新刊『 妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話 』の著者、編集Yこと山中浩之氏が日経ビジネス電子版で始めた連載「数字で縛ればやる気が逃げる」。自著の取材を振り返りながら、あれこれ考えを深めていくコラムを日経BOOKプラスでも転載中です。とても面白い記事なのでぜひ読んでいただきたいのですが、せっかく「本の情報」を発信する当サイトですので、元記事には収録されていないオリジナルコンテンツとして、記事の関連箇所を書籍から抜粋して掲載します。本書の主人公たる相模屋食料の鳥越淳司社長と編集Yのテンポの良いやり取り。そこで明らかになっていく「数字の罠」とその飛び越え方。記事と共に、本の魅力もしっかりお伝えできれば幸いです。第12回は「なぜ50%でいいのか」についてのお話を。(日経BOOKプラス編集部)
社員を売り上げ目標や歩留まり(良品率)などの「数字で縛る」のではなく、モチベーションを高く持って仕事をしてもらう。数字はその結果として付いてくる。相模屋食料(前橋市、以下、相模屋)の鳥越淳司社長の考え方を要約するとそうなるだろう。しかし、そのモチベーションを高くというのが大問題だ。ビジネス書籍のコーナーに行けば、いかにして社員のモチベを高く保つかについての本があふれるように並んでいる。
今回はそのヒントになりそうな呪文をお伝えしよう。それが「ジオングに脚を付けるな!」だ。
「脚は付いていない」「あんなの飾りです」で出撃したジオング
相模屋では、群馬県前橋市の本社で月に1度「製販会議」が開かれる。会社をけん引する課長以上の社員を集めて、「いま、相模屋がやっていること、これからやろうとしていること」を、鳥越社長自らが説明する重要な会議だ。
「そこでよく同じことを言ってますね。『ジオングに脚を付けるな』って」
「ジオング」は、2012年に相模屋が発売して同社の知名度を一気に全国区にした「ザクとうふ」の「ザク」と同じく、アニメ「機動戦士ガンダム」に登場するモビルスーツの型式名(ガンダムにご興味のない方は、モビルスーツ=架空戦記に登場する戦闘機、くらいに考えていただければ幸いです)だ。
ジオングはガンダムの最終回直前に出てくるモビルスーツだが、実は開発が8割程度までしか進んでおらず、人形(ひとがた)の兵器なのに脚も付いていない。しかし、戦うエリアが宇宙空間なので、そのまま出撃することになる。パイロットのシャア・アズナブルと整備を担当する(と思われる)兵士との「脚は付いていない」「あんなの飾りです、偉い人にはそれが分からんのですよ!」というやりとりはガンダム好きの定番だ。
「そうそう、無名の整備兵がシャアに『(完成度)80パーセント? 冗談じゃありません。現状でジオングの性能は100パーセント出せます!!』とタンカを切る。いい場面ですよね」
そしてジオングは連邦軍最強のモビルスーツ、ガンダムと戦って、双方とも戦闘続行が不可能な状況に持ち込んだ。8割で出撃して大駒を撃破したなら、望外の大戦果と言うべきだろう。「よく言うんです。『あれがうちのやり方なんだよ』と」(鳥越社長)
もし、ジオングに脚が付くまで出撃を控えていたら、ガンダムと相打ちどころか、戦争そのものが終わっていたはず。国力が乏しい中、リソースを割いて製造したであろうジオングに、何の意味もなくなるところだった。(※異説はもちろんあると思います。あくまで筆者の私見です。念のため)
「脚が付いていなくても、ここだと思ったら出る。『未完』であることより時機を失するほうを恐れるべきだと思います。ジオングは完成度80%で出撃したわけですけど、そもそも我々は、仕事の完成度、達成率で言えば100%なんて最初から目指していませんし、80%ですら高すぎる。今だと思ったら50%でも行くんだ、と言っています」
どうして速度を優先するのか。リソースが限られた中小企業では、完全を目指しても得られるリターンが割に合わないのだという。
「準備が50%でも、80%でも、大企業に比べたら、人も資金もないうちみたいな企業では得られる結果はそれほど変わらない。だったらスピードを上げてやろう、そのほうが勝ち目が出てくる。そういう話を分かりやすく伝えるために『ジオングに脚を付けるな』って言っているんです」
しかし、この例えは分かりやすいのだろうか。誰もがガンダムを知っているわけでもないはずだが。
「ガンダムを知らない人はもちろんいますが、私がガンダムを好きなことはもうみんな知っていますから(笑)。この話はよくするので『またジオングか』と(笑)」
名ゼリフは抽象度の高い話を具体化する
余談だが、「名ゼリフ」は、原作を知らなくても真意が伝わりやすいというのが鳥越社長の持論だ。
「ご存じのとおり、私、ガンダムに限らずアニメやマンガが好きで、さらにその中に出てくる名ゼリフが大好きなんですけれど、エンタメって、人生や競争、決断の場面をすごく分かりやすく、伝わりやすく、しかもドラマチックに凝縮したものじゃないですか。おまけに原作を読んだり見たりすれば、目に見える、耳に聞こえる、疑似体験できる、という。抽象的な“考え方”を、具体的に“感じる”ことができるんですよ」
唐突だが、実は筆者(編集Y)の息子は今、小学校で教師をしている。彼によると「4年生になると、算数嫌いが急に増える」のだという。
その理由は「目に見えない概念が出てくるから」だそうだ。足し算なら、黒板に磁石を貼って、それを数えれば何をしているのかが分かる。しかし、分数、四捨五入など、抽象度が上がるととたんに理解しにくくなる。アニメやマンガは、抽象度の高い「考え方」を理解してもらうために有効なのかもしれない。
「まあ、もちろん、一番の理由は『自分が好きだから』です。人前であのセリフを言ってみたい! 使ってみたい! というだけなんですけどね」(鳥越社長)
さて、この「ジオングに脚を付けるな!」(これは劇中の名ゼリフではなく、鳥越社長の創作だが)を繰り返し言う、ということは、脚を付けようとする人がたくさんいる、ということでもある。これはつまり、仕事に対して人間は「できるできないは別として、やるからには完全、完璧を目指すべきだ」と思い込んでいる、ということだろう。
「私はよく『できてないことを、先に心配するのはやめようよ』という話もするんです。それは仕事に対して熱心で、真面目に取り組んでいるということでもある。もちろん分かります。そういう人は、完全でない、未完成だ、という状況が不安なんですよね。だけど、相模屋くらいの規模の組織ならば、『未完の状態、それが私たちの完成形だ』くらいでいいと思っています。完璧に、100%を目指すのは、余裕がある大企業さんがやることで」
マネジャーは一度「5割でいい」と言ってみては?
こうした「未完でいい、5割でいい、100%にとらわれるな」という考え方は、「次の課題へ早く行こう」と、セットになっている。
「物事の完成度を70%から100%まで上げたとして、その30%にはたいしておいしいところは残ってないと思います。なので50%まで一気に集中してがっとやる。そして、そうですねえ、70%くらいまではその勢いでそのまま行って、あとはもうすぱっと切る。『こことこことここがまだ残っている』と言われても、もうそんなのどうでもいいから次行こう、と(笑)」
速度優先で割りきって、そして、次のおいしい50%を取りに行くわけだ。
「改善活動もそうです。改善目標を100%達成して出せるだけ利益を出そう、という考え方もありますが、70%ぐらいで、うまみのある成果はほぼ取れている。80%、90%に押し上げるためにものすごく頑張るくらいなら、別の改善に手を付けたほうがいいんじゃない? そんなふうに考えようよ、と。これが『ジオングに脚を付けるな!』で言いたいことですね」
別の見方をすれば、人は「今やっている、慣れていることを続けたい」という現状維持バイアスがかかるもの。完成度を上げる、ということを理由に、新しいことに挑まない自分を正当化してしまいがちだ。
だが、そこで「5割でいい」と言われれば、「けっこう何でも、やってみようかな、という気になるし実際に、できちゃうものなんですよ」。
つまりこれは、新分野へのハードルを下げ、やる気を引き出すおまじないなのだ。
こういう感覚は、鳥越社長が前職の雪印乳業(現在は雪印メグミルク)に勤めていた時代には持てなかった、という。「やっぱり大企業のサラリーマンでしたから、割りきるのは難しかった。進捗を聞かれて、5割で次に行きます、とはなかなか上司には言えませんでした(笑)」
経営者という、自分で「5割でいい」と言える立場になって、初めて気づいた考え方、とのことだ。「効果抜群なので、経営者やマネジメントの方は一度、『ジオングに脚を付けるな=5割で十分だ』と、言ってみてはいかがでしょう」
【日経BOOKプラス限定公開】
本記事に関連する箇所を書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』から抜粋してお届けします(120~122ページ)。当該部分は第4章の前半。「5割でいい」の意味が明快となる「弱者の戦い方」について。
大きな課題は「局地戦の連続」と考えればいい
鳥越:弱者の戦いとは何か。答えは局地戦です。時間、場所を限定して、知恵と工夫と限られた戦力の総動員で勝つ。
── いや、でも、御社は日本一の豆腐メーカーですよね?
鳥越:業界の中では大きいですし、なんだかんだと新しいこともやっています。だけど、食品業界の一流企業さんと比べれば、しょせんは小さい企業です。あれもこれも、リソースが足りていない。
── ですか。
鳥越:社員の数が多いわけでもないし、東大出のエリートさんがたくさん入社してくれる企業でもない。生産設備も整えてはいますが、大手の食品会社さんの比じゃないし、商品開発の技術力も知れています。
── だから完璧を期さずに「5割」で見切るんですね。
鳥越:そうです。「ジオングに脚を付けるな」で、早め早めに攻めて、早め早めで見切る。何らかの課題に挑む際も同じです。戦力は限られているから、素早く、そして集中させないと勝てない。場所、目的を限り、ほかは全部捨てるくらいに集中することで、「ある時、ある場所」に限れば、我々でも最強になれるんですね。逆に、完璧にやろうとしたり、「あれも、これも」と総力戦でやると負けちゃう。豆腐メーカーが相手ならわかりませんけれども、大手さんと正面から戦うのは避けたい。
そういう前提で戦うんだよ、ということで、「我々はランバ・ラルのようなゲリラ屋だ」とよく言うわけです。とにかく局地戦に持ち込め、そうしないと勝てないぞ、って。
── なるほど。局地戦というのは実際のビジネスで言うとどういうことになるんですか。局地戦に持ち込めないことって、ないんでしょうか。
鳥越:たとえば企業再建ですと、「製造も営業も内部管理もぜんぶガタガタだ」という場合もあって。
── 満身創痍になっている。局地戦どころか総力戦になりそう。
鳥越:後で聞いたら、行った先の社員の人たちも「このぐちゃぐちゃの会社をどうするつもりなんだろう」と言っていたらしいです。なんですけれども、これをなんとか局地戦に持ち込む。やらなきゃならない山積みのことに優先順位を付けて、各個撃破していく。順序さえ付ければ、全部、局地戦じゃないですか。
── 優先度の低いものは後回し、そして対策も、5割できたら次に行くわけですね。

(次回に続く)
[日経ビジネス電子版 2024年3月8日付の記事を転載、一部情報を追加]
「前年比」「利益率」などの数値目標がない会社が「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。2012年に「ザクとうふ」で話題を呼んだ相模屋食料だ。率いるのは当時雪印乳業の「営業マン」だった鳥越淳司社長。普通の会社員が会社を燃える集団に変えていった20年間を、本人の言葉で語ります。
山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)
●本書の内容をさらに詳しく知りたい!という皆さん、日経BOOKプラスにて「はじめに」と「もくじ」も公開しております。
