「昭和」が終わって三十数年。あなた自身が「昭和人間」の場合も、身近な「昭和人間」についても、取り扱い方にはちょっとしたコツが必要です。有効で安全なやり取りをするために考えた書籍 『昭和人間のトリセツ』 。「昭和人間」ならではの持ち味や真価を存分に発揮したりさせたり、インストールされているOSの弱点をカバーしたりするだけで、世代を超えた有意義な時間やコミュニケーションが生まれるかもしれません。今回は、中高年となった自分とどう向き合うかについて。
昭和人間にとって、もっとも重要でもっとも困難な問題は何か。それは「自分はもう若くはない」と認めることです。
若者の皆さんは「えっ、どう逆立ちしても若いわけないのに、なに寝言おっしゃってるんですか?」と思うでしょう。昭和50年前後に生まれて中学生の頃に平成になった、それなりに昭和の記憶がある「最若手」の昭和人間でも、すでに50歳ぐらい。立派な中年です。いわんや昭和30~40年代生まれの昭和人間をや。
50代60代はもとより、もしかしたら70代になっても、漠然と「自分はまだ若い」というセルフイメージを粘り強く持ち続けがち。街を歩いていて、ショーウィンドウに「年配の人が映ってるなあ」と思った次の瞬間、それが自分の姿だと気づいて愕然としたことがある昭和人間は少なくないのではないでしょうか。
もちろん、明治人間だって大正人間だって、50代60代になった頃に「自分はもう若くない」と認めるのは、けっして簡単ではなかったでしょう。しかし、当時に比べて平均寿命が大幅に延び、中高年が活躍する場も増えて、しかも社会全体の高齢化が進んでいる分、「もう若くない」という現実から目をそらしやすい状況になっています。
いくら目をそらしても、日々さまざまな衰えは実感せざるを得ません。体力や記憶力が衰えたり、シワや白髪が増えたり、異性に対する情熱が薄れたり…。周囲から年寄り扱いされることもあるし、たまにテレビをつけると知らないタレントや芸人ばっかり出てきます。新しいミュージシャンやヒット曲にも、まったく興味がなくなりました。
そんな体たらくなのに、昭和人間の多くは心のどこかで「自分はまだまだ若い」と思っています。「まだまだ若いモンには負けない」とも思っています。元気ハツラツなのは大いにけっこうですけど、現実の自分と違い過ぎる自己認識を抱いているのは、たぶん自分にとっても周囲にとってもあまりいいことではありません。
現実を踏まえた上で、これからの人生をより実り多いものにしていくために、周囲の若い世代に「扱いづらいなあ、この人」と眉をひそめられないために、自分に対して「もう若くない」と念入りに言い聞かせる重要性について考えてみましょう。
飲食店の注文方法でブチ切れる昭和人間の未熟さ
60代や70代の昭和人間が、口では「もうトシだから」とか言いながらも、内心では「まだまだ若いモンには負けない」と思い続けていると、はたしてどうなるか。例えば会社で、新規事業や社内の制度改革に関する会議があったとしましょう。
昭和人間は年齢的に、人によってはけっこうエライ立場で、発言権も決定権も強かったりします。しかし、かつてに比べて時代の流れを読む力や先を見据えた上での判断力は落ちているので、若者の提案や意見に対してトンチンカンなイチャモンをつけがち。極端な例としては「男性の育休なんて必要ない」とか「年に一度の社員旅行は必要だ」とか、そんな感じでしょうか。
なんせ本人は「若いモンの意見なんかより自分の判断が正しい」と確信しているので、周囲が「今どきそれはさすがに」と遠回しに言っても聞く耳を持ちません。絵に描いたような「老害」です。自分では「若者の意見にしっかり耳を傾けている」つもりでも、折に触れて時代遅れな意見を堂々と言っていたら、誰も本音を口にしなくなるでしょう。
会社の中だけではありません。最近の飲食店は、自分のスマホでQRコードを読み取って注文するところが増えてきました。「自分はまだまだ若いモンには負けない」と思っている昭和人間が、そのやり方をスムーズに理解できないとどうなるか。なんせ使えない責任は自分以外にあるので、お店やそのシステムに対する怒りが湧いてきます。
自分のデジタルスキルが不足していることを認める気がないと、店員さんに「ごめん。これ、どう使えばいいの?」と穏やかに教えを請うなんてできません。疎外感や被害者意識を抱いてイライラが募り、店員さんに「ややこしい注文のさせ方させるなよ!」なんて八つ当たりするという老害丸出しな態度を取ってしまいます。コンビニのレジで、どこを押せばいいのかわからずに怒っている昭和人間を見かけることも。
お店のサービスポイントや観光地のスタンプラリーでも、QRコードを読み取るシステムが増えてきました。たしかに、スマホを使いこなせることが前提になっているのは、かなり不親切です。ただ、ついてこられない人は最初から相手にする気はないというのも、それはそれでひとつの判断。相手にしてほしかったら対応するしかありません。
仮に「自分はもう若くない」と、口先だけではなく本気で思っているとしたら、仕事にせよ日常生活にせよ、老害っぷりを発揮せずに済みます。若者の意見を潰す前に自分の感覚を疑ってみるだろうし、新しいやり方についていけないときは若者に素直に教えを請うか、あるいは今の自分には関係ないとスルーすることができるでしょう。
「若さの尻尾」にしがみつくのは得策ではない
どうやら、いつまでも「自分はまだまだ若い」と思い続けることは、かなりのリスクを伴うようです。もちろん「息をひそめて控えめに生きていきましょう」という意味ではありません。大切なのは、現実に目をつぶりながらの背伸びをやめることです。
差し障りがあることを承知の上での例えですが、そこそこ年齢を重ねた大人の女性が、若い娘さんと同じようなファッションに身を包んで「私ってほら、こういう格好がいちばん似合う人だから」と言っていたら、聞いている側はどう感じるか…。
どんな格好をしようが本人の自由だし、人並み以上に若々しい要素はお持ちなのでしょう。ただ、若者と同じようなファッションに身を包むより、もっと「大人ないでたち」をしたほうが、本人の魅力は引き立ちそうです。「若さ至上主義」の呪縛から逃れられず、自分の中の「若さの尻尾」にしがみつくのは、決して得策ではありません。
「自分はまだ若い」と思い続けている昭和人間は、同じパターンの落とし穴にはまっています。「もう若くない」と認めることは、今の自分に似合う服、つまりは今の自分の持ち味を発揮できる考え方や物事へのスタンスを模索する第一歩。そしてそれは、実り多い熟年老年を過ごすための華麗な(加齢な?)スタートです。
若者の皆さまにおかれましては、昭和人間に向かって「もう若くないんだから」と言うことがいかに危険かは、十分に認識していただいているかと存じます。人は図星を突かれると、感情的にならざるを得ません。身近な昭和人間が予想外にスマホやパソコンを使いこなしていた場面で「そのお歳で、すごいですね」とホメるのも、よかれと思って言ってくださっているところたいへん恐縮ですが、けっこうな地雷です。
会社などで「まだまだ若いモンには負けない」と思っていそうな昭和人間に対しては、半端に物おじせず、同じ土俵で対等に議論してもらえたら幸いです。「生意気な若者」と渡り合う度量も覚悟もないのに、年齢や経験の長さを振りかざして威張っている昭和人間は、まともに相手する必要はありません。あの手この手で退場を促してください。
厚生労働省が発表した「令和5年簡易生命表」によると、日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.14歳。90歳を迎える割合は男性26.0%、女性50.1%です。50代60代なんて、まだまだ鼻たれ小僧。「もう若くはない」と認めた上で、若かった頃とは違う中高年ならではの新たな目標や手応えや大切にしたいものを探しましょう。
さっきから具体性がない話で恐縮ですが、何をどう探すかは、一人ひとりの今の状況やこれまでの人生をどう歩んできたかによって、大きく変わってきます。いずれにせよ、もう若くなくなったからといって、悲観する必要はまったくありません。新しいステージでも、楽しく歌って踊って、もうひと花もふた花も咲かせようではありませんか。
- 「自分はもう若くない」と認めるのはそう簡単ではない
- 「まだまだ若い」という勘違いが「老害化」につながる
- もう若くないと認めた上で新しいステージを楽しもう
文/石原壮一郎 写真/PIXTA
なぜ10年前の出来事を最近のことのように語ってしまうのか? LINEが無意味に長文になる理由は?――仕事観やジェンダー観など多様な切り口から「昭和生まれの人間」の不可解な生態に肉薄し、その恥部をも詳らかにする日本初の書籍。「【注】知っておかなくても構わない昭和・平成用語集」も収録。
石原壮一郎著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

