俳優の妻夫木聡さんが朗読を担当し、9月にAmazonのオーディオブックサービス「Amazonオーディブル(以下、Audible)」で新たに配信された村上春樹氏のベストセラー小説『ノルウェイの森』(講談社)。今回(第2回)は、妻夫木さん自身が「恋に落ちる感覚」で出合ってしまった小説の話や、原作が小説の映画に出演した際のエピソードについて聞きました。
僕が、人生で初めて「恋に落ちた」小説
妻夫木さんはこれまで、小説が原作の映画作品に数多く出演されていますが、『悪人』(吉田修一著、朝日新聞出版)を読んで、「この役を演じたい」と切望されたというインタビュー記事を拝見しました。何がそこまで妻夫木さんを動かしたのでしょう。
妻夫木 そもそも、『悪人』を読んだのは、友人が吉田修一さんの大ファンで、「あなたもこれ好きだと思うよ」と薦めてくれたことがきっかけです。
読みながら、主人公の清水祐一を演じたい!と心から思ったんです。そんな小説に出合ったのは、人生で初めての経験です。でも…そう思うのに「理由」って必要ですかね。恋愛するのに理由がないように、僕も『悪人』を読んだとき、完全に恋に落ちた状態だったんです。
村上春樹さんの作品に対しても同じです。没入感っていうんですかね。「出合ってしまったんだから仕方ないよね」って。
まさに、恋ですね。『悪人』は、李相日監督で2010年に映画化され、同じく吉田修一さんの『怒り』(中央公論新社)も、李監督によって2016年に映画化されました。妻夫木さんは、『怒り』にも藤田優馬役で出演されましたね。
妻夫木 『怒り』は、出版社から見本を送っていただいたんですよ。出版される前のものをいただくなんてそうそうないことなので、何があるんだろうと読み始めたら、『悪人』に次ぐ衝撃を受けましたね。
映画化される話は聞いていたので、すぐ李さんと食事に行きました。「どの役がやりたいの? やっぱり優馬だよね?」と言い当てられて。その後、正式にオファーをいただき、優馬という役にどっぷり漬かってしまいました。僕が登場した東京のパート(注:千葉、東京、沖縄が舞台)が撮影終了した後も、次の撮影場所の沖縄までついていってしまったくらいです。とはいえ、「やっぱり僕はここの住人ではないから、東京に帰ります」って引き返したんですけど(笑)。
読書の没入感を大切にしたい
小説が原作の映画作品は、原作ファンの期待も大きいと思いますが、それゆえのプレッシャーを抱えることはありませんか。また、オリジナル脚本の作品と比較して、作品に挑戦するときの感覚に違いはありますか。
妻夫木 非常に難しい質問ですが、結局のところは監督による気がします。僕自身も、『悪人』や『怒り』のように、先に原作に出合っている場合でなければ、監督に「原作を読んだほうがいいですか」と質問しています。
というのも、原作のイメージに引っ張られることで良くなることもあれば逆もあるからです。
原作のイメージをそのまま再現することがベストなのか、それとも映画の中でこの役を生きてほしいという監督の想いを優先するかは、難しいチョイスになりますけど、僕は、監督に毎回委ねています。
振り返ると、小説が原作の映画にたくさん出演してきましたが、どれも良い小説ばかりで、本当に巡り合わせがよかったなと思っています。
今回、小説『ノルウェイの森』が朗読という形で読者が広がっていくのも面白いですよね。原作の小説を読むのと映画を観るのが異なるように、小説を活字で読むのと音声で聴くのでは、また違う楽しみ方ができそうです。
妻夫木 『ノルウェイの森』は、リアルともフィクションとも違う、本当にその世界が実在するかのように思わせてくれる不思議な作品ですよね。僕は、村上春樹さんの作品を読むと得られる、違う世界に連れていってくれる感覚が好きです。読書の没入感を大切にしたいので、今回、朗読するにあたっては、感情の起伏を押し付けないように臨みました。
「村上作品=難しそう」の壁を壊す
妻夫木 まず、耳で聴いて“読んで”みると、村上春樹さんの世界観を知らない人でも入っていきやすいんじゃないかな。村上春樹さんの名前が偉大過ぎて、その世界に踏み込めない人も結構いるような気がしています。
「ハルキスト」(村上春樹さんの作品のファン)という言葉もハードルを高くしている一因かもしれないですね。「ハルキスト」ではない自分はこの世界にハマれるんだろうか…とためらう人もいそうです。
妻夫木 世界的にもベストセラーで注目を浴び続けていているし、文学作品としての評価が高いから、ハードルが高いのかもしれないですね。難しいことが書いてあるんじゃないか、と一歩踏み出せない人も確かにいそうです。実際、難しいことも書かれてはいますけど、ただ、小説を読んで「あー、面白かったねー」では終わらない魅力があるんですよね。村上春樹さんの作品に触れたことで、自分の感性がちょっと豊かになるような感覚というか。
僕自身も、『ノルウェイの森』を読む前と後じゃ、変化しているんですよ。それくらい、読んでみる価値があると思います。あまり気負わずに、ぜひAudibleで、気軽に村上春樹さんの世界に触れてみてほしいです。
取材・文/真貝友香 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)、写真/鈴木愛子


