戦後の洋装化からディオール旋風。そしてアイビールック、DCブランド、ストリートファッションまで。昭和のファッションは産業を超え、人々を魅了する文化になった。戦後のファッションの歴史をたどる。豊富な写真やイラスト、マンガで激動の100年を振り返り、現在や未来につながる原点を明らかにする日経ムック『昭和100年 令和に活きる日本の強さ』から抜粋・再構成した。
神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授
東京藝術大学美術学部芸術学科卒。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。専門領域はファッション文化論・表象文化論。メディアにおけるイメージ・言説の分析を通じて、近現代のファッション文化を考察している。著書に『 日本ファッションの一五〇年 』(吉川弘文館)など。(写真:佐伯亜由美)
戦後、洋服への切り替えが一気に進む
「昭和のファッションの歴史を俯瞰(ふかん)してみると、最も大きな転換点といえるのは、多くの日本人が日常的に洋服を着るようになったことでしょう。着物から洋服への切り替えが一気に進んだのが、戦後でした」と話す平芳裕子氏。
明治以降、西洋化が進み、男性の洋装化は仕事着や軍服など国家的な動きとして早い段階から進んだ。しかし、家で家事や育児をする多くの女性には日常着の着物で十分。洋服をすぐに取り入れる必要性はなかったのだ。
「ただ、洋服への思いはあり、大正時代から洋装をする女性たちもいました。ただし既製服はまだなく、着たい人は自分でつくる、ということで、洋裁学校が人気になりました」
モンペをはいて目覚めた日本女性たち
戦後、女性の洋装化が一気に進む大きな要因となったのは、実は戦争中の経験だったという。
「戦時下で女性も男性の代わりに働かなければならないというときに、着物ではやっぱり不便。そこでモンペが着られるようになりました。着物を解体してつくるこのズボン型の服はとても動きやすいものであり、ここで日本の女性たちは、服装を通して身体の活動性というものを自覚することになります」
戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の統治下で米国の文化を通して、ヨーロッパのファッションも日本に入ってくるようになる。洋服を着てもいいんだ、という時代になって、女性たちは着物よりも、より活動的な洋服を選んだ。
洋服を着たいと望む女性の多くが洋裁学校に集まり、知識や技術を身につけて洋服を着るようになった。昭和27年(1952)、サンフランシスコ講和条約が発効し、GHQが去ると、パリのファッション情報が日本に直接流入し始める。そこで起こったのが、ディオール旋風だ。
「昭和28年(1953)、百貨店の大丸と繊維会社の鐘紡がパリのデザイナー、クリスチャン・ディオールのデザインを日本で制作・販売する権利を取得。日本でディオールの服が買えるようになりました。戦中と戦後の復興の時代にモンペをはいて頑張ってきた女性たちは、ぜいたくに布を用いたHラインやAラインのスタイルを見て、ファッションへの夢や憧れを大いにかき立てられました。百貨店で買えない人は洋裁学校で服をつくって着る。こうしてオートクチュールのエッセンスを盛り込んだファッションを身につけた女性たちが軽やかに街中を歩くようになりました。
男性服においても、戦後、おしゃれなスーツスタイルが進んでいきました。デザイナーの石津謙介さんが設立したブランド『VAN』はアメリカンカルチャーを取り入れたトラディショナルなスタイルを浸透させ、1960年代にはアイビールックを日本に紹介して一大ブームを巻き起こしました」
欧米で活躍するデザイナーが続々登場
1960年代以降、若者が既製服を買って流行を楽しむ時代になると、洋裁学校はデザイナーを育成するファッション専門学校へと変わり、多くの才能あるデザイナーが育っていく。
「高田賢三さんは64年に渡仏し、日本の着物や世界の民族衣装をモチーフにしたデザインを展開。70年にはフランスのファッション雑誌『ELLE』の表紙を飾りました。三宅一生さんは71年にニューヨーク、73年にパリでファッションショーを開催。森英恵さんは77年に東洋人で初めてパリのオートクチュール組合への加盟を認められました。三宅一生さんは75年に日本で初めてヨーロッパの本物のオートクチュールのドレスを美術館で紹介した『現代衣服の源流展』を開催することに貢献した人でもあります。そのころから“ファッションはもはや産業ではなく文化だ”といわれるようになりました。ファッションを文化として捉える道筋が開かれ、それが現代につながっているのだと思います」
80年代も川久保玲や山本耀司など欧米のファッション界に大きなインパクトを与えるデザイナーが次々に活躍。バブル絶頂期に若者がDCブランドを追いかける一方で、竹の子族や90年代以降の裏原ファッションなど、昭和の終わりから平成にかけて、ストリートから新たなファッションの潮流も生まれていく。
「その1つ、ロリータファッションは、今も海外で注目を集めています。2000年代以降はファストファッションもブームに。一方で、大量生産・大量廃棄による搾取労働や環境汚染などの問題も出てきており、反省もされています。現在は流行が細分化され、ファッションが自己表現の1つにもなっています。昭和元年から100年、これからの100年をよりよく生きるために、私たちが着ているものを軽視せず、どういう歴史で日本人が服を着てきて、今、自分が着ている服がどういうふうにしてつくられているのか、そのような部分に想像力を働かせることがとても重要ではないかと思いますね」
取材・文/牧野容子
日本経済新聞出版編/日本経済新聞出版/1980円(税込み)




