新刊『 妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話 』の著者、編集Yこと山中浩之氏が日経ビジネス電子版で始めた連載「数字で縛ればやる気が逃げる」。自著の取材を振り返りながら、あれこれ考えを深めていくコラムを日経BOOKプラスでも転載させてもらうことになりました。とても面白い記事なのでぜひ読んでいただきたいのですが、せっかく「本の情報」を発信する当サイトですので、元記事には収録されていないオリジナルコンテンツとして、記事の関連箇所を書籍からたっぷりめに抜粋して掲載します。本書の主人公たる相模屋食料の鳥越淳司社長と編集Yのテンポの良いやり取り。そこで明らかになっていく「数字の罠」とその飛び越え方。記事と共に、本の魅力もしっかりお伝えできれば幸いです。第1回は「数字の使い方」について考えます。(日経BOOKプラス編集部)
「数字につながらない仕事に意味はない」
会社員をやっていると、いつの間にかこんな言葉が常識のように思えてきます。
好きなことをやりたいなら、数字を出さないと。そんな意識で自分も長い会社員生活を過ごしてきました。いや、本当に。
経営者ならなおさらそう考えているはず。その思い込みが崩れたきっかけは、『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』という、ライトノベルのようなタイトルの本で、相模屋食料(群馬県前橋市、以下、相模屋)という日本最大手の豆腐メーカーを取材したことでした。
相模屋は2007年に鳥越淳司氏が社長に就任した当時は年商70億円程度の規模でしたが、今期(24年2月期)の売上高はグループで400億円を見込んでいます。単価の安い、しかも市場全体はシュリンクしている大豆加工食品で、急激な成長を果たした理由は何か。新製品か、マーケティングか、営業か、生産か、それとも。
答えはその全てで「社員を数字で管理しない」ということでした。
売り上げ目標も損益責任もなし
相模屋は社員約900人、大企業というサイズではありませんが、それでも全国に市場を広げる業界トップの企業であり、いわゆる「家族的な経営」でマネジメントできる規模ではありません。それでも「営業も、工場も、売り上げ目標や損益責任はありません」と鳥越社長は言います。
「数字で管理しようとすれば、どうしても数値をクリアすることそのものが目標になります。お客さまにとっていいか悪いか、会社としてやっていいことか悪いことか、が二の次になる。それは、確実に会社をダメにします。おとうふで言えば、『おいしいおとうふ』じゃなくて『利益率これこれの白い塊』をつくるようになる。そして、お客さまに見切られていくんです」
(注:鳥越社長の豆腐に対してのこだわりで、本人の発言では「おとうふ」としています)
そうしてダメになった企業をいくつも「もう数字は気にしなくていいから」と言い聞かせて、再建してきたことが、相模屋の急成長の支えにもなっていました。
経営に客観性を持たせるためのモノサシとして、数字は非常に重要です。でもマネジメントが使い方を間違えると、容易にやる気やモラルを破壊するツールにもなってしまう。
といって、「数字で縛らなければやる気が出る」というわけでもない。
マネジメントに携わる人は、数字とどう付き合っていくのがいいのか。数字が苦手な編集Yが考えてみたいと思います。
急成長の支えになったのは
まずはこちらのグラフを。
失われた20年とか、30年とかいわれている間にこれだけ売り上げを伸ばしている相模屋。相模屋、といえば「ザクとうふ」。ザクとうふから始まって、「ズゴックとうふ」「トリプル・ドムとうふ」、そして「百式とうふ」に至る、鳥越社長のガンダム愛あふれる「Gとうふ」シリーズがこの成長を支えたのか?!
「違います。ご存じの通りあれは私の趣味中の趣味で(笑)。今だから言いますが売り上げなんか眼中になくって。ただただ『すごいでしょ?!』と。商売じゃないんです、Gとうふは。大好きなガンダムで儲けようと思うなんて冒涜だ!くらいな感じでやっていました(笑)」
と、鳥越社長。急成長の理由は、12年から始まった救済M&Aラッシュにある。

12年5月の「デイリートップ東日本」(神奈川県川崎市)に始まって、今年(23年)9月にグループ入りしたばかりの「丸福食品」(大阪府枚方市)で、豆腐メーカーの救済M&Aは11社を数える。再建は順調に進んでおり、赤字を脱出できていないのは直近の2社のみだ。何年も赤字を続けていた会社が、早いケースでは5カ月程度で黒字に転じている。どういうやり方をしているのだろうか。
「やり方は全部違います。だけど、共通するところもありますね」と鳥越社長。「経営が悪化している豆腐メーカーは、ほぼ同じ道をたどって会社がおかしくなっている。だから、それを逆回ししてやればいいんです」
傾き始めた会社は、現場に「数字」を押し付ける
「だいたい会社って、傾いていきますと現場に対して数字ばかり言い出すんですね。たとえば生産効率がどうしたとか、ロス率がどうしただとか、歩留まりがどうしただとかです。PL(損益計算書)とBS(貸借対照表)を持ってきて、『これがこうでこうで、このコストがこうなっているから、もっと切り詰めて利益率を上げないとダメなんだ』みたいな話が始まるわけです」
経営指標を駆使して要求を出すのは当然にも思えるが、現場に数字で指示を与え、責任を求めると、何が起こるのか。
「何が起きるかと言いますと、一生懸命おとうふをつくっているはずだった人たちが、『白い塊(かたまり)』をつくるようになってくるんですね」
白い塊とは「重量約300グラム、水分含有率90%」の、大豆を原料とした直方体。つまり「数値としての物体」。それをいかに安く、効率よくつくるか、に意識がいくようになると、数値化できない「味」への意識が薄くなっていく。
「つくっているのはおとうふであって、数字じゃない。おとうふなんだから、お客さんに喜んでもらえるようにおいしくつくりたい、と、最初はみんな考えていたはず。だけど『ロス率』『原価率』でごりごり責められるうちに、目の前にあるのはおとうふじゃなくて、白い四角い塊になっちゃっている。Zガンダムでいう「地球の重力に魂を縛られた人たち」になってしまう。こういうことが、破綻した企業にはすごく多いんです。もともと実力があるメーカーでも、ちょっとしたつまづきで数字を意識し始めると、この罠にはまる」
数字の罠から脱出するには「ダメにしたやり方を逆回ししてやればいい」と鳥越社長は言う。次回以降、その具体例をご紹介する。

……ザクとうふの発売からもう10年以上。「『ガンダムじゃなくて、シャアザクでもなくて、量産型ザクというところがいいですね!』と、分かってくれたメディアの人は初めてです」と鳥越社長にうれしがられ、人も商品もあまりに面白いので「日経ビジネス電子版」の前身、「日経ビジネスオンライン」に相模屋の記事を書かせてもらったのは遠い昔だ(なので現在、記事はクローズされているのでした。ああ)。あの相模屋が、ここまで大きくなるとは当時は思ってもみませんでした。そして今も、この会社は相変わらず面白い。10年越しに追いかけてきた取材の総まとめ、よろしかったら読んでみてください。ガンダムがお好きな方ならばより楽しめるかもしれません。

【日経BOOKプラス限定公開】
本記事に関連する箇所を書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』から抜粋してお届けします(16~23ページ)。当該部分は第1章冒頭。経営者へのインタビューらしく「利益」をキーワードにスタートしたものの、早々に鳥越社長から「面白いほうが大事」、さらに「数字はどうでもいい」と矢継ぎ早にパワーワードが飛び出し、それに戸惑うどころかせっせと深掘りを始める編集Y。本書を貫く小気味よいやり取りの妙味、その一端をご賞味ください。「ガンダムのことは詳しくない」という方のために、文末に注を付けております。
「利益率は結果であって目標じゃない。面白いと思えることをどれだけやれるかです」── それができるなら苦労はない、と普通は思うところだが 目標数字を設定するのは、むしろ成長を阻害する、と鳥越社長は真顔で指摘する。「数字でコントロールすると、社員はすぐに『白い塊』をつくり始めるんですよ」
── よろしくお願いいたします。相模屋の売上高が急成長している大きな理由であるところの、救済M&Aからお話を伺います。相模屋は全国の中小豆腐メーカーをグループ化しているわけですが、売上高はともかくとして、利益面ではいかがでしょう。破たん寸前の会社を再建するとなると資金も人も必要ですよね。相模屋本体にとって、本当にメリットはあるんですか?
鳥越淳司・相模屋食料社長(以下、鳥越):はい。では利益の話からしますと、実はうちの利益率が一番高かった時代は、2010年代初頭なんですね。

── 年商でまだ100億円台前半のときですね。つまり、救済M&Aを手がけていない時代ということになります。
鳥越:今はどうかというと、売上高は当時の3倍になったんですけれど、営業利益は当時を下回ります。これって、もし私が上場会社の社長だったら、もう半狂乱になっていると思うんですけどね。
── 「売上高が水ぶくれして、利益率が下がっているじゃないか」と。
鳥越:はい。救済M&Aを始める前というのは、「ザクとうふ」のような商品は何もなく、第三工場でひたすらに木綿と絹(木綿豆腐、絹ごし豆腐)の味と、そして量産体制を磨いていた時期です。
── 仮にそのまま、木綿と絹の量産で、相模屋単独でずっとやってきたとしたら?
鳥越:もちろんそれはそれで意味があったと思うんです。でも売上高は100億円台、そうだな、150億円レベルで止まったでしょう。300億、400億なんか絶対いっていないです。利益率は高くなったかもしれないけれど、それじゃ何しろ面白くない(笑)。
── 面白くない、といいますと。
鳥越:たとえばいま稼ぎ頭になりつつあるいろいろな新製品も出せなかったし、地方のメーカーの再建もできなかったわけです。利益率が高い頃は、「自分たちだけがよければいい」という時代だったのかな、と思いますね。一方で「面白いことをやろう」とすると、市場を触発してお客さまが増えますし、業界も活性化しますし、技術力のある他業界の会社さんが「いいね、それ」と近づいてきてくださる。そうすると仕事がどんどん面白くなってくるわけです。
── 経営者が、利益率より面白いほうが大事、と言っちゃってもいいんですか?
再建を通して会社がダメになる理由が見えてきた
鳥越:はっきり言えば、「数字は目的じゃなく結果」ですし、「社長の自分が責任を取ればいいだけの話だ」と思ってます。面白いと思えることをやったほうが、自分も社内も燃えますし、それが成長につながるんじゃないかと。
── 2012年にザクとうふを出した頃が、ちょうどその、「利益率」から「面白さ」への転機だったんでしょうか。
鳥越:そうですね。そういえばYさん(編集Y、聞き手)とお会いしたのもザクとうふがきっかけでしたね。私のガンダム話[※注1]に食いついてくる初めての記者さんで(笑)。 12年は、初めてのM&Aでデイリートップ東日本(神奈川)を買収した年でもあります。
あの頃、業界はすでにかなり厳しい状況でしたけれど、あれから10年経ってさらに大変になっています。 しかも原料の大豆や燃料・輸送費も高騰して。
── ちなみに、新型コロナウイルス禍の影響はどうでしたか?
鳥越:新型コロナ禍と、政府が打った対策は、特に初期は食品業界には強い追い風になりました。外食が急減した分スーパーにお客さまがたくさんいらっしゃったので。その追い風が消えて、中小だけでなく業界の雄といわれてきた規模の会社にも影響が出ています。中小豆腐メーカーからの相模屋へのSOSも増えていまして、「助けてくれと言われたら、絶対行こう」という考えで、ここまでやってきました。
おかげさまで、デイリートップ東日本、秀水は2017年度、日本ビーンズは2022年5月で債務超過を解消、石川サニーフーズはもともと資産超過で7カ月で黒字化し、再生完了です。匠屋(旧・但馬屋食品)、京都タンパクは2019年度に黒字化を達成しています。丸山商店は20年度で黒字化、もぎ豆腐店はもともと数字的には問題がなく、日の出は2023年7月に黒字化。 ギトー食品は今頑張っています。今年9月に丸福食品の事業を継承して、11社目の再建が始まりました。
── 11社ですか。
鳥越:どんどん再建のスキームが……本当はスキームというようなかっこいいものじゃないんですけれども、できるようになってきましたね。京都タンパクは7年間赤字だったんですけれども、5カ月で黒字化ができました。だんだんスピードが速くなってきています。
── スキームと言われましたが、これは基本的にやり方は同じなんですか。
鳥越:全部違いますね。
── 全部違うんですか。「不幸の形は全て異なる[※注2]」というやつかな。
鳥越:企業の状況に合わせて(救済策を)やっていくんですが、経験を重ねるうちにいくつかのパターンに収斂(しゅうれん)しつつあります。一方で、全部に共通するやり方もありますね。
傾き始めると現場に「数字」だけが降ってくる
── 共通するやり方を教えてください。まずどんなことをやりますか。
鳥越:最初はもう直接、工場に行ってですね、閉塞感でいっぱいになっている人たちに対して……あのですね、だいたい会社って、傾いていきますと現場に対して数字ばかり言い出すんですね。
── 現場に数字ばかり言い出す、とは。
鳥越:たとえば生産効率がどうしたとか、ロス率がどうしただとか、歩留まりがどうしただとかです。PL(損益計算書)とBS(貸借対照表)を持ってきて、「これがこうでこうで、このコストがこうなっているから、もっと切り詰めて利益率を上げないとだめなんだ」みたいな話が始まるわけです。
そうすると何が起きるかと言いますと、一生懸命おとうふをつくっているはずだった人たちが「白い塊(かたまり)」をつくるようになってくるんですね。
── 白い塊。豆腐は確かに白い塊ではありますが。
鳥越:味よりも、「重量約300グラム、水分含有率30%の塊を大豆を原料に製造する」という意識になるんです。
── ああ、つまり「数値目標を満たせば味はどうでもいい」という意識になるってことか。
「豆腐」をつくりたいのか、「白い塊」をつくるのか
鳥越:元々工場の人たちは「おいしいおとうふをつくりたい」と思っていたはずなんですよ。それが毎日「ロス率が」「原価率が」とか言われるので、いつの間にか数値目標に呪縛されていきます。目の前にあるのはおとうふじゃなくて、ロス率何パーセントの白い四角い塊、そんな感じになっちゃっていることがすごく多いんですね。いわば「地球の重力に魂を引かれた人たち[※注3]」になってしまう。
── 自らのつくりたいものを忘れて、目先の数字しか見えなくなると。
鳥越:私がそうした会社に行って工場を見に出ようとすると「まずご説明を」と、管理系の人がすぐ寄ってきて、事務所で説明を始めるんですよね。「この数字がこうでこうで」と。
── ありそうですね。どう対応するんですか。
鳥越:「あ、数字はどうでもいいです」と言います。「だってつまりは悪いんでしょう、赤字なんでしょう、だからうちに話を持って来られたんでしょう」と。
── そりゃあ、そうですね。
鳥越:数字とそれが意味するところは、後で自分で把握します。けれども、まずは工場です。私は基本的に再建中の会社では工場にしか行きません。工場に行って現場の人と話をして、ラインを見て、どうやったらおいしいものができるか、もっとおいしくするにはどうするかを考えています。 そして、おいしいおとうふをつくる答えは必ず工場で見つかるんです。
※注2 トルストイの『アンナ・カレーニナ』冒頭。「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」(トルストイ著、岩波文庫、1989年)。なぜか日経の記事にはこの引用がドヤ顔でよく行われ、筆者も一度使ってみたかった。
※注3 「地球の重力に魂を引かれた人たち」はテレビアニメ「機動戦士Zガンダム」(1985年初放映)に頻出する言葉。従来の考え方や既得権益に強く囚われた人々(劇中では、宇宙時代に適応せずに地球の都合を最優先しようとする地球連邦の特権階級、指導者層)を指す。
(次回に続く)
[日経ビジネス電子版 2023年10月20日付の記事を転載、一部情報を追加]
「前年比」「利益率」などの数値目標がない会社が「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。2012年に「ザクとうふ」で話題を呼んだ相模屋食料だ。率いるのは当時雪印乳業の「営業マン」だった鳥越淳司社長。普通の会社員が会社を燃える集団に変えていった20年間を、本人の言葉で語ります。
山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)
●本書の内容をさらに詳しく知りたい!と思われた皆さん、日経BOOKプラスにて「はじめに」と「もくじ」も公開しております。

