自助の精神がなければ、法律や政治も、人間や国家の成長をもたらすことはできない──。英国の作家、サミュエル・スマイルズが書いてベストセラーとなった 『自助論』 を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎さんが読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕』 (高野研一著、日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から抜粋。

天才とは奮励努力しようとする意欲

 『自助論』は英国の作家、サミュエル・スマイルズが1850年代後半に著しました。日本では明治維新直後に発行され、明治時代だけで100万部以上売れたとされています。様々な分野で活躍した人々の事例や言葉を引用しながら、自助の精神の重要性を訴えます。「天は自ら助くる者を助く」という序文はあまりにも有名です。

 人生は自分の手でしか開けない、自助の精神こそが人間が真の成長を遂げるための礎になると、同書は説きます。シェークスピア、コペルニクスなど、過去の偉人はみな途切れることなく努力しています。こうした努力を促すという意味では、貧しさや困難も、人間の成長には恵みとなります。大数学者のラグランジュも「私が裕福だったら、おそらく数学者などにはならなかったはずだ」と述懐しています。

 天才とは奮励努力しようとする意欲であり、忍耐そのものです。万有引力の法則など、多くの発見を成し遂げた理由を聞かれたニュートンは「いつもその問題を考え続けていたから」と答えました。スチーブンソンは蒸気機関車製造の第一人者となるまでに15年余り、ワットは蒸気機関の改良研究に30年を要しています。

多くの発見を成し遂げたニュートン(写真/shutterstock)
多くの発見を成し遂げたニュートン(写真/shutterstock)
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 根気強く待つ間も、快活さを失ってはなりません。快活さは、どんな逆境にあっても希望を失わず「逆境を逆境としない」生き方をもたらしてくれます。一度希望を失えば、何をもってしてもそれに代えることはできません。どのような仕事でもそれを好きになるように心がけ、自分自身を慣らしていくことが必要です。

 逆に、外部からの援助は努力や忍耐を阻害し、人間を弱くします。自助の精神がなければ、法律や政治も、人間や国家の成長をもたらすことはできないのです。人や社会の本質を捉えているからこそ、『自助論』は現在の私たちに自己研鑽(けんさん)を促す1冊として読み継がれているのです。

リーダー企業の経営者が認識する「原則」

 「天は自ら助くる者を助く」

 これはビジネスの世界においても多くの場面で私たちが直面する原則です。例えば、自社の業績不振の原因を、外部環境の変化やそれに伴う業界全体の不振に求める議論を聞くことは珍しくありません。しかし、ほとんどの業界において、リーダーとしての地位を確立した企業は高い収益と持続的な成長を実現しています。多くの経営者も、このことを経験的に認識しています。

 ベイン・アンド・カンパニーが全世界の約400人の経営者を対象に実施した調査によると、「自社の成長を妨げる社内外の主要因」として指摘されたものの多くは「重要課題へのフォーカスの不足」「企業文化」「組織の複雑性」などの内部要因であり、「市場における成長機会の不足」などの外部要因を指摘する声は全体の15%に過ぎませんでした。

 結果として表れる業績の違いは、そうした成長を妨げる内部要因を直視し、根気強く社内を説得・変革し、競争力を磨き続けられるかどうかにかかっています。

 言い換えれば、成功のためには「どこで戦うか」より「どう勝つか」がより重要である、ということもできるでしょう。企業全体にせよ、1つの部署やプロジェクトにせよ、常に快活さを失わず、「どう勝つか」を忍耐強く考え続けていれば、そこから成功のための「ひらめき」が得られたり、勝つための新しい道筋が見えてきたりするのです。

 明治維新後の日本が、資源も資金も技術も不足している中で、驚くべきスピードで近代化を成し遂げ、世界の強国の仲間入りを果たしたのも、こうした自助の精神のたまものに他ならないでしょう。明治時代にはこの『自助論』が学校の教科書としても使われていたという事実からも、かつての日本において自助の精神がいかに重視されていたかがうかがえます。

自助原則の否定は強い企業までむしばむ

 過度な補助金や保護主義的な規制が産業競争力の健全な発展を阻害するのも、この原則の発現例と言えるでしょう。

 例えば再生エネルギーのように、先行者の不利益が発生する業界では、産業育成のために補助金や価格統制、関税が導入されることも少なくありません。しかし、それが過度に続くと健全な企業努力が阻害され、社会全体としても高コスト・非効率な状態が続くことになります。

 手厚い規制で守られたかつての日本の金融機関が国際的な競争力を獲得できなかったこと、逆に早くから海外市場で競争にさらされた自動車産業が競争力を高めることができたことも、こうした原則の表れと言えるでしょう。

 またこうした意味では、債務超過や過度の業績不振に陥った企業に対して政府が支援に乗り出すことも、本来好ましいことではありません。

 もちろん、企業倒産の社会的コストは莫大なものですし、それを回避するための対策を講じることは、政治的にも重要な課題でしょう。しかし多くの場合、それらが産業全体としての需給調整を遅らせ、たゆまぬ努力で勝ち残ってきた企業のさらなる競争力強化を阻害することも、厳然たる事実です。

 市場の調整能力にすべてを任せることは、現代社会においては必ずしも受け入れられやすいオプションではないかもしれませんが、自助の原則との矛盾には必ず相応の代償が伴うということも、留意されなければならない側面です。

 少なくとも、ビジネスに携わる私たち自身は、この自助の精神を敬い、実践していかなければなりません。仕事で成功できないことを上司や同僚のせいにしたり、顧客のせいにしたりしても、何も始まりません。

業績不振企業に共通する悪しき組織文化

 実際、業績に問題を抱えた企業に対して、コンサルタントとして何が業績不振の原因でどこに改善の余地があるのかをインタビューすると、営業部門は製品の問題を指摘し、開発部門は営業力の不足を指摘し、現場は経営幹部が問題だと言い、経営幹部は現場の実行力の不足を指摘する、というようなことが少なくありません。

 こうした企業の再生には、それぞれが指摘する課題(その多くは事実であることが多いものです)の解決に加えて、社内のコミュニケーションや協力関係の改善、他者に責任を求める文化の変革が極めて重要になります。

 日本航空の経営再建を託された稲盛和夫氏が、現場を訪れて対話し、社内研修を通じてリーダーシップのあり方や社内文化の改革に取り組まれたのも、これに通じる事例ではないでしょうか。

 国家であれ、企業であれ、個々のビジネスパーソンであれ、自助の精神の重要性は変わりません。一人ひとりが希望と活力を忘れず、目の前の仕事で精いっぱい努力し続けることが、「逆境を逆境としない」生き方につながり、成功をもたらしてくれるのです。

『自助論』の名言
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