俳優の妻夫木聡さんが朗読を担当し、9月にAmazonのオーディオブックサービス「Amazonオーディブル(以下、Audible)」で新たに配信された村上春樹氏のベストセラー小説『ノルウェイの森』(講談社)。今回(第3回)は、妻夫木さんが朗読するに当たって工夫した点や新しい読書体験について聞きました。

俳優としてのクセ

今回、『ノルウェイの森』を朗読するに当たって、普段の演技との違いはありましたか?

妻夫木聡さん(以下、妻夫木) まるで違いましたね。聴いている読者が『ノルウェイの森』の世界観にシンプルに入っていけるように、僕自身はあまり抑揚を付けないようにしています。

 村上春樹さんの言葉から僕が得た感情は、あくまでも僕のものですから、村上さんの紡いだ言葉に、極力、僕の感情を乗せないようにしたんです。ただ、ト書きの部分はかなり制御ができたのですが、口語になっている部分や会話のキャッチボールになっている部分では、どうしても僕の匂いみたいなものが出てしまう。

「感情を抑えるのが、難しかったですね」
「感情を抑えるのが、難しかったですね」
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参考にしたアプローチはあったのでしょうか? もしくはどなたから指導を受けたのですか?

妻夫木 僕は、映画『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督と親交があるのですが、濱口さんは、本読みの段階で、役者さんに台本をわざと棒読みさせるという手法を取っているんです。

「濱口メソッド」ですね。『ドライブ・マイ・カー』以降、話題になりました。

妻夫木 僕も何度かワークショップに参加したことがあって、全員で抑揚を付けずに台本を読んでみようとトライしたんですよ。具体的に何が良かったのかはその場でははっきりと明言できなかったんですけど、芝居をしているなかで経験が多くなればなるほど、「こういう場面ではこうするよね」ってクセが出てしまう部分は確実にあるんです。

 42年間生きてきたなかで「僕はこう感じた」とか「こういうふうになるよね」とか、自分の経験からくる解釈や気持ちを役に乗せてしまうときはあります。もちろんそれがいいときもあるんですよ。一方で、最初にその言葉が持っていたシンプルな意味、書いた人の思いや感情が失われてしまう可能性もあります。

 ところが、あえて棒読みしてみると、「愛している」という言葉も、「この文脈では、ただ好きって意味ではなかったな」と気づく瞬間があるんです。言葉そのものがふわっと浮いてくる感覚がありました。すると、自分の勝手なエゴで芝居をしている場面があるんだなということにも気づかされましたね。今回は、その経験や思いを生かそうと思いました。特に、耳で聞くニュアンスって、ほんのちょっとのことで変わっちゃうんですよ。

妻夫木 例えば、「私は今、取材で、ここにいます」って言うだけでも、普段の芝居の調子で間を空けたり抑揚を付けたりすると、「意味」が付与されてしまいますよね。

(妻夫木さんはここで、淡々と読むバージョンと、間を空けて読むバージョンを読み分けて聴かせてくれた)

 こういうふうに付いてしまう「意味」をなるべく取り去ろうと心掛けましたね。

「でも、一部だけちょっと意味を乗せてみたりして。絶妙なバランスを工夫しながら臨みました」
「でも、一部だけちょっと意味を乗せてみたりして。絶妙なバランスを工夫しながら臨みました」
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確かに、読み方一つで、全く別物になりますね! ちなみにAudibleはこれまで聴いたことはありましたか?

妻夫木 今回、『ノルウェイの森』を朗読することになったので、いくつかのコンテンツを聴いてみました。

 でも、途中で「自分が朗読するときは、こういうふうにするべきかな?」という、演者側の目線で考え出してしまって。事前に情報を入れ過ぎるのもよくないなと、それ以上聴くのは、あえてやめました(笑)。ただ、読書の選択肢としての新しさは、素晴らしいなと思っています。

「読書」が「音楽鑑賞」と同じ位置付けに

妻夫木 僕は移動時間、特に飛行機の中で本を読むのが大好きなんですけど、到着まであと2時間くらいになって、まだ半分以上ページが残っていたら「やばい! 早く読み終えないと」って焦ってしまうんですよね。

とりあえず最後からめくって結末を確認してしまうとか(笑)

妻夫木 そうそう(笑)。タイムマネジメントを誤って中途半端に読み残すと、「次のフライトでもこの大きい本を持っていかないといけないのか…」と。読書は、目も手も使うし、頭も使う。だから、時間を確保しないとできないものでした。そういう意味で、これまで僕の中では、読書と映画鑑賞は同じ位置付けで、耳で聴く音楽鑑賞は別物だったんです。

 でも、今回、Audibleを体験して、読書が音楽鑑賞と同じになった気がしました。僕は車の中で音楽やラジオを聴くのが好きなのですが、Audibleは画期的ですよ。だって、車の中では読めないと思っていた本を「聴いて読む」という選択肢が増えるわけですから。

まさに『ドライブ・マイ・カー』ですね。聴くというスタイルが、ドライブと読書を同時に可能にしてくれそうです。

妻夫木 運転中に英語の勉強をすることも結構あって、Podcast番組を聴いたり、単語を覚えたりしているのですが、小説を聴くのは面白そうですね。

「車で聴く読書で小説を楽しんでみたいですね」
「車で聴く読書で小説を楽しんでみたいですね」
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車のなかは聴く読書に適している

 車の個室感って読書に適している気がするし、想像の世界も膨らみそうだなと思います。音楽やラジオという耳で楽しむ二大勢力がすでに存在するなかで、Audibleは新たな選択肢として大きな可能性を秘めているんじゃないかと思います。

取材・文/真貝友香 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子