患者は「お任せします」と医師に依存するのは良くない。また、医師も患者に関わりすぎてもいけない。人間同士の信頼感関係はあっても、「熱すぎない」、適度な距離感が望ましい。哲学者で、『医師と患者は対等である』(日経BP)を刊行した岸見一郎氏に、日経BOOKプラス編集部と日経メディカル編集部が合同で聞いた。岸見氏はベストセラー『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)の著者でもある。
1カ月の入院で経験したこと
日経BOOKプラス編集部 桜井保幸(以下、──) 岸見さんは50歳のときに心筋梗塞で入院されたそうですが、医師とのコミュニケーションはうまくいきましたか。
岸見一郎(以下、岸見) 心筋梗塞で入院したとき、医師は心臓の模型を使って説明してくれたのですが、ほとんど理解できませんでした。仕方がないので自分で勉強しました。ただでさえ病気でつらいのに大変でした。医師には、患者にもっと分かるように説明する役割があると思いました。
とはいえ、患者も「すべて先生にお任せします」と依存的になってしまってはダメです。以前、とある医療事故の訴訟に関わっていた弁護士と話す機会があったのですが、事故後、その患者の遺族は病気について一生懸命に調べたそうです。弁護士が「もし、入院前や手術前にこれだけ調べていたら、医療事故は起きなかったのではないか」と言っていたのが印象的でした。
病気について調べるのは大変なことです。インターネットで検索してすぐ分かるようなものではないかもしれません。でも、手術を受ける場合、メスが入るのは自分の体ですから、しっかり調べるべきですね。
岸見さんは手術も受けたのですか。
岸見 はい。カテーテル治療を行い、冠動脈に狭窄(きょうさく)している部分があったので、その1年後にバイパス手術をすることになりました。
バイパス手術の前日には、「どういう手術なのか」「もしも手術中に停電したら、どうなるのか」などと医師に数々の質問をぶつけ、気づけば3時間ほど過ぎていました。妻からは「とても明日、手術を受ける患者とは思えない」とあきれられましたが、こちらは胸を切開し、心臓を取り出して手術をされるわけですから、決して他人事ではいられませんでした。
よく医師のほうも答えてくれましたね。
岸見 本当ですね。心筋梗塞で入院し、カテーテルを入れる際にも「あなたは本を書く仕事をしているから、左手から入れましょう」と。つまり、右手から入れて、もしもまひが残ったらペンを持つのに困るから、という配慮をしてくれました。入院中、私が「これからどんなに病状が悪化したとしても、せめて本を書けるぐらいには良くなりたい」と言うと、「本は書きなさい。本は残るから」と答えてくれました。
そのうちに医師のほうも私の回診を最後にされていたのか、いつも30分から1時間ほど話していくようになりました。
「熱すぎない」関わり方
まさに対等な関係だったのでしょうね。本書では対人関係には「仕事の関係」「交友の関係」「愛の関係」の3つがあると説明されていますが、「仕事の関係」を超え「交友の関係」になりましたか。
岸見 そうですね。まさに対等の関係であったと思います。主治医とは病気のことだけでなく、互いに仕事や個人的な話もしました。私よりも年長だったはずですが、友人と話しているようでした。もっとも、誰ともこのような関係にはなれませんし、なる必要もありません。
医師と患者というのは「仕事の関係」と割り切れませんし、医師は友人のように患者に関心を持たなければなりません。しかし、両者の関係があまりに近すぎると、患者は医師に依存し、医師も患者の病状が心配で、一時も気が休まらなくなってしまいます。「人として接する」けれど、「熱すぎない関わり方」という適度な距離が必要です。
入院中にそれを実感されたわけですね。
岸見 1カ月の入院期間は長かったですが、今思うと良い経験ができたと思います。「医師と患者は対等である」と言うと、私が医師に過剰な要求をしているかのように思われるかもしれませんが、患者と対等な関係を築ける医師がいることが分かりました。
患者がやるべきこと
私たちがそういう医師に出会うには、こちらの病状や異変をちゃんと伝え、分かってもらうしかありませんか。
岸見 そうですね。治療するのは医師ですが、良くなるのは自分です。患者は受け身ではなく、医師と協力するためにも自分の異変を言葉で伝える努力をしなくてはいけません。
医師だからといって、こちらの病状や、どれだけつらいかを完全に分かってくれるとは限りません。私はカテーテル治療を受けましたが、局所麻酔なのです。だから、左手から入れたカテーテルが体の中を移動していくのが分かります。でも、医師は自身がカテーテル治療を受けたことがなければ、そのつらさや不安は分からないでしょう。
日経メディカル編集部 安藤亮(『医師と患者は対等である』担当編集者) 本書はウェブで連載しているときから反響があったのですが、「医師と患者は対等である」という考えに賛同する意見があった一方、「現実的には難しいのでは」という否定的な意見もありました。でも、本書を読んで、医師と患者の信頼関係構築について理解を深めてもらえれば、決して理想論ではないように思います。
岸見 私の妻が診察してもらっている内科医にこの本を渡したそうです。普段から「医師と患者は対等である」を体現しているような人ですが、次の受診時に「まだ全部は読めていないけれども、『対等』という言葉を課題として突きつけられたように感じた」と言ったそうです。非常に率直な意見で、普段から対等であるように見える医師でも難しいのだと思いました。
「医師と患者は対等である」、他にも「上司と部下は対等である」「教師と生徒は対等である」と言うと、カチンとくる人もいそうです。
岸見 医師が患者よりも医学知識があるのは当然ですので、受け入れられない人も多いでしょう。でも、この本が「対等とはどういうことか」と考えるきっかけになってくれたらうれしいですね。「受け入れられない。だから、できない」で終わってしまったら発展がありません。本書には対等になるためのヒントがたくさん書いてあります。医師も患者も試してみてほしいと思います。
幸い、人間関係というのは、行動を変えると顕著に変化が現れます。「ありがとう」と言ってみるだけでも、人間関係は必ず改善します。
私がカウンセリングをしていると、「岸見先生がおっしゃることは良いお話で、すごくよく分かります。『でも』自分は実行できません」と言う人がいます。そういう人には「まず、『でも』と言うのをやめてみては」とアドバイスします。そうした小さな心がけから変えていけるのです。本書が医師と患者の関係に一石を投じることとなれば幸いです。
取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/岸見さん提供
こんなとき、医師と患者はどう向き合えばよいのか。医師は患者の思いをどのように受け止め、どんな言葉をかけるのか──。日常診療の中で直面する様々な場面において、医師と患者が対等な人間として「共に歩む」ための心構えを、ベストセラー『嫌われる勇気』の著者が解説。
岸見一郎著/日経BP/2640円(税込み)

