大企業がスタートアップと付き合おうとすると、なぜ「すれ違い」が起こるのか。投資家や起業家、法務・ファイナンス担当者の必携ベストセラーとなった初版を増補改訂した『スタートアップ投資ガイドブック 第2版』(小川周哉、竹内信紀編著、林雄亮、田中真人、松永耕明、彈塚寛之、松村英弥、金澤久太、藤森裕介、八尾理菜、永峰太郎著)から一部を抜粋・再構成する。第2回は、第7章からスタートアップと大企業の違いについて、文化や環境の面から解説する。

大企業からすれば「次元の異なる世界」

 スタートアップのエコシステム、すなわちスタートアップが生息している環境は、大企業である事業会社からすれば、次元の異なる世界とも言える。例えて言えば、見知らぬ外国に突然放り込まれたような感覚に近いかもしれないし、もしかすると地球外に足を踏み入れたようなものかもしれない。

 分かりやすい比較的些末な例で言っても、なぜ稟議がないのか、なぜ見積書のフォーマットが毎回違うのか、なぜfacebookメッセンジャーで仕事の重要な連絡をしてくるのか、なぜ重要なミーティングを直前に「他のミーティングが入った」とキャンセルするのか、なぜ優先度の低い事項は「まったくやらない」のか。

 こういったスタートアップの性質を踏まえ、長く付き合っていくためには、まずはその世界での生活様式や常識を理解することが必要である。このことは、誰もが一般論としては理解しているところだろう。

 一方、「ビジネスの相手を知る」ということは、簡単に抽象化すれば当然とも言えることであるものの、頭で理解していてもなかなか行動に移せるものではないし、現に移すことができない大企業も多く存在する。

 その理由の一つに、大企業側において、スタートアップの文化や環境を正確に把握できていない、正確にそれを把握する手段がない、という点が挙げられるように思われる。

スタートアップという生き物の特質

 大企業とスタートアップとの違いは何だろうか。

 新規性、イノベーション、少数精鋭、即断即決等々、彼らと大企業の差を説明する言葉には枚挙に暇がない。

 しかし、このような「違い」を生む源泉となっており、大企業と最も大きく異なる点は、その事業体としてのモデルではないだろうか。すなわち、「VCをはじめとする投資家から多額の資金を集め、その資金を利用して一気に成長し、事業の拡大を目指すとともに、IPOやM&A等のエグジットを通じて投資家に対して利益を還元すること」というモデルの下で取り組まれるスタートアップと、そうではない大企業の差こそが、両者の間に最も分かりやすい差異をもたらす点ではないか、と筆者は思う。

 言い換えると、スタートアップという生き物を理解するためには、スタートアップが採用するこのモデル(仕組み)が彼らにもたらすものを理解しなければならない。それは、投資家に対して一定の時期までに投資の成果を確定させなければならない(そして願わくばリターンを与えなければならない)事実上の義務を負っているということであり、この義務を果たすために、スタートアップが常に二つの時間軸からプレッシャーを受け続ける、という事実である。

 すなわち、スタートアップは事業上のキャッシュフローを前提に事業計画を描いていないから、「次の資金調達までの期間」を見誤ると即座に倒産状態に陥ることも珍しくない。この意味で、スタートアップは、資金調達計画を含めた資金繰りという時間軸によるプレッシャーにさらされている1

1:米国のスタートアップにおける標準的な資金調達の間隔は1年強から2年弱程度、日本のスタートアップではこれより少し短い間隔という認識が一般的なように思われる。資金調達を行ったスタートアップは、その資金を用いてこの期間内に自身の評価額を十分に上げるだけの成果を出し、次の資金調達に臨む必要がある。

余計なことをやっていてはならない

 また、米国のスタートアップが初めてVCから投資を受けてエグジットするまでの平均の期間は、買収(M&A)であれば5.8年、上場(IPO)であれば6.9年程度であり、スタートアップは、このような短い時間軸の間に自身のバリューを最大化し、投資家にリターンを提供する必要がある。

 スタートアップは、このような2本の時間軸に縛られつつ、会社のバリューを最大化するために加速度的に成長することを求められている存在であり、安定的成長を目指し確立したビジネスを持つ事業会社とは異なる生き物だという認識が必要である。

 端的に言えば、スタートアップは「余計なことをやっていてはならない」のであり、「他の時間軸で動いている人に合わせて動くことはできない」のである。

Give & Take

 このように、スタートアップは、資金調達とエグジットという二つの観点から時間的な縛りを受けている存在であり、「余計なことはやっていてはならない」人たちだと思う必要がある。

 そのようなスタートアップと付き合うにあたっては、まずは自分から何か価値のあるものを提供することが必要である。

 もっと言ってしまえば、スタートアップのエコシステムというまったく別次元の世界に入ろうとしている大会社としては、積極的に自分たちから価値を提供して、彼らの関心を引くことすら求められる場合もあることを受け入れる必要がある。

 シリコンバレーというスタートアップのエコシステムにおいて、スタートアップときちんと付き合うためには、「Give and Take」という発想が必要だという言説を聞いたことのある人も多いと思う。

 「Give and Take」とは、自分自身が何かの価値を提供し、それの見返りに何か別の価値を得ることを指している。ごく単純なことであり、原始的な「物々交換」に近い発想であるが、このような単純な取引こそがスタートアップと付き合う際には必須の条件となる。人によっては、「シリコンバレーでは、最初は、Give and Give が正しい」と言うことすらある。

なぜ時間を遣うのか?

 例えば、通常のスタートアップは、日本的な「表敬訪問」のようなものを嫌う。より正しく表現すれば、ただ挨拶をするために時間を遣う、という感覚を理解できない。ミートアップで名刺交換をしたスタートアップに対し、ミーティングの設定を求めたとしよう。スタートアップ側は、必ず「何かビジネスの話かな」「出資したいのかな」と考える。

 このようなスタートアップに対し、「挨拶に来た」「どのようなことをしているのかもう少し詳しく聞きたかっただけ」というのでは、なぜ時間を遣うのかを理解してもらうことは難しい。このような「入り口」のギャップが埋まらず、その後に良い関係が築けないことは珍しいことではない。特に、海外のスタートアップとの間でコミュニケーションを図る場合には、十分に注意したい。

(写真:nito/stock.adobe.com)
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スタートアップに対する投資と契約、そして投資を受ける企業のためのガイドブックとして、起業家や投資家はもちろん、法務・ファイナンス担当者などプロの必携書になったベストセラーを増補改訂。最新の動向やデータを踏まえてアップデートしたほか、アジア、欧州、中東、アフリカなど世界のスタートアップ情報を追加。

小川周哉、竹内信紀(編著)、林雄亮、田中真人、松永耕明、彈塚寛之、松村英弥、金澤久太、藤森裕介、八尾理菜、永峰太郎(著)、日経BP、4620円(税込み)