会社のためではなく、自分のために働く、ということ 』の著者であるチェ・イナさんが来日し、東京・神保町の韓国の書籍を扱う「チェッコリ」で読書会を開催しました。大手企業で会社員として働き、現在は書店を営むチェ・イナさんの仕事の哲学とは。その後編。

仕事は「自分自身の資産」を積み上げていくもの

 今回も「仕事とは何か」を考える問いを投げかけたいと思います。
 最初の質問は「学校を卒業した後、大人は何によって成長するのか」。

 日本でも「成長したい」と思う人が多いと思いますが、大人になったらどんなことをすれば成長できると思いますか。

 私は29年間会社で働きましたが、人間関係など大変なことがたくさんありました。それでも「いかにこの過程を耐え、よりよい会社員としての生活を送るか」「この仕事をする過程で成長できるはずだ」と考えてきました。

 挑戦、新しい知識、達成、失敗、人間関係、リーダーシップ……日常の多くの時間をさく仕事によって、これらを体得できます。それなのに「給料だけもらえればOK」と思ってしまうのは、あまりにももったいないことです。

働く時間は人生の中で長時間を占める。知識や経験など、仕事から得られるものも多いのであれば、ただ給料をもらうために仕事をするという考え方はもったいないのではないか。
働く時間は人生の中で長時間を占める。知識や経験など、仕事から得られるものも多いのであれば、ただ給料をもらうために仕事をするという考え方はもったいないのではないか。

 私自身は第一企画(チェイルキフェク)でそれなりの給料をもらいながら働いてきて、今は書店を経営しています。広告と書店はまったく違う仕事ですが、「自分の能力をどうやって生かせるか」と考えてきました。例えば、アイデアを出し、企画をコンテンツ化するという能力は書店でも生かせるはずです。「仕事というものは自分自身の資産を積み上げていくものだ」ということがよく分かりました。

 それ以来、私は自分自身のキャッチコピーを「自分のために働き、結果によって貢献する」と決めました。「自分のため」というのは、利己的、自己中心的という意味ではなく、「プロのように動機づけを行って働こう」という意味です。

プロとアマチュアの違いは?

 では、「プロ」と「アマチュア」の違いは何でしょうか。報酬が発生するかどうかはもちろんですが、私が考えるプロは「自分で必要な仕事を見つけて、自分で動機付けをしてどんどん開拓していく人」。アマチュアは「与えられた仕事をする人」です。

 今の自分はプロだろうか、アマチュアだろうか。そう考えながら働き、ぜひ自分自身の資産を積み上げてください。

 私は野球が好きで、米国のメジャーリーグも見ます。今期は大谷翔平さんや山本由伸さんが大活躍しましたね。私は会社で働くということは、野球やサッカーのようなチームスポーツにも似ていると思います。選手たちはチーム練習をしますが、誰からも「やれ」と命じられていないのに、個人練習をしますよね。

 なぜかというと、それが自分のパフォーマンスを高めるため、自分の価値を上げるために必要だからです。自分のパフォーマンスが上がり、チームの勝利に貢献できたら、なおいいですよね。

 多くの人は会社と自分を「雇用主」と「被雇用者」と考えます。でも、自分がうまくいくことが会社に利益を与え、会社がうまくいくことが自分にとってもよいのであれば、それが一番ですよね。

永遠の問い「なぜそんなに一生懸命会社の仕事をするのか」

 実は、この質問は私が現役のときに後輩から投げかけられたものです。会社は、社員に一生懸命働くように言い、自分もそれに応えて努力しているはずなのに評価されない。頑張る自分がバカみたいに思える。給料はもらえるんだし、その分だけ働けばいいんじゃないかと。

 そのときの私の答えが「力を尽くしたことは消えない。自分の中に積み上がるよ」でした。私はそんなに優しい先輩ではなかったと思うのですが(笑)、「この言葉が励ましになった」と今でも言ってくれる後輩がいます。

平日の夜に開催したこともあり、参加者は30代の男女が多く見られ、チェ・イナさんの話に熱心に耳を傾けていた。多くの人がチェ・イナさん自身や、スライドを撮影していた。
平日の夜に開催したこともあり、参加者は30代の男女が多く見られ、チェ・イナさんの話に熱心に耳を傾けていた。多くの人がチェ・イナさん自身や、スライドを撮影していた。

 私は韓国の東亜日報で「それでも自分の人生なのに」というコラムを書いたことがあります。会社が認めてくれない。会社は不合理。自分の思いとは違う方向に組織が進んでいる──では、自分はどうしたらいいんだろう? そう思う人は多いのではないでしょうか。

 私がたどりついたのは、「それでも自分の人生じゃないの?」という言葉です。どんなにモヤモヤ考えても時間は過ぎていく。会社が分かってくれようがくれまいが、自分の人生は続いていく。

 何度も言いますが、「自分の人生」だという意識を持てば、たとえ行ったことに対して称賛を得られなくても、自分は最善を尽くすのではないでしょうか。

 そして、こうした「態度」は「競争力」になります。以前、私がテレビ出演したとき「態度は競争力だ」と言ったところ、大きな反響を呼びました。態度とは行儀作法やマナーではなく、「自分の内なる潜在力を引き出し、結果へとつなげ、花開かせる力」。例えば、新入社員はみんな同じスタートラインに立っているのに、しばらくするとパフォーマンスの違いが出てきます。これは態度によるものです。

退職して1年もたたないうちに不幸を感じた

 では、最後に「私にとっての仕事とは」という大きな問いを考えてみます。

 私は2012年12月に29年間勤めた第一企画を退職しました。フェイスブックには「私は昨日退職しましたが、私はここでの仕事を辞めることに未練はありません。それは、至らないところもあったかもしれませんが、自分の能力を全て注ぎ込んだからです。これで未練なく去り、第二の人生を始められます」と、書きました。

 しかし、退職して自由の身になったにもかかわらず、1年もたたないうちに「何だかハッピーじゃない」と感じるようになりました。

 退職した当時、私は副社長になって3年目で、解雇になったわけではなく、自分の意志で退職しました。突発的に辞表を出したわけでもなく、40歳を過ぎた頃から「この仕事をいつまで続けたらいいのか」「その後はどう生きようか」という問いを抱え、考えあぐねていました。そして、ある日「時が来た」と感じて、退職したのです。その後は大学院に通うなどしたのですが、なぜか幸せではなかったのです。

会場で「私にとっての仕事とは」と問いかけるチェ・イナさん。多くの「問い」を通して、仕事の難しさや喜びを語り、参加者を励ました。
会場で「私にとっての仕事とは」と問いかけるチェ・イナさん。多くの「問い」を通して、仕事の難しさや喜びを語り、参加者を励ました。

 「なぜ、ハッピーではないのか」を考えてみたら、「ああ、自分は働きたいんだ」という気持ちが湧いてきました。せっかく退職したのに、働きたい? なぜ? と深掘りした結果、行き着いたのが「使われたい」でした。自分は社会のため、誰かのためになることをしたい。まだ自分にはできることがたくさんある。だからこそ、まだこの社会に使われて、自分の価値を発揮していきたい。

 米国の心理学者・マズローは人の欲求には「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」の5段階があり、1つの層が満たされると次の層の欲求を求めるとしています。私にとっての仕事は生計を立てる手段の1つでしたが、それよりも何よりも自分にとっては自己実現の手段でした。自分は仕事によって自己実現してきた人間だと気づいたのです。

 それが退職によってなくなってしまった。もちろん現役時代も自分にとって仕事は大切だと思っていましたが、退職してからの気づきのほうがはるかに大きかった。

 そして、私が始めたのが書店です。2016年8月に、自分の名前をつけた「チェ・イナ書店」を開きました。

トークイベントの終了後、サイン会も開催した。丁寧に参加者の名前を書いて、感想に耳を傾ける姿が印象的だった。
トークイベントの終了後、サイン会も開催した。丁寧に参加者の名前を書いて、感想に耳を傾ける姿が印象的だった。

 どうして書店だったのかというと、第二のキャリアは心から自分が好きで、意味のあることをしたいと思ったからです。

 書店は書棚や照明のシャンデリア、店内にあるカフェなどの内装に力を入れ、実際に足を運んでくれた人に感動してもらえるような空間にしました。ただ、1年、2年でつぶれてしまっては意味がない。「たくさんの人に来てもらうにはどうしたらいいのか」という問いを立て、浮かんできたのが「思考の森をつくる」というアイデアでした。

 今はAI時代といわれますが、私たち人間には五感があります。オンライン書店ではなく、私の書店でできることは何かと考えたとき、それは「経験を提供すること」でした。この経験は「時間」とほぼイコールです。どんな時間を体験してもらうのか。日々、仕事に追われている人たちが、それでも時間を捻出し、ここでしかできない経験をする。その価値を提供するのです。人と人が出会い、情報や知識だけではなく、エネルギーを交わす場なのです。

 私にとっての「働くこと」は、今では自分の書店で、「知的で、優雅で、充実した時間」を提供することです。来年で10周年を迎えます。

 ぜひ、みなさんも今一度、「自分のために働くということ」を問い直してみてください。

取材・文/三浦香代子 構成/日経BOOKプラス 木村やえ 写真/鈴木愛子

韓国の大手広告代理店を40代で辞め大学院で学び直した著者は、ある日もう一度働くことを通して社会に貢献すると決め、人々の悩みに寄り添った〈チェ・イナ本屋〉を始める。会社員、起業家、学生と多様なキャリアを歩む著者の言葉や選書が、仕事で悩む人々の評判を呼ぶようになる。「がんばりすぎず力を抜こう」という時代、それでも、仕事をがんばるあなたへ。なぜ、どのように働くのか。本質を問う仕事論。

チェ・イナ著、中川里沙訳、日経BP、1980円(税込み)