読書好きアスリート・中島佑気ジョセフ選手に読書や本について聞く連載。前回は、原点となった実家の本棚やウサイン・ボルト自伝との出会いについて聞いた。2回目のテーマは読書がどのように競技に影響したのか。小説を読むことで培ったものが、どのようにトラックでの快走につながっているのだろうか。
文学や哲学書にハマったのは、いつ頃からですか。
大学に入ってからですね。最初は宗教や思想の本をよく読んでいました。教授がさまざまな教養書を紹介してくださって、そこから経済や哲学、文学へと興味がどんどん広がっていったんです。総合情報学部でしたが、ITを中心にしながらメディア論や美術史といった幅広いリベラルアーツが学べる環境でした。
海外遠征も授業も練習もあった中で、いつ本を読んでいたのですか?
空き時間は意外とありました。練習は2時間から、長くて3時間半ほど。授業が1日3コマ入っても、2、3時間は取れたんです。特に大学1年目はコロナ禍と重なって練習もできず、かなり暇でした。授業も最初はオンラインが中心でしたし。あの時期にたくさん読みましたね。不安もあって大変な時期でしたが、振り返るといいインプット期間だったと思います。
その期間に、特にハマったジャンルは?
最初は宗教や思想の本をよく読んでいました。そこから経済まで、本当に幅広く手を伸ばしていましたね。文学では、親戚が三島由紀夫好きだったこともあって、新潮社の古い全集を譲り受けてずっと読んでいました。僕が最初に出合った本格的な文学が、三島由紀夫だったんです。小学生や中学生には難しい作品ばかりでしたが、それでも不思議と引き込まれました。
中学の頃に長編小説『宴のあと』(新潮社)を読んだのですが、これがなかなか高度な作品で、半分は理解できて半分はよく分からないという感じでした。それでも、どこか自分の中に残っていて、時間ができたときに一気に読みました。
読み返すと印象は変わりましたか。
変わりましたね。自分の想像力も上がっていたので、同じ情景描写を読んでも、頭の中に広がる景色がまったく違いましたし、理解できるようになっていました。
本で鍛えた想像力が、40数秒のレースを支える
文学を読むことで培われた想像力は、競技にも影響していますか。
かなり影響しています。僕の種目(400m)は走り始めて40数秒で終わってしまう。その一瞬に懸けるために、走る前、頭の中で入念にレースを組み立てるんです。いわゆるイメージトレーニングですね。最初はどういう技術で走り、どこで仕掛けるかという、技術的・戦略的なイメージでした。それを鮮明に描けたときは、本番もうまくいく。
この「頭の中で情景を鮮明に描く力」は、文学を読むことで養われたものだと思っています。小説を読んでいると、登場人物のいる場所や動き、空気感を想像しますよね。その積み重ねが競技にも生きている気がするんです。
そこからさらにレベルアップし、感情の部分までイメージしてレースに臨むようになりました。2025年の東京世界陸上のときは、これまで積み重ねてきたものや会場の雰囲気を、文学作品の情景描写のように鮮明に想像して、頭の中でシミュレーションしたんです。
具体的には?
例えば、織田フィールド(代々木公園陸上競技場)でウォーミングアップを終えて送迎バスに乗り、国立競技場に移動して招集所で待っている。選手にとっては一番緊張する時間ですが、そこで「今日はこういう気持ちで走ろう」と、感情を先に決めてしまうんです。
もちろん不安も感じますが、それを打開するための自分なりのロジックをあらかじめ用意しておく。そこまでイメージしておくと、いざ緊張してしまっても、それがもう体にインプットされている。技術だけでなく、感情や動作のすべてまでイメージして映像にします。それができるようになったことが、最近の大舞台で力を発揮できるようになった要因の1つだと思います。この能力は、まちがいなく文学作品で養われたと思うんです。
スタートラインに立って、走って、優勝して、表彰台で喜んでいる自分をイメージする。そこまでは実践している選手もいると思いますが、感情まで含めてシミュレーションするんですね。
ただ、完璧主義になりすぎないようにもしています。レース前の気持ちを詳細につくり込むのではなく、「本番はこういう気持ちで走る」という方向性を決めておく感じでしょうか。それ以外の感情は、あえて自由にしておくんです。想定とは違う感情が出てきても、抑え込まずにそのまま受け入れる。
大事なのは、その方向性を見失わないこと。走る前にひどい不安に陥っても、決めた方向性を頭の中で反復して、「本来はこの気持ちで走るはずだった」という地点に自分を引き戻す。そこさえ押さえておけば、感情が揺れても崩れずにいられると思います。
レースのどれぐらい前にイメージするのですか。
鮮明なイメージを固めるのは、だいたい1日前です。ただ、その1週間ほど前から練習のときにも試合の情景を思い描いて、本番を想定した気持ちで走るようにしていきます。いきなりやると気持ちが上がりすぎてしまうので、日を追ってイメージを鮮明にしていって前日に完成させる。ホテルの部屋でイメージしています。
感情まで含めてイメージできるようになったのはいつ頃?
わりと最近です。2024年のパリ五輪ではうまくいかず、失敗もしました。それを反省して、ようやく手応えをつかめたのが2025年です。世界陸上の参加標準記録を切ったときも、本番の東京世界陸上でも、イメージがうまくハマった。繰り返し積み重ねてたどり着いた感覚です。
「どうせ後半で失速するはず」と、楽観と胆力で自分のペースを守る
とはいえレース当日は、土砂降りだったり、隣のレーンのライバルが絶好調だったり、想定外の出来事も多いと思います。イメージと違う事態でも、気持ちは揺らがないのでしょうか。
実際は揺らぎますよ。例えば、東京世界陸上の準決勝では2組目がとんでもなく速かったんです。準決勝のレベルでは考えられない速さで。僕は3組目だったので、「これは着順で通過しないと落ちるな」と一瞬、感情が動きました。
でも、2組目が速かったことも、土砂降りも、強いライバルの存在も、自分ではコントロールできないことです。そこで心が揺らいでも、「戻すべき場所」さえ決めておけばいい。自分でコントロールできることだけに集中する。そうすれば、外的な要因での揺らぎは、ある程度は乗り越えられるんです。
中島選手の走りは、前半は焦らずマイペースで進み、最後のホームストレートで淡々と追い抜いていくのが印象的です。レース中、どんなことを考えているのですか。
「後半型」は、どうしても受け身になりがちなんです。前半から飛ばす選手は最初から主導権を握れますが、後半型の僕はプラン通りにレースに入っても、序盤は必ずリードされる。そこで焦って追いつこうとすると、強みの後半を迎える前にエネルギーを使い果たしてしまう。だから、離されても慌てないことが大事だと思っています。
うまくいくときは、「このペースで刻めば、必ず最後に追いつく」というリズムが、体に正確に染み込んでいる。だから、内側のレーンの選手が勢いよく前に出てきても、崩れない。ある意味、楽観的でなければできないのかもしれません。周りが予想以上に飛ばしても、「どうせ後半で失速する」と構えていられる。相手をなめているのではなく、それぐらい腹をくくって、大きく構えておく必要があるんです。
大きく構えていられるのも、たくさん本を読んできたからでしょうか。
それはありますね。読書の効用の1つは、自分の思考を分析できるようになったことなんです。小説を読むと登場人物の感情を追いかけますが、それと同じように自分自身の感情も観察できるようになりました。
思考や感情って、自分でも気づいていない部分のほうがずっと大きいじゃないですか。氷山みたいに、自覚できているのはほんの一角で。本を読むことで、その水面下に沈んだ部分まで少しずつ捉えられるようになる。自分が今、何を考え、何を感じているのかが分かれば、多少動揺してもその正体をつかめる。だから、崩れないんだと思います。
東京世界陸上の準決勝でも、監督と1人のコーチを除けば、周りはみんな、僕の前半の順位を見て「通過は無理だ」と思っていたそうです。着順で上位に入らないと決勝に進めない組で、序盤から先行を許していたので。でも、僕の心は自分でも驚くほど穏やかでした。ほかの選手が内側から上がってきても、「思っていた以上に飛ばしているな、むしろありがたい」ぐらいにしか思わなかった。
体内時計がしっかりしていると、「これはオーバーペースだな」と冷静に見える。無理に食らいつかなくても、自分のペースを守れば必ず追いつける、という確信がありました。「この組から決勝に行くのは自分だ」と。完全にホームの会場で観客の皆さんの大声援に後押しされたことも、支えになりました。
でも何より大きかったのは、自分を信じ切れたことです。自分でも信じられないぐらい、自分を信じていましたね。
取材・文 高島三幸 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子


