それらしい提案書も売り文句も、AIが1秒で量産する今、何がマーケティングの勝ち筋になるのか。答えは「存在起点」――なぜ自社が存在するのかという旗を立て、顧客から「思い出される会社」になることだ。その旗は、社員が頼まれなくても「つい」やってしまう、地道な現場の反復の中に眠っている。トップマーケター・神田昌典さんの新刊『存在起点のマーケティング』(日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
動かない会社から入り口を奪われていく
AI時代に重要なのは、どのポジションを取るかである。
ポジションは、現場データの入り口を握ることで固まる。
なぜなら、現場データはあとから一気には集まらないからだ。
一つひとつの現場対応、一つひとつの修正履歴、一つひとつの例外対応。こうした蓄積は、あとからお金だけで買えるものではない。日々の現場の中でしか積み上がらない。
このことを鮮明に示しているのが、AIメディカルサービス(東京・豊島区)の事例である。
同社は診断内視鏡AIの開発を進める会社だが、私が本当に注目しているのは、「医療AIをやっている」という看板ではない。内視鏡画像という、現場との接点からしか生まれない現場データの入り口を、きちんと押さえにいっていることだ。
2023年にスタンフォード大学医学部と共同研究を始めたのも、表向きには、日本で磨いた内視鏡AIが米国でも使えるかを確かめるためである。もちろん、それも大事だ。
だが、勝負はそこだけではない。
医療AIは、技術が優秀なだけでは広がらない。
どの国で、どの患者群で、どの臨床現場でデータを集め、検証し、磨けるか。そこがものを言う。
つまりAIメディカルサービスが押さえにいっているのは、単に米国で通用するかどうかではない。グローバルで現場データの入り口を先に取るポジションなのである。
AI時代の本質は地道な作業にある
しかも、実際にやっていることはきわめて地道だ。画像を見る。誤差をつぶす。どこで見落としやすいかを確かめる。現場に堪(た)えるかを確認する。
派手な技術の前にあるのは、微細な違いを見抜き、確認を積み重ね、精度を詰めていく反復の強さなのである。
だから、AI時代は派手な技術を追いかける競争ではない。
自社の分野で、どの現場データの入り口を押さえるかを決める競争なのである。
なぜ今すぐ動かなければならないのかが、同社の事例でよくわかるだろう。
そして、ここで次の論点が見えてくる。
競争優位は、いきなり立派な戦略から生まれるわけではない。現場で繰り返されている確認や修正や見極め。そうした反復の中に、あとから強みになる入り口が潜んでいる。
その入り口を、もっと日常の言葉で言い直したものが、「つい」である。
AIに真似できない高収益事業の種
「つい」とは、頼まれなくても、考える前に自然にやってしまっていることだ。
数字のズレを見ると、そのまま帰れない。相手に言われる前に、先回りしてしまう。異変の気配があると、確認したくなる。話が詰まると、整理したくなる。
こうした行為は、本人にとっては当たり前すぎて見えていない。
だが、その当たり前の中にこそ、その会社ならではの判断の型があり、現場データの入り口がある。
多くの会社は、強みをきれいな言葉で語ろうとする。顧客志向。現場力。伴走力。改善文化。もちろん、それ自体は間違っていない。
だが、そのままでは、何をAIに学ばせ、何を商品に変えるかが見えてこない。
本当に見るべきなのは、会社が日々繰り返している泥臭い反復である。
本人たちにとっては特別ではなく、「うちでは普通です」で終わる。だが、次の事業の種は、たいていその「普通」の中にある。
なぜなら、繰り返されていることには、すでに判断があり、型があり、あとから仕組みに変えられる要素が含まれているからだ。
言い換えれば、「つい」とは、本人にとっては当たり前すぎて見えていないが、その会社の強みの源泉になっている反復である。
では、あなたの会社では、何が「つい」なのか。
「データがない」のではない。見えていないだけだ
ここで、多くの会社は次の壁にぶつかる。
「なるほど、『つい』が大事なのはわかった。だが、うちにはそんなに使える現場データはない」
だが、本当にそうだろうか。
営業日報がある。問い合わせ履歴がある。修理記録がある。シフト表がある。クレーム対応した文面がある。見積もりの修正履歴がある。写真がある。チャットのやり取りがある。会社の中には、すでに大量の痕跡がある。
足りないのは、データそのものではない。現場にある記録や痕跡を、データとして見ていないことなのである。
しかも、「つい」は最初からきれいな言葉では出てこない。本人たちにとって、それが特別ではなく当たり前だからだ。
だから、いきなり「御社は何を『つい』やっていますか」と聞いても、たいていは思考が止まる。そこで補助線をふたつ引く。
ひとつは、頼まれなくてもやってしまうことは何か。
もうひとつは、お金をもらわなくてもやってしまうことは何か。
前者は、現場の中にある無意識の反復を見つける問いである。
後者は、その経営者、その担当者、その会社が、本当はどこに深い情熱を傾けているのかを見つける問いである。お金になっていないから価値がないのではない。むしろ、お金をもらわなくてもやってしまうからこそ、その人やその会社が、どこにもっとも深く力を使えるのかが見えてくる。
このふたつの問いを重ねると、少しずつ見えてくる。
頼まれなくてもやってしまうこと。
お金をもらわなくてもやってしまうこと。
その重なりの中に、会社の本質が潜んでいることが多い。

トップマーケターがAI時代に放つ「分野No.1戦略」。「なぜ、あなたの会社が"存在"するのか?」という存在の起点から市場をつくる。これが新時代の唯一の勝ち筋である。ただの屋根が生んだ年間26億円、テスラが真に変えたもの……など事例も満載。
神田昌典著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)
