『言語の本質』(中公新書)、『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)、『英語独習法』『学力喪失』(ともに岩波新書)など、数多くのベストセラーを世に送り出している今井むつみさん。「○○を読んで面白かったけれど、次は何を読むのがオススメですか?」と聞かれることも少なくないといいます。そこで本連載では、「次に読む今井むつみさん」の参考として、今井さん自身が著書について、テーマごとに語ります。第5回のテーマは、「言葉と思考」です。私たちはどう考え、それに言葉はどう関係しているのか。探求が深まる3冊を紹介します。

言葉は思考をどのように変えるのか

 最終回となる今回お話しするのは、「言葉と思考」をテーマにした3冊です。私はこれまで認知科学の視点から、「言葉と思考」というテーマで3冊の本を書いてきました。さっそく1冊ずつお話ししていきます。

今井むつみの本MAP
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「思考」を深める3冊
「思考」を深める3冊
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言葉と思考1冊目『ことばと思考』

 『 ことばと思考 』(2010年、岩波新書)は、私の最初の新書です。
 言語に注目し、「異なる言語の話者は、世界を異なる仕方で見ているのか」と思考について考察するというのは、これまでも多くの研究者によってなされてきました。本書もまたこの問いを発端に、実験に基づいて認知科学的な視点で問い直しています。さらに、2つ目の視点として「言葉の学習や使い方が、思考の仕方をどう変えるのか」についても科学的に迫っていきます。言葉と思考の関係について、この2つの切り口から語るという点で、ユニークな1冊になったと自負しています。

今井さんの初めての新書(一般書)である『ことばと思考』(2010年、岩波新書)。
今井さんの初めての新書(一般書)である『ことばと思考』(2010年、岩波新書)。

 今回も、言語と思考における論争を紹介します。「人間の認知能力は生まれつきであり普遍的である」とする哲学者で言語学者のノーム・チョムスキーらと、「学習されるものであり言語に規定される」とする言語学者のベンジャミン・リー・ウォーフら(ウォーフ仮説)の論争です。
 この論争においては、「言語が違えば、世界の見方や思考の仕方は“まったく”異なる」と主張する人たちもいました。しかし、これでは外国人とはまったく理解し合えないことになってしまいますね。こういった強すぎる意見のために、ウォーフ仮説は捨て去られた時期もあったのですが、しかしその後、やはり言語と思考の関係は見直されています。

色についての言葉と感覚

 例えば虹の色は、日本では7色が一般的です。しかし、国(言語)によっては5色や3色というところもあります。同じ虹を見ても、7色と捉える人もいれば、5色、3色で捉える人もいる、ということです。
 では、虹の色を3色で捉える人たちは、本当に色の区別をしていないのでしょうか? いえ、そんなことはありません。結論をいえば、区別をしています。

 では、虹を7色と見る言語と3色と見る言語では、思考にも影響はまったくないのでしょうか? こちらもそうではありません。実際には言語によって、さまざまなバイアスが生まれています。
 例えば、青と緑で考えてみましょう。現代の日本では青と緑は別の色として認識されていますが、国(言語)によっては言葉で区別をせず、「同じ色」として扱います。

 そうした人たちの前に、青と緑のちょうど中間のような色が提示されたとします。これを、それぞれどう捉えるでしょうか。

「言語の影響は、赤のものが、ある人には黒に見えるとか、緑と青の区別がつかないとかいうあからさまなことではありません」と語る今井さん。
「言語の影響は、赤のものが、ある人には黒に見えるとか、緑と青の区別がつかないとかいうあからさまなことではありません」と語る今井さん。

 青と緑を区別しない言語では、「青と緑の中間色」を、そのまま認識します。
 一方、青と緑を区別する言語では、提示された色を「青」か「緑」かのどちらかで判断します。そしていったん「青」か「緑」かのどちらかの範囲に入った色は、そうでない色とは明確に区別されるようになります。言い換えれば「青」という範囲に入った色は、(実は緑に近くても)過大に青と評価され、「緑」という範囲に入った色は、(実は青に近くても)過大に「緑」と評価されるということです。

 この例が示しているのは、「言葉を持たないと、実在するモノの実態を知覚できなくなる」ということではありません。逆に「言葉があると、モノの認識をカテゴリーに引き込んでしまう」ということです。

言葉が区別をつくり出す

 この、「言葉があることによって“同じ・違う”という感覚がすごく強められる」という結果は、さまざまな研究者が行った色の実験で分かってきたことですが、実は色に限ったことではありません。数の概念でも同様です。
 数の言葉が少ない言語でも、1、2、3までは区別します。ですから、1と2と3の間に、違いはあります。しかし、3を超えると「たくさん」と認識するため、4と5の区別は一貫しなくなってきます。

 赤ちゃんの数の認識にも同じ変化が見られます。まだ言葉を話さない赤ちゃんも、1、2、3は区別しますが、「1000個のおはじきと1001個のおはじき」のように見た目で分からないものは区別できません。
 しかし、4、5、10、100、1000……と数の言葉を覚えていくと、見た目では分からなくても、「1000と1001は違う」と捉えるようになります。
 数の言葉を覚えると、見た目に違いはなくても、「違う」という感覚が生まれてくる。つまり言葉というのは、「同じ・違う」の認識をつくり出しているのです。

 チョムスキーのように「言葉の影響は絶対にない」ということでも、あるいはウォーフ仮説のように「言葉がすべてを決定する」ということでもありません。答えはその中間にあるのです。

言葉と思考2冊目『ことばの発達の謎を解く』

 『 ことばの発達の謎を解く 』(2013年、ちくまプリマー新書)は、中高生向けのレーベルである「ちくまプリマー新書」の1冊として、言葉の発達や母語の習得について分かりやすく書いた入門書です。
 「言葉の発達の謎」を、赤ちゃんの音声学習からたどりながら、「言葉の発達」と「思考の発達」はどのような関係にあるのかという問題を、実験をひもときながら考えています。

『ことばの発達の謎を解く』(2013年、ちくまプリマー新書)は中高生向けに分かりやすく書かれている。
『ことばの発達の謎を解く』(2013年、ちくまプリマー新書)は中高生向けに分かりやすく書かれている。

 人は、他の動物より圧倒的に高度な抽象的思考ができます。それを可能にするのが、言語です。言語は、目に見えない、触ることができない概念(例えば「愛」)に名前を与えてくれるからです。
 子どもは、言葉を覚えると同時に、思考、つまり概念や考え方をつくり上げていきますが、それはどのようになされているのか。中高生向けのレーベルではありますが、あくまで科学的に、思考と言葉の関係にまで踏み込みました。

赤ちゃんの言語の習得プロセスは、科学的探究に似ている?

 実は、赤ちゃんが母語を身につけるプロセスというのは、科学者による科学的な探究と似たところがあります。
 赤ちゃんと科学者の何が似ているのか。それは「アブダクション推論によって仮説をつくる」ところです。アブダクション推論は、持っている知識を組み合わせ、目に見えない現象を推論することですが、実は人が言葉を身につけるためにも、科学的思考をする上でも不可欠です。

「赤ちゃんと科学者には、共通するところがある」と今井さん。
「赤ちゃんと科学者には、共通するところがある」と今井さん。

 例えばニュートンは、弾性のあるヒモにボールをつけて振り回したときの「ヒモを持つ人と回転するボールとの関係」が、「地球と月の間の関係」と似ていると考えました。これが後の万有引力の発見につながります。
 このときのニュートンの思考が素晴らしいのは、「関係の類似性」を見いだした点にあります。「ヒモを持つ人と回転するボール」「地球と月」の間にある構造が、共通しているのではないかと考えたわけです。持っている知識(ヒモを持つ人と回転するボールとの関係)を組み合わせて、目に見えない現象(地球と月の関係)を推論した。これが、科学的思考に必須のアブダクション推論です。

 一方、赤ちゃんが言葉を覚える際にも、このアブダクション推論を繰り返し行っています。例えばある子どもは、唇を嚙(か)んでしまったときに、「歯で唇をフンジャッタ」と言っていました。これもまた、「関係の類似性」を見いだしたアブダクションです。「足で何かを押し付ける行為」が「踏む」ですが、この子どもは、「歯で唇を押し付ける行為」に関係の類似性を見いだしたのです。

 科学者は仮説を立て、それを実験によって検証する。赤ちゃんは仮説を立て、言葉を使い、通じるかどうか観察します。そして正しくなければ修正する。
 本書を手に取っていただければ、言葉を覚える過程で赤ちゃんが行っている、科学者と同じような仮説の検証をより実感していただけると思います。

言葉と思考3冊目『親子で育てることば力と思考力』

 さて、この連載の最後にご紹介するのは、保護者の方たち向けに執筆した『 親子で育てる ことば力と思考力 』(2020年、筑摩書房)です。
 本書では、子どもの教育を念頭に置きながら、子どもが言葉を覚える仕組みと、どのようにしたら「思考力」を手に入れることができるのかという提案をしているため、小学校の先生方にも広く読んでいただいているようです。私の著書の中で、一番イラストがたくさん入っている本でもあります。

『親子で育てる ことば力と思考力』(2020年、筑摩書房)は、イラストがたくさん入って分かりやすい。
『親子で育てる ことば力と思考力』(2020年、筑摩書房)は、イラストがたくさん入って分かりやすい。

 子どもは、その成長過程で、語彙のシステムを自分自身でバージョンアップしていきます。
 例えば、多くの子どもは、話し始めてすぐの頃は動物すべてを「ワンワン」と呼びます。しかしそうした子でも、「ニャンニャン」という言葉を覚えることで、イヌとネコを区別して別のカテゴリーに分けることができるようになります。
 しかもその作業がすべての動物に対して必要なのではなく、1歳の初めから半ばをすぎれば、子どもは何に注目してカテゴリーを分ければいいのかを学習して、自然と正しく区別できるようになっていきます。

 ところで、この最初の「ワンワン」ですが、例えば一番はじめに出合った「ワンワン」が白いスピッツ犬だった場合、小さくてフワフワなものを「ワンワン」だと思ってしまうことがあります。
 イヌだけでなく白いもの全般、例えば白い毛布や白い毛糸玉まで、すべてが「ワンワン」(これもアブダクションです)。大人から見れば信じられないような間違いも、「スキーマ」という知識のシステムをつくる際には起こり得ます。そうした間違いを自分自身で修正しながら、子どもは「ワンワン」を「イヌ」のことだと理解していきます。
 このような子どもたちの、自分の力で仮説を立て、間違え、そして修正していくという学ぶ力は、本当にすごいものだと感じずにはいられません。そして私たちは皆、こうしたプロセスを経て言語を「生きた知識(必要なときにつながり、すぐに使うことができる知識)」として習得し、今、この連載を読んでいるわけです。

 子どもが母語を身につける仕組みへの理解を通して、子どもだけでなく大人の「生きた知識」の獲得にも役立つ1冊といえるでしょう。

認知科学を生きる力にするために

 これまで全5回にわたり、「入門」「学び」「生きた知識」「言葉の本質」「言葉と思考」というテーマで自著を解説してきました。「今井むつみの本MAP」も、大きく一周したことになります。

 中高生向けに書いたものから学術書に近いものまで、難易度には差がありますし、中心に扱っているテーマも異なります。ただ一貫しているのは、言葉の発達と思考、学習などについてこれまで実際に行った実験や研究の知見を用いて、人間というものはどういう存在なのかを、認知科学の視点から解き明かそうとしていることです。

 最新刊の『 人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学 』の帯にも書きましたが、「人は、わかっていても間違え、偏った視野をもち、誤解するもの」です。「だからこそ、どう学び、人とつきあい、社会を生き抜いていくか」を考えることが、本当に重要です。認知科学が多くの方にとって、それぞれの道を熟達していくための一助となればと心から願っています。
 ぜひ、あなたの次の1冊を見つけてください。

(構成=黒坂真由子、写真=稲垣純也)