らしいアイデアは他の誰も欲しがらないか、実行できないものです。唯一無二の存在になることは非常に素晴らしいことです。料理やダンス、健康にこだわることなど、何であってもかまいません。それが自分にとってユニークなものであれば、それでいいのです。世界で唯一の存在になることができれば、より幸せになり、意味のある人生を送ることができます。
構成/宮崎志乃(日経BOOKSユニット)
■このインタビューの別パートを『WIRED』日本版に掲載しています。 稀代のビジョナリーが未来に伝えたい言葉~ケヴィン・ケリー『生きるための最高の知恵』インタビューテクノロジーと人間の関係について、ポジティブな未来を示し続けてきた希代の思想家、ケヴィン・ケリー。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズらの活躍をいち早く言い当て、「ビジョナリー(予見者)」とも称される彼が、子どもたちに伝えたいと願った「幸せな人生をかなえるための知恵」とは?
ケヴィン・ケリー著/池村千秋訳/服部桂解説/日経BP/1870円(税込み)


