長い時間待たされて、診療時間はあっという間。あの先生はパソコンばかり見て患者の顔も見ない――。こうした不満を持つ人は多いだろう。医師と患者とのコミュニケーションを良くするにはどうすればいいのか? 哲学者で、『医師と患者は対等である』(日経BP)を刊行した岸見一郎氏に、日経BOOKプラス編集部と日経メディカル編集部が合同で聞いた。岸見氏はベストセラー『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)の著者でもある。

患者は医師にもっと食い下がれ

日経BOOKプラス編集部 桜井保幸(以下、──) 医師と患者のコミュニケーションにはさまざまな問題がありそうです。私事ですが、以前90代の母のつきそいで病院に行ったところ、医師は検査数値やパソコンの画面ばかり見て、母のほうを見ようともしませんでした。母が「身体がつらい」「痛い」と言っても、「どこも悪いところはありません。高齢なので仕方ないことですよ」と言うんです。そういう言い方をされると、もうそれだけで医師も病院も嫌になってしまいます。

岸見一郎(以下、岸見) 「高齢になると仕方がない」と言われると、患者にとって医師はたった一人の医師なのに、医師から、「他ならぬ自分」ではなく、多くの患者の一人としか見なされていないと感じます。自分の病気についても不安なのに、医師からそうした言い方をされると、「やっぱり病院は行きたくない」という印象が刻まれてしまいます。ますます二の足を踏んでしまいますね。

医師の言い方には「○○すれば良くなりますよ」ではなく、「○○しないと、さらに悪化しますよ」という言葉が多く、脅しのようにも聞こえます。

岸見 さらにつらいのが、一度その医師にかかってしまうと、他の医師に診てもらうのが難しいこと。大学病院なら他の担当医にかかる、街の開業医なら違うクリニックに行くようにすればいいのですが、実際問題として容易には変えられません。だから、患者にとっては痛みに耐え、医師に耐え……という状況になってしまいます。

 私も緑内障の治療をしていますが、確かに治療をしないと視野が欠け、失明するのは事実です。原稿を書く仕事をしている私にとって、視力が失われるのは一大事です。でも、「今の仕事をより長く続けるために、治療して進行を遅らせるようにしましょう」と丁寧に言ってくれる医師はなかなかいません。やはり「脅す」医師が多いのです。

もう一つ私事ですが、健康診断で「血圧の値が高い」と指摘されました。「どうすれば血圧を下げられますか」と医師に聞いたら、「生活習慣を改善してください。特に食事と運動が大事です」。「では、どんな食事をしたらいいですか」と聞くと、「それはインターネットで調べてください」と。ちょっとカチンときて、「もうこの医師は信用できないな」と思ってしまいました。

岸見 「インターネットで調べてください」という医師は多いでしょうね。そこで「もうこの医師はダメだ」と思うと関係性が終わってしまうので、その医師を変えられないのであれば、「自分でも調べますが、差し当たって何を食べればいいか教えてください」と食い下がってもよかったかもしれません。要点を説明するだけなら1分もかかりませんからね。私の著書『医師と患者は対等である』にも書きましたが、今は「医師も患者も語らなさすぎる」のです。

 医師は忙しいし、語りたがらない人も多いでしょう。しかし、患者にとっては「たった一人の医師」「他ならぬ自分を診てくれる医師」なのですから、諦めないことが大切です。

「事実を告げるときの医師の言い方にも問題がある」と語る岸見さん
「事実を告げるときの医師の言い方にも問題がある」と語る岸見さん
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なるほど。諦めないことも必要なんですね。

岸見 例えば、その質問をすることによって診療時間が延びたとしても、他の患者が怒るかというと、そんなことはありません。むしろ「この病院の医師は丁寧に説明してくれる」という評判が広まるかもしれません。それは医師にとっても好ましいことですよね。

 ただ、医師の中には「自分の仕事は病気の説明をすることだけ」だと思い、「それ以外のコミュニケーションを極力取らない」ように決めている人もいるように感じます。患者のほうが成熟したコミュニケーションを取る必要があるかもしれません。

医師も患者も「語らなさすぎる」

「生活習慣病」はまさに生活習慣が原因となっている病気ですよね。医師にはそのことを説明する義務はないのですか。

日経メディカル編集部 安藤亮(『医師と患者は対等である』担当編集者) 生活習慣病の治療に関して言えば、食事の改善や運動をするのが基本中の基本です。高血圧に関しても、具体的な生活習慣の修正について治療ガイドラインに書かれていますが、実際に医師が十分に説明しているかというと、必ずしもそこまでの時間をかけられていないかもしれません。治療薬を処方するほうが目に見えた効果が出ますし、簡単ですよね。患者のほうも、指導を受けたとしてきちんと実践できるか、続けられるかは微妙です。医師と患者、双方にとって「やる気が出る」ような指導方法はあるのでしょうか。

岸見 確かに運動一つとっても続けるのは大変なことですよね。私はApple Watchを使っていますが、1時間ごとにスタンドアップ、1日に30分のエクササイズをするように指令が来ますが、至難の業です。

 それに医師のほうも、運動を勧めるといっても、例えばその患者がデスクワークで座りっぱなしなのか、通勤に2時間かかっているのか把握していないと、結局は「大勢の患者に向けた一般的なアドバイス」になってしまい、改善効果は望めません。やはり患者のほうから「他ならぬ自分」に向けた具体的なアドバイスを求めるべきでしょうね。

 患者によっては、一般的なアドバイスをまったく受け付けないこともあります。例えば、私のいとこは韓国で働いていたときに、初期段階の膵臓(すいぞう)がんが見つかりました。幸い命に別条はなかったのですが、仕事を辞め、日本に帰国しました。

 医師は健康のために「飲酒を控えなさい」と忠告したそうですが、いとこはお酒が好きなものですから、「禁酒して80歳まで生きながらえるよりも、好きなお酒を飲んで70歳で死ぬほうがいい」と言っています。いとこにとって大事なのは、長寿よりも納得のいく人生を送れるかどうか。そこまで踏み込んでアドバイスをする医師というのは、なかなかいないのではないかと思います。

 それから、医師は患者が知り得ないことを、きちんと言葉に出して伝えるべきです。私は血圧を下げる薬を飲んでいますが、飲み忘れたらどうすればいいのか、次の服薬時に2倍の量を飲んでもいいものかよく分かりません。もちろん私からも聞くべきですが、聞いてこない患者に対しては、医師のほうからも伝えるべきだと感じています。

 やはり医師も患者も「語らなさすぎる」状態から変えていくべきだと思います。

(第2回に続く)

取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/岸見さん提供

これからの医師患者関係

こんなとき、医師と患者はどう向き合えばよいのか。医師は患者の思いをどのように受け止め、どんな言葉をかけるのか──。日常診療の中で直面する様々な場面において、医師と患者が対等な人間として「共に歩む」ための心構えを、ベストセラー『嫌われる勇気』の著者が解説。

岸見一郎著/日経BP/2640円(税込み)