日本の伝統文化である相撲の起源は神話の時代にまでさかのぼる。長い時を経てその伝統は受け継がれ、昭和の時代には精神性、技術、文化的な背景が深く根付いていた。豊富な写真やイラスト、マンガで激動の100年を振り返り、現在や未来につながる原点を明らかにする日経ムック『昭和100年 令和に活きる日本の強さ』から抜粋・再構成した。

【うかがった人】
藤井康生
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藤井康生(ふじい・やすお)
フリーアナウンサー
1979年にNHKに入局。主にスポーツ放送(大相撲、競馬、水泳、メジャーリーグ、オリンピックの実況中継など、約30種)を担当。2022年にNHKを退局し、フリーアナウンサーとして活動。日本相撲協会記者クラブ会友、JRA日本中央競馬会記者クラブ会友。近著に『 粋 北の富士勝昭が遺した言葉と時代 』(集英社)がある。(写真:藤井さん提供)

666日連続満員御礼の記録を樹立

 戦後の混乱期を経て、ラジオやテレビの普及とともに大相撲は国民的な人気を集めた。この人気を支えたのは大鵬、北の湖、千代の富士などの名横綱たち。そして、それぞれに好敵手が存在したことも大相撲の人気に拍車をかけた。

 「栃錦と若乃花がしのぎを削った『栃若時代』、大鵬と柏戸の『柏鵬時代』、北の富士と玉の海の『北玉時代』から輪島、北の湖の『輪湖時代』を経て、千代の富士の時代に移ります」と昭和の大相撲を振り返るのは、放送席から数々の名勝負を実況した藤井康生氏だ。

 けがに悩まされた千代の富士は、力任せではなく、肉体改造により独自の相撲スタイルを確立。筋肉の鎧をまとったスーパーヒーローには、ライバルと呼べる存在がいなかったため、「○○時代」という呼び名はされなかったが、誰もが認める歴史に残る“小さな大横綱”となった。

 千代の富士の引退が近づいた頃、貴花田と若花田(後の貴乃花、若乃花)という2人のスターが登場した。年間90日の興行で、666日連続満員御礼という記録を打ち立てた“若貴ブーム”の到来だ。ハワイから来た小錦、曙、武蔵丸といった外国人力士との対決構造も相まって、大相撲の人気はピークに達した。

大相撲の地図を大きく変えたモンゴル勢力

 平成4年(1992)に当時の大島部屋に旭鷲山ら6人が初のモンゴル出身力士として入門。その後、彼らに続くように、朝青龍や白鵬といった、相撲史に名を刻む偉大な力士たちが次々と入門し大相撲の歴史を大きく動かした。

 「経済格差のため、モンゴルで相撲をするよりも日本の大相撲で成功するほうが得られる報酬は圧倒的に大きい。『強くなって稼ぎたい』とハングリー精神を持ったモンゴルの力士たちは、もともと運動能力が非常に高く、努力も惜しみませんでした」

 その結果「モンゴル出身力士の時代」と呼ばれるほど、横綱や大関の多くをモンゴル出身力士が占めるようになる。彼らの活躍は日本人力士に刺激を与え、大相撲のレベルアップに貢献した。その半面、日本人力士の育成や伝統的なしきたりが軽んじられるといった課題も生み出した。

 「さらに懸念するのは力士の体の巨大化です」と藤井氏。かつて100kg台だった横綱がいた時代とは違い、今や平均160kgを超える力士が当たり前になった。これにより、けがや内臓系の病気が増え、稽古(けいこ)の量も減っているのだ。

 「体が大きくなり過ぎたことで、昔のような“まわしを取って投げ合う”ような技の応酬が減り、『押し出し』や『はたき込み』といったあっけない決着が増えました。土俵の大きさは変わらないのに、力士の体が大きくなったことで相撲の総体的な面白さが失われていると感じます」

藤井さんが場所ごとの勝敗や対戦相手、決まり手などを書き込んだ力士カード(写真:藤井さん提供)
藤井さんが場所ごとの勝敗や対戦相手、決まり手などを書き込んだ力士カード(写真:藤井さん提供)
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 ところが現在、大相撲は過去の若貴ブームに引けを取らないほどの人気を博している。大きな要因はインバウンドの影響だ。現在の大相撲人気はその内容よりも、異文化体験としての魅力によって支えられている側面は否めない。

 「海外の若者が夢を抱いて日本の相撲界の門をたたく。いわば大相撲は憧れのメジャーリーグなんです。インバウンドにより人気が高まっている今こそ、力士の身長と体重の割合、例えばBMI(体格指数)などの数値で上限を設けるなど、長期的な視野で対策を打つ必要があると思います」と相撲愛があるがゆえの課題を指摘する藤井氏に、記憶に残る名勝負を尋ねた。

 「貴花田と寺尾の取組です。その激しい一番は今思い出しても胸が熱くなります。単に若きスーパースターとたたき上げの意地がぶつかり合っただけでなく、そこには深い人間ドラマと、大相撲本来の面白さが凝縮されていました。このように人の心に深く残る大相撲が永遠に続いてほしいと願っています」

取材・文/永浜敬子

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日本経済新聞出版編/日本経済新聞出版/1980円(税込み)