「上司の感情にいつも振り回されてばかり。付箋を貼って、机の上に置いておきたい」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)。本パートでは同書から抜粋して、職場で起こりがちなコミュニケーションのトラブルと解決策を認知科学の側面から見ていきます。5回目は、ついやってしまいがちな、間違った感情の扱い方について。

NG1 感情をぶつける

 システム会社で働くEさんは、パートナー会社の担当者に感情的に対応したことで、上から二度も注意を受けました。
「お前は言い方がキツい。普段はそんなことないのに、なんでだ?」
 と言われたといいます。

 Eさんがカッとしてしまったのは、パートナー会社から納品された製品に、バグが多く見つかったからです。パートナー会社とともに開発を進め、よりよい製品をつくることが目的だと考えていたEさん。その目的のためなら、相手に厳しく接してもいいと、どこかで思い込んでいたのです。目的をある種の言い訳にして、自分の感情のコントロールができなかったのです。

 本当にそのプロジェクトを成功させたいのなら、相手と深いコミュニケーションを取ることが必要です。
 相手がなぜできないのか、何に困っているのか、相手の組織の中で何が起きているのか。問題を聞き取り、それを助けるために、自分は何ができるかというスタンスで話をしないと本当の解決には近づきません。
「私に何かできることはありますか?」
「一緒にできることはありませんか?」
 そんなふうに声をかけるべきなのです。

間違った感情の使い方が、問題解決を遠ざける

 いくつかのグループが合同でプロジェクトを進めていると、1つのグループの遅れによって全体の作業が滞ることがあります。そのようなとき、
「あのグループのせいで、遅れて困る」
 と文句を言う人と、
「あのグループのために、できることはなんだろう」
 と考える人に分かれます。自分の立場でしかものを見ることができない人と、相手の立場に立って考えることができる人に分かれるわけです。
 後者の、相手の立場に立てる人というのは、プロジェクトを俯瞰(ふかん)することができている人です。このような考え方ができる人が、組織には絶対に必要です。

「なんでできていないんですか!?」
 と言うことほど、ラクなことはありません。相手の立場で現状を見て、相手と一緒に課題を解決しようとする。相手の立場に立つということは、ビジネスのあらゆる場面で必要とされているのです。

NG2 行きすぎた忖度(そんたく)

 行きすぎた忖度がニュースになる機会が増えました。例えば組織に不正会計などがあった場合、忖度をして正確な決算報告などを上げなかったことで、発見が遅れたり問題がより大きくなったりします。
 一方、お話ししてきたように、論理的に動いているように見えるビジネスの世界でも、中心にあるのは人の気持ちや感情です。

 辞書で忖度を調べると、「他人の心をおしはかり、それに配慮すること」と出てきます。人の気持ちに配慮すること、相手の気持ちを理解しようとすることは一般的にはいいことですし、仕事においてもいい判断につながることは多いものです。本書でもこれまで、大事なこととしてお話ししてきました。
 それなのになぜ、人の気持ちへの配慮が、事件につながってしまうのでしょうか?

 忖度が問題になるのは、目的がすり替わっているからです。
 本書では、コミュニケーションを中心に、仕事に求められる認知の力についてお話ししています。様々な認知システムに支えられて、コミュニケーションは成り立っています。
 しかし、「コミュニケーションを円滑にすること」「相手の意図を読むこと」は、仕事の目的ではありません。むしろ、仕事における大きな目的を達成するために、こうした力を活用しましょう、ということです。

「忖度」と「適切な感情への配慮」の違いとは

 一方、忖度が問題となる場合においては、その関係性が逆転してしまっています。冒頭の、「忖度で正確な決算報告を上げなかった」というのは、その典型です。「正確な決算報告を上げない」という態度は、仕事の成功ではなく、人の気持ちへの配慮のほうを優先してしまったということです。そこに問題があるのです。
 同様に、ある問題を解決するためのよい方向性というのは、必ずしも上司の気持ちと同じ方向とは限りません。ビジネスで利益を出すために「上司の気持ちではなく、別の方法を取ったほうがいい」ということが根拠をもってわかっているのであれば、相手の気持ちを理解した上でそれに沿わない選択をしたほうがいいはずです。

 相手が法を犯したり、社会的な規範を破ろうとしたりしているときの忖度は、結果的にはそれが社会的にも大きなマイナスを生じさせるだけでなく、下手をすると忖度をした自分自身が逮捕されることにもなります。
 上司はあなたに指示を出したわけではありませんから、罪をかぶるのはあなたです。そのような目で新聞を読むと、忖度から生じたと思われる事件や、それによって逮捕された人々が浮かび上がってくるものです。

 このような忖度の構図があるのは日本だけではありませんが、「意図を汲(く)んで下が働くのが当たり前」という社会では、相手の意図を汲みすぎることで自分に不利益が生じることがあるのです。

「うまく伝わらない」という悩みの多くは、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「分かってもらえるまで何度も繰り返し説明しましょう」では解決しません。人は、自分の都合がいいように、いかようにも誤解する生き物です。では、都合よく誤解されないためにどうするか? 自分の考えを“正しく伝える”方法は? 「伝えること」「分かり合うこと」を真面目に考え、実践したい人のための1冊です。

今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)

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