サンリオエンターテイメント社長・小巻亜矢氏は、リーダーが「素の自分に戻る」ことがビジネスを成功させるカギだと説く。鎧(よろい)をまとった状態では新しいアイデアが生まれず、上司や部下との距離も遠のいてしまう。書籍『Kawaii経営戦略』の共著者でもある小巻氏は、素の自分に戻るためのスイッチの役割として「Kawaii」を利用することを提案する。小巻氏が実践する対話的自己論の手法とともに、幸福度を高めるためのヒントを紹介。
予定調和ではなく心の琴線に触れる
現在、ビジネスの現場ではアートの存在意義が見直されたり、経営にはアート思考が必要だと論じられたりしています。
アートそのものについては、サンリオでは創業60年を記念し、全国で「サンリオ展 ニッポンのカワイイ文化60年史」を開催しました。アートと「Kawaii」には親和性があり、掛け算で様々な可能性が広がります。例えばサンリオであれば、アート色を強くしたエンターテインメントを提供することで、よりお客様に楽しんでいただけるようになるでしょう。
アート思考については、「これからはデザイン思考ではなく、アート思考」という意見を耳にすることもありますが、私は「デザイン思考が必要ない」とは思いません。基本的にはマーケティングをしっかりとして、お客様が何を求めているのかを見極め、モノづくりやサービス設計をする。その上でアート思考を取り入れて、お客様の心が震えるような体験や価値を提供できるかが大事だと思うのです。
例えば、エアコンだったら、どうしても「より安く」「省エネ」といった機能性に目が向きがちですが、「不便だけど、まきをくべて温まりたい。まきが燃えるパチパチという音がたまらない」「自然の風を感じたいから、川の近くに引っ越したい」という価値も見直されてきています。これこそがアート思考で、ニーズや予定調和でモノづくりやサービスを提供するのではなく、感覚的なもの、心の琴線に触れるものが求められているのだと思います。
今はAI(人工知能)などのデジタル技術や、データ活用も盛んです。私が共著者となった『 Kawaii経営戦略 幸福学×心理学×脳科学で市場を創造する 』(髙木健一、小巻亜矢著/日本経済新聞出版)でも、インターネットで様々なアンケートを取って分析し、捉えるのが難しいKawaiiを定量化しようと試みました。デジタル技術は経営分析を高度化してくれるので、使わない手はありません。
しかし一方で、「データは平気で嘘をつく」ことも。例えばサンリオピューロランドなら、入場者数何人、滞在時間何分とデータ上で見ていても、現場の熱気はその場にいないと分かりません。やはり次なる企画やサービスを考える上で、「リアルで」「心震える体験」を直接体感することにはかなわないと感じています。
ただ、忙しい経営者やビジネスパーソンは、心が震える体験をすることが難しいかもしれません。そんなときこそKawaiiものに触れ、連載第2回「 サンリオエンタ小巻亜矢 経営者に必要なニヤニヤする時間 」でご紹介した「ニヤニヤする時間」を持ってほしいと思います。
また、Kawaiiものではなくても、例えば「研修のときにお互いに下の名前で呼び合ってみる」「自分の失敗談を話してみる」など、「ギャップ萌(も)え」の体験を取り入れることで、心の鎧(よろい)が外れ、チーム内の距離がぐっと近くなることもあります。
40代、50代の疲れたリーダーを救う
今はリーダーにとって難しい時代だと思います。これだけコロナ禍の波がやってくると、「打たれ強い」と言われている私でもくじけそうになりますが、こんななかでも自分で正解をつくっていかなければなりません。
そんなときに私が頼りにしているのは、『Kawaii経営戦略』のなかでもご紹介している「対話的自己論」という手法です。「素の自分とは」「自分のアイデンティティーは」「自分はどういうときなら頑張れるのか」などと自己と対話し、葛藤を乗り越えていきます。
その上で、何よりも「自分自身がご機嫌でいること」を心がけています。基本的に私は会社に来ると元気になるのですが、ご機嫌になれるためのスイッチも持っていて、飼っている子猫のことを考えると笑顔になれます。「ちょっと疲れたな」と思うときは、あえてそのスイッチを積極的に押します。あるいは、自分が誰かに感謝したり、誰かへの感謝を忘れていないか、考えてみたりします。ありがとう、はご機嫌になるための魔法の言葉だな、ということを何度も体験してきました。
今、特に40~50代のリーダーは責任が重く、でも職場での先も見えてきている。これ以上は出世しない、やりがいのある仕事はできそうにない、自分の人生なんだったのだろう……と疲弊している人も多いかもしれません。
でも、そんな幸福度が下がった状態のまま未来を考えても、明るい方向には進みにくいですよね。ですので、頑張っているビジネスパーソンこそ、まずはKawaiiものに触れて、メンタルを整えることが先です。
気持ちが明るくなると、「あの出来事があったから、この仕事を選んだんだな。だとすると、今までのこともきっとこの後の何かにつながっている」などと自分が歩んできた道を振り返ることができ、「今も無事に働けているなら、いいじゃないか」「これまで本当に自分は頑張ってきた、誰かの何かの役に立ってきたんだ」と思えるのではないでしょうか。自己肯定はとても大切です。幸福度も回復することでしょう。
部下にしても「何か機嫌が悪そうだな」と思うリーダーのところには近寄ってきません。「プレゼンの資料を見せるのは明日でいいや」「提案があったけど今度にしよう」と思われたら、それだけで生産性を下げていることになります。私は「アポを取ってないけれど、今ちょっといいですか?」と部下から話しかけられるリーダーでありたいと思っています。
Kawaiiで幸福度を上げ、それを自分の身の回りにも連鎖させる。小さな資源のない国・日本が経済を復興させるカギは、Kawaiiにあるのだと本気で思います。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
© 2022 SANRIO CO., LTD. TOKYO, JAPAN 著作 株式会社サンリオ
ウェルビーイング、パーパス経営、マーケティング、リーダーシップ、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)、SDGs、イノベーション……あらゆるビジネスのど真ん中に「Kawaii」があった。多数の事例を基にメカニズムを解明。
髙木健一、小巻亜矢(著)/日本経済新聞出版/2200円(税込み)