オーディオブックをはじめ、ニュースなど多彩なポッドキャストも楽しめる、Amazonのオーディオブックサービス「Audible」。9月に新たに配信された村上春樹氏のベストセラー小説『ノルウェイの森』(講談社)では、俳優の妻夫木聡さんが朗読を担当。これまで小説原作の映画作品に数々出演してきた妻夫木さんが感じる、Audibleという新たな読書スタイルの可能性や、日々の演技と朗読におけるアプローチの違いなどを聞きました。

朗読を通じて、読者から当事者に

『ノルウェイの森』にはどのようなきっかけで出合ったのですか?

妻夫木聡さん(以下、妻夫木) 初めて『ノルウェイの森』に触れたのは、2010年の映画『ノルウェイの森』でした。映画版のプロデューサーを務めた小川真司さんと20年来の付き合いということもあり、映画を鑑賞してから原作を読んだんです。

 僕自身、村上春樹さんの作品をすべて読んでいるわけではないのですが、特に『ノルウェイの森』は、死生観について考えさせられる作品でしたね。

今回、朗読で『ノルウェイの森』を再読したことで、改めて気づいたことはありましたか?

妻夫木 再読したからなのか、それとも僕がさまざまな作品を経験してきたからなのかはまだ分からないのですが、死と共存していくという考え方に、以前より近づいたような気がします。

 以前、読んだときには「この部分はこういうことだろう」って勝手に自分のなかで決めつけていたところがありましたね。

「以前は、『そりゃ大変だよなぁ』って、どこか客観的に読んでいたように思うんです」
「以前は、『そりゃ大変だよなぁ』って、どこか客観的に読んでいたように思うんです」
画像のクリックで拡大表示

 当時は、死と生を別物として捉えていたと思います。今回、自分が読んで届ける表現者に回ったことで、「死と共存して生きていくこと」を認めていくことになったのかもしれません。

当事者感覚が生まれたということでしょうか。

妻夫木 そうですね。朗読することで、当事者になりましたからね。『ノルウェイの森』の人生を生き直した感じがどこかあります。

 いち読者として読んでいれば、どこかで物語をストップすることも可能なんですが、表現者としてこの作品に触れることで、僕はこの『ノルウェイの森』の世界のなかで生きていかなくちゃいけなかったから。

村上作品の世界は、パラレルな世界

今回、再読してみて、印象的だった箇所や場面はありますか。

妻夫木 小説のなかに出てくる一節「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」――やはり、ここですかね。

 これまでは、「死」を人間の終わりだと思っていたので、近しい人の死を経験すれば、自分の人生で何かが欠けてしまったり、人生そのものが変わってしまったりするんじゃないかと思っていました。だから、「死」というものに、とてもダークなイメージがあったんですが、「死」があるから「生」があるという、真逆の視点で捉えられるようになった気がします。

妻夫木さんから見た、村上春樹さんの作品の魅力はどんなところでしょう。

妻夫木 村上春樹さんの作品って、村上春樹さん独自の世界観なんですよね。他の作家さんの作品を読んでももちろん、その世界に連れていってもらえるんだけど、村上春樹さんが描く世界って、パラレルワールドみたいに本当に存在しているんじゃないかって気持ちになるんです。リアルとかフィクションとかそういう次元じゃなくて、ただ僕が気づいていないだけで、その世界に生きている人が実在するんじゃないかって。

「村上春樹さんが描く世界は、僕が気づいていないだけで、存在する世界の話なんじゃないか」
「村上春樹さんが描く世界は、僕が気づいていないだけで、存在する世界の話なんじゃないか」
画像のクリックで拡大表示

 だからか、『ノルウェイの森』を読んでいると、自分が過ごした青春の1ページ1ページが、自分が過ごしてきたこれまでの人生が、なんて薄っぺらいんだろう!って感じるときがあるんですよ。これまでの僕の人生、若いとき、もっと、何かあったはずだろうって(笑)。

村上春樹作品には100%出てみたい

村上春樹さんの作品はこれまでにいくつか映像化されてきましたが、妻夫木さん自身は出てみたいですか?

妻夫木 100%出たいですよ! 出たくない人なんていないんじゃないですか (笑)。

「村上春樹さんの作品には、100パーセント出たいですよ!」
「村上春樹さんの作品には、100パーセント出たいですよ!」
画像のクリックで拡大表示

 僕はこれまで、不器用なりに、毎回作品に出演するときは、いろいろな役作りをして臨んでいるんです。でも、村上春樹さんの実写化作品に出られるとしたら…「役作りするぞ」とそこまで気負わずに、すっとその世界に入って生きられるんじゃないかと期待する自分がいます。多分、村上作品の世界がパラレルで存在すると感じているせいかもしれません。

村上春樹さんの短編小説『納屋を焼く』(1983年初出)は、2018年に韓国のイ・チャンドン監督によって『バーニング 劇場版』として映画化されました。妻夫木さんならユ・アインが演じた小説家を目指す主人公も、スティーブン・ユァンが演じた裕福な青年のどちらの役も好演してくれそうで、日本版の映画が制作されないかと待ち望んでいます。

妻夫木 うれしいです。そんなふうに言ってくださる人が増えれば増えるほど、僕が村上作品にかかわる近道になるので、どんどん言ってほしいです(笑)。

取材・文/真貝友香 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)、写真/鈴木愛子