AAAとして活動しつつ、ラッパーとしてアンダーグラウンドな場所からソロ活動も始めたSKY-HIさん。2020年には音楽事務所BMSGを設立し、代表取締役CEOに就任しています。しかし、音楽業界で生きていくということに揺らぎが生じた時期もあったのだとか。そんなとき、前に進むきっかけをくれた本と出合います。生きる道筋を与えてくれたその本とは? 話を聞きました。

強い言葉の原体験は、鈴原冬二のスピーチ

 僕は、AAAの活動をしながら、ラッパーとしての活動も続けていました。ただ、昼はAAAとして活動し、夜はクラブに通うという行動を、周りはあまり好意的に受け止めてはくれませんでした。

 そんななかで唯一応援してくれていたのが、当時のAAAのスタッフで、今はライブ制作などを手掛けるショーデザイン代表の石川淳さん。その石川さんから24歳の誕生日に「多分、好きだと思う」と言われてプレゼントされたのが、 『愛と幻想のファシズム』 (村上龍著、講談社)でした。

『愛と幻想のファシズム』(村上龍 著、講談社)
『愛と幻想のファシズム』(村上龍 著、講談社)

 読み始めてみると、最初は狩猟の話が続いて、「一体これは何の話なんだろう…」と少し戸惑ったのですが、途中からどんどん引き込まれていって、上巻の途中でガツンとものすごい衝撃を食らったんです。

『愛と幻想のファシズム』は、『週刊現代』で連載された長編政治経済小説。世界経済が恐慌へ突入した1990年代、混乱する日本に政治結社「狩猟社」の鈴原冬二というカリスマが現れる。冬二は、独自の弱肉強食の狩猟原理を説き、学者や高級官僚、テロリストまでを魅了。敵対勢力を次々に潰し、独裁者として日本の中枢を握ろうと画策する。


 読んでいて僕が夢中になったのが、主人公の鈴原冬二が群衆に向かってスピーチをするシーン。光景がリアルに頭の中に浮かんできて、それがあまりにもかっこよくて、言葉を失いました。ここまで本の中に引き込まれたのは、後にも先にもこの時だけでした。

 スピーチでは、鈴原冬二が「君たちはどう生きるか」という極論をぶつけてくるんです。「お前らは資本主義のなかで消費されたまま死んでいくのか」と。その言葉の強さ、気迫、すごみに圧倒されました。

「鈴原冬二の強さは刺激的で、読んでいてとても気持ちよかったのを覚えています」
「鈴原冬二の強さは刺激的で、読んでいてとても気持ちよかったのを覚えています」
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 僕もライブのMCで強い言葉を発することがあるんですが、この鈴原冬二のスピーチが原体験になっていると思っています。

「失敗したら就職すればいい」から退路を断つまで

 この本に出合ってから、人前に立つ人間としての覚悟が決まったと言っても過言ではありません。その頃は、AAAとして活動してすでに5年くらいたっていたのですが、当時の僕は、「もし失敗したら就職すればいいや」という気持ちでやっていたのです。応援してくれていたファンや支えてくれていたスタッフには、本当に失礼なことなんですけど。

 でも、この本の鈴原冬二の言葉を読んで、自分がどう生きていくかの覚悟が決まったんですよね。ちょうどその頃の僕は、ラッパーとしての評価ももらえるようになってきていて。

 鈴原冬二は、強者としての責任を感じて「俺は強いからそうせざるを得ないのだ。群衆を率いてやらねばならぬのだ」という覚悟を持っていた。そして僕自身も、「自分は、音楽をやってステージに立つ人間なんだな」と、腹をくくれたんです。音楽以外の選択肢はもうないと、退路を断った。まさに、キャリアに対する考え方が明確に変わった読書体験でした。

 石川さんは、これを予測していたんでしょうね。実は、石川さんも20代半ばにこの本を読んで、めちゃくちゃ“食らった”んだそうです。

言葉にして整理する

 最近、本を読む時間はなかなか取れませんが、移動時間にスマホで週刊ものの漫画を読むことは多いですね。今、経営の仕事の作業をスマホでやることも多いので、Chatworkを開いて返信したら、何か漫画を1話読んで、メールを開いて返信したら、また1話読んでというふうに、仕事の合間の息抜きになっています。

 それに漫画は、疑似体験できるのがいいんですよね。いい意味で自分が今いる世界とは異なる世界に触れるきっかけにもなり、リアルでは経験できないような世界に連れていってくれる。創造力の源になっているんです。

 最近は、言葉を伝える者として本も出版させていただきました。近著の 『マネジメントのはなし。』 (日経BP)は、『日経エンタテインメント!』の連載をまとめて加筆したものですが、自分がやってきたこと、やっていることを言語化する機会はなかなかなかったので、「なぜ起業したのか」「なぜオーディションをこういう形でやっているのか」など改めて自問自答することで、頭を整理することができました。

 しかも、オーディション「THE FIRST」を始めた頃から書き続けていたものだったので、読み返すとその時々の思考や思いに立ち返ることができ、今でもすごく役に立っています。

 読み返して感じたのは、この本は、どんな立場の人にも読んでもらいたいということ。『マネジメントのはなし。』というタイトルなので、仕事の話ばかりかと思われるかもしれませんが、実はそうではないんです。

 社会生活を営んでいると、誰でも何かしらの組織に属すると思います。それは家庭であったり、地域活動であったり、趣味のサークルであったり。3人以上の人間が集まれば、それは立派な組織であって、時にうまくいかなかったり、何かしらのモヤモヤが生まれたりするものですよね。

 僕自身もこれまで、同じような経験をしてきて、不条理な組織というものを改善しようとしてきた20年間でした。『マネジメントのはなし。』は、その経験がベースになっています。少しでも皆さんのお役に立てたらうれしいです。

取材・文/磯部麻衣 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) ヘアメイク/椎津 恵 写真/上野裕二(SKY-HIさん)、スタジオキャスパー(本)