ラグビー日本代表の主力選手を輩出する帝京大学ラグビー部。その選手たちを指導したのが帝京大学スポーツ局長で前ラグビー部監督の岩出雅之さん。今回は著書の『逆境を楽しむ力 心の琴線にアプローチする岩出式「人を動かす心理術」の極意』を踏まえ、逆境を乗り越えるために必要なことを聞きました(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティーの尾上真也)。
<1回目「W杯日本代表を7人輩出 帝京大ラグビー『逆境を楽しむ力』」><2回目「帝京大ラグビー部 逆ピラミッド化でリーダーシップを育てる組織に」から読む>
いい姿勢、いい呼吸から「心をつくる」
「日経の本ラジオ」パーソナリティーの尾上真也(以下、尾上) 今回は本書のタイトルでもある「逆境」について聞かせてください。本では「逆境に負けない心のつくり方」についても書かれていますが、普段の岩出さんの授業でも、調息(息をととのえる)、調心(心をととのえる)、調身(身をととのえる)という取り組みをされているとか。
帝京大学スポーツ局長 岩出雅之さん(以下、岩出) 僕が担当しているスポーツ心理学の授業は、昼休みで食事をしたあと、午後1時から始まります。ちょうど眠くなりやすい時間ですし、普通に授業を始めると集中力が続かない。それで、最初に、手を膝の上に乗せ、姿勢を良くして、目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を3回してもらいます。それまで隣の人とおしゃべりをしていてワイワイガヤガヤしていた教室が、一気に静まり、昼休みモードから授業モードへの切り替えも簡単にできて一石二鳥です。
心をととのえること(調心)は、なかなか簡単ではありません。けれども、調身、調息と調心は互いに関係し合っていて、身をととのえ(調身)息をととのえる(調息)と、次第に心もととのってきます。人は、逆境に陥ったとき、あるいは大きなプレッシャーに直面したとき、心が乱れ、正しい判断ができなくなります。そんなとき、調身と調息を実践すると、効果があります。
尾上 本書では2021年度の大学選手権準決勝のエピソードが出てきます。京都産業大学との試合で前半からリードされ、後半も一時13点差を付けられる非常に苦しい戦いになった。いざというときにピンチを乗り越えるため、普段から実践している調息、調心、調身が効いてくるんですか。
岩出 人間は本能的に、ピンチとか、逆境といわれるようなシーンから早く回避したいと感じます。これは、危機回避は「生存」のためには欠かせないことですが、現代の日本において、「生存」を脅かすような危機はめったにありません。ましてや、スポーツではない。だから、本能的な危機回避の反応は、誤った行動や判断につながりやすいわけです。
ラグビーの試合においてピンチで慌てるというのは、「逃げたい」と「何とかしないといけない」の板挟みでパニックになります。そうなる前に、深呼吸して、心を落ち着かせるのは大事です。
尾上 いかなる状態のときも心を落ち着かせて、目の前のことに取り組む状態をつくると。
岩出 ピンチには対策も必要ですね。すぐ冷静になれるわけではありませんが、自分を落ち着かせる、そのためのアプローチが調息です。それから人間は、想定外の状況になったときにパニックになりやすいので、準備段階での想像力も必要です。
例えば、山も1回登ると、次に登るのは楽ですよね。初めての山に登るといろいろなアクシデントに見舞われますが、一度経験すれば次回からはしっかり対応できます。それと同じように、経験を持ち合わせていない場合は、事前に戦いの様子を細部まで想像する。このときの準備の深さと広さが大事です。
また、人にはできることとできないことがあります。ミスを怖がると、できることまで怖がってしまうことになりかねません。一口にミスと言っても「いい失敗」と「悪い失敗」があります。ケアレスミスなのか、能力が足りなくてできなかったのか、タスクが多すぎて失敗したのか、新しいことに挑戦して失敗したのかなど、原因を分析していくつかに分類し、「いい失敗」を奨励していけば、挑戦的、発明的な行動を繰り返せるようになります。
挑戦を楽しめるようになれば逆境は一番面白い
尾上 単に一言で「逆境」「ピンチ」と言っても、いろいろ細かく考えたり、分類したり、そこに臨んでいる人の状態やタイプなどで対策や準備が違ってくると。
岩出 そうですね。逆境の前に、まずいい準備をどれだけできるか。想定外を超えた逆境には冷静さを保ち、やれることを絞り、もともとの目標を自分たちの中にシンプルに置き換えて、心がぶれないようにするのが大事です。
今はVUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)時代といわれていますから、いろいろなことが起こります。そこに適応する発想をしておき、もしも難しくなったときは「自分たちの成長チャンスだ」と逆転の発想をして、挑戦的なマインドに置き換えていく。そうすると、逆境自体が楽しくなるのではないでしょうか。
表現が適切かどうか分かりませんが、ラグビーはしょせんスポーツなので、そんなに苦しむ必要はないんですよ。もちろん、選手は勝ちたいですが、勝利に縛られていたり、勝ちにこだわりすぎていたりと、勝手に自分自身を苦しめていることがよくあります。だから、もっと純粋にスポーツの神髄を楽しむ、挑戦を楽しむという発想に持ってくれば、逆境は一番面白いと思います。
尾上 逆境をいかに乗り越えるかを楽しむと。
岩出 そうですね。例えばバスケットボールも100点を取って圧勝したとしても、楽しみや刺激は少ないと思うんですよね。今年春のWBCの野球にしても、ワールドカップのバスケにしても、苦しいゲームを乗り越えていくから、しびれるほど楽しい。そういう発想になれるかどうかが大事で、だからこそ最後のクオーターでどんどんシュートが入っていく。自分たちのパフォーマンスの素晴らしさに思う存分没頭しながら楽しんでいる。これがまさに逆境を楽しむことです。
尾上 そうなんですよね。私もバスケの試合を見ていて、本書に重なる部分がありました。
岩出 やっぱり人間は守りに入ったら負けです。挑戦的に、いかに自分が準備をしてきたものを出し切れるかが大事です。準備してきたものを出し切れないことほど、つまらないことはありません。人間は楽観的なときよりも悲観的なときのほうが、逆に力を発揮するともいわれます。逆境こそが、自分の力を出し切れる要因の1つかなと思います。
尾上 まさに今、岩出さんがおっしゃったエッセンスが本書には載っています。日本代表の流大選手との対談もあります。ワールドカップの開幕に先駆けて9月から大学ラグビーのシーズンが始まりましたね。
岩出 いよいよ始まりました。ワールドカップは4年に一度ですから、僕も楽しみたいし、多くの皆さんにも楽しんでもらいたいですね。
尾上 最後に読者へのメッセージをお願いします。
岩出 スポーツ、そして社会の中でも「避けては通れないことやとき」がたくさんあり、そこに逆境もあると思います。でも、考え方1つで、またそれをうまく身に付けていくことによって、人生観が変わるような楽しみを持てると思います。ラグビーもピンチがあるからこそチャンスもあり、楽しめる要素が盛りだくさんになる。逆境は生活を豊かにする要素の1つにもなっているのではないかと思います。
尾上 本書は自分の人生や仕事にも役立つ本だと思いますので、ぜひ読者に読んでもらいたいと思います。今回はありがとうございました。
文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子

