スタートアップがIPOやM&Aなどのエグジットにたどり着くまでには、どのような過程をたどり、どんな障害を突破する必要があるのか。投資家や起業家、法務・ファイナンス担当者の必携ベストセラーとなった初版を増補改訂した『スタートアップ投資ガイドブック 第2版』(小川周哉、竹内信紀編著、林雄亮、田中真人、松永耕明、彈塚寛之、松村英弥、金澤久太、藤森裕介、八尾理菜、永峰太郎著)から一部を抜粋・再構成する。第1回は、第2章からスタートアップの成長ステージについて解説する。

投資家にリターンをもたらす仕組み

 スタートアップは、起業家が「これは」と思うアイディアを思いついた時に始まるストーリーといってよいだろう。

 ただ、その時点では、まだ世の中に出ているわけではなく、その起業家の中だけで生存しているような段階だ。

 その後、そのアイディアが世に出ることもあれば、残念ながらそうならないこともあるかもしれないが、このような意味でのスタートアップのきっかけは、日々無数に生まれていると言っても過言ではない。

 では、このようなスタートアップが実際に動き始めるタイミングとは、いつなのだろうか。実はこれを正確に表現するのは難しいが、わかりやすいポイントとしては、やはり会社を立ち上げた段階ではないかと思われる。

 もちろん、会社を立ち上げずに「起業」をしていると評価されるべき人も相当数いる。しかし、本書で扱うスタートアップは、ベンチャー・キャピタル(VC)をはじめとする投資家から多額の資金を集め、その資金を利用して一気に成長し、事業の拡大を目指すとともに、IPOやM&A等のエグジットを通じて投資家に対して利益を還元する起業家のことを意味している。

 このように投資家から多額の資金を集め、投資家に対しエグジットを通じて利益を還元するためには、会社形態にすることが必須であるし、むしろ、起業家側のリスクヘッジの観点からも、自分自身とは切り離した法人としての会社を設立し、その会社を使って投資を募り、事業を拡大していくべきと言える。

 これは、このようにしてリスクを起業家個人からできる限り分離しなければ、通常そのリスクは大きすぎて個人で背負い込みきれるものではないこともあり、スタートアップのエコシステムに欠かせないスタートアップそのものを始めようとする人材がいなくなってしまうからでもある。

スタートアップのライフサイクル

 このようにして会社の設立というイベントを通じて産声をあげたスタートアップは、その後、どのような人生を歩んでいくのだろうか。

 もちろん、人間がそうであるように、スタートアップもそれぞれに人生は異なる。もっとも、一般的には、図表2-1にあるような成長曲線をたどりつつ成長を遂げていくと言われている。

 そのライフサイクルをおおまかに分類すると、①シードステージ、②アーリーステージ、③レイターステージ、④エグジットステージ、⑤その後、といった各段階に分類できるとされる。

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最小限の資金で「死の谷」を越えていく

 スタートアップのごく初期の段階(シードステージなどと呼ばれる。最近ではさらに細分化し、「プレ・シード」と呼ばれるステージも存在しているが、ここではひとくくりに「シードステージ」と呼ぶ)では、自己資金や家族・友人からの資金、さらには、エンジェル投資家と呼ばれる個人を中心とした投資家から得られる比較的少額の資金を利用して、自身のアイディアをプロダクトとして世に出し、最初の実績(トラクション)を作っていく。

 起業のアイディアを「孵化」させることを助けてくれるインキュベーターと呼ばれるプレイヤーにサポートを受けることもあれば、もう少しアイディアが具体化している段階であれば、各種のプログラムやメンタリングを通じてアイディアの事業化を「加速」させてくれるアクセラレーターと呼ばれるプレイヤーのサポートを受けることも多いのが、この段階である。

 このような段階におけるスタートアップは、通常、売上げなどの安定した収益は望めない。

 むしろ、必要最小限のリソースを使いつつ、必要最小限の投資を受けてアイディアを形あるものに昇華させる段階であるため、収益という観点からすると、ひたすらマイナスが続き、「谷」のような形を描くことになるのがこのステージである。

 この「谷」のことを、伝統的なスタートアップ業界では「死の谷」(Valley ofDeath)と呼んでおり、この谷を登り切れず文字どおり「死」を迎えるスタートアップの数も相当に多い。

「次」へ進める確率は10~20%

 死の谷を無事越えることができたスタートアップが、自身のプロダクトを基に徐々に実績(トラクション)を積み上げ、少しずつ収益を獲得していく段階をアーリーステージという。

 このステージになると、プロダクトの方向性も大きくは固まっており、プロダクトを利用してくれる顧客も増え始める。

 しかし、その一方で、まだその収益が会社を支えていくには足りない。会社の運転資金は、引き続き外部の投資家から調達する資金に頼ることになる。

 そのような資金ニーズを満たすために、一般的には、シリーズAやシリーズBといった形で、数億円から10億円前後の資金調達が行われる。

 この段階になると、そのスタートアップは、一応「死の谷」を越えてはいることが多い。しかし、だからと言って安心していられるわけではない。

 米国のスタートアップの資金調達動向のデータを基に分析した結果、シードでの資金調達を行ったスタートアップがシリーズAに行ける可能性は10%から20%程度であり、その後、シリーズAからシリーズBに行ける可能性はさらに10%から20%であるという報告もある。また、シリーズAからシリーズBまでの期間の長期化が進み、2023年5月末時点のデータで、中央値で26ヶ月、平均値で31ヶ月に達しているという報告もある1

 近年のスタートアップにおける資金調達環境の厳しさや、それを乗り越えるためのフラットラウンドやブリッジファイナンスの存在が影響している可能性もあるが、いずれにせよ、スタートアップを成長させていくということは、簡単ではない。

成長を加速し事業を拡大

 次に、「ミドルステージ」を含む成長・成熟のステージをまとめて整理する。

 そもそも、シードステージもアーリーステージもミドルステージもレイターステージも実際には明確に区別ができるわけではなく、「これを行ったら○○○期」といった明確な区分けがあるわけでもない。

 ただ、一般に、以下のような印象で捉えられることが多いだろうか。

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 ミドル・レイターまで至ると、プロダクトは一定の完成を見ている段階にある。アップセルや対象顧客の拡大などには挑戦が続くが、顧客もそれ相応に、あるいはかなりの数ついていることも多い。

 そのため、特にレイターでは、自身が得る収益で事業を回そうと思えば、一応は回していくことができる場合もそれなりにあるように思われる。SaaSのように、プロダクトが確立された後レイターステージに至っていると考えられる状況でも、決算上は赤字が続くケースもあるため一般化は難しいが、通常はいわゆる「黒字化」が果たされている状況というニュアンスに近いかもしれない2

2:短期的な黒字化を目指してほしい投資家と、短期的な黒字化は無用とさらなる成長を求める投資家で、スタンスが明確に分かれてくるのはミドル期以降である。このスタンスの差が諸々の場面に大きな影響を与えることも少なくない。

 もっとも、ミドルはもちろんのこと、レイターに至っても、引き続き外部の投資家から資金を募ることは少なくない。特に近時は、国内でも、レイターステージのスタートアップに対して大きな金額を投資するVCも登場している。国際的な様相に近づき、多様な資金が確保されつつある状況と言えるだろう。

IPOやM&Aによるエグジットへ

 スタートアップは、外部の投資家から資金を集め、それを糧に事業を拡大していく。

 このことは、スタートアップは、外部の投資家に対して、一定の時期に投資の成果を確定させ、リターンを提供しなければならない義務を負っているということにほかならない。

 もちろん、その義務が法律上の義務かと言われるとそうではないし、契約書に「いついつまでに必ずリターンを提供しなければならない」義務として書いてあるかと言われると、そうは書いていない例がほとんどだろう。

 しかし、外部の投資家から資金を調達するということは、その投資家に対して成果を確定させる義務を負うということである、ということは、「書かれざる当然の前提」である。このことを、スタートアップは肝に銘じなければならない。

 その成果として、もちろん「成功」という成果を戻せるに越したことはないが、失敗だって当然ある。

 むしろ、失敗のほうがはるかに多いのがスタートアップの特徴であり、会社を閉じて(=解散・清算して)失敗を確定させる、ということも、また一つのエグジットであると言えるのかもしれない。

 通常の意味での「エグジット」は、スタートアップが順調に成長し、その成長に寄与してくれた投資家にいよいよ「投資のリターン」を与えるイベントを意味している。

 そのイベントの典型的な例として挙げられるのが、買収(M&A)と上場(IPO)である。買収(M&A)は、スタートアップを支配下に収めることを希望している第三者に、通常はスタートアップの株式の全部を取得してもらう取引のことであり、株式譲渡(Stock Purchase)や合併(Merger)といった手法を通じて実現される。

 株式譲渡(Stock Purchase)や合併(Merger)は、もちろんタダで行われるわけではない。買い手と売り手(株式譲渡であれば株主、合併であればスタートアップ)が合意した対価が、買い手から売り手(厳密には、合併の場合にはスタートアップの株主)に対して支払われることになる。スタートアップに対して投資をしていた投資家は、この対価を通じて、リターンを得ることになる。

 他方で、上場(IPO)というのは、平たく言えば、スタートアップが発行している株式を誰でも売り買いできる状態にすることである。

 つまり、日本のスタートアップであれば、多くは東京証券取引所が運営するグロース市場に、米国のスタートアップであればNew York Stock Exchange(NYSE)やNASDAQといった証券取引所と呼ばれるマーケットプレイスに、スタートアップが自分の株式を取り扱ってもらうこととし、誰でもそのマーケットプレイスを通じてそのスタートアップの株式を売買できるようにすることを意味する。そのスタートアップに投資をしていた投資家は、自身が保有するそのスタートアップの株式を市場で売却し、リターンを得ることができる。

(写真:bizvector/stock.adobe.com)
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スタートアップに対する投資と契約、そして投資を受ける企業のためのガイドブックとして、起業家や投資家はもちろん、法務・ファイナンス担当者などプロの必携書になったベストセラーを増補改訂。最新の動向やデータを踏まえてアップデートしたほか、アジア、欧州、中東、アフリカなど世界のスタートアップ情報を追加。

小川周哉、竹内信紀(編著)、林雄亮、田中真人、松永耕明、彈塚寛之、松村英弥、金澤久太、藤森裕介、八尾理菜、永峰太郎(著)、日経BP、4620円(税込み)