『 この保険、解約してもいいですか? 』(日経BP)を刊行。有料の保険相談を長年、続けてきた後田亨氏が「貯蓄の取り崩し」を嫌って、医療保険に入る心理を考察。行動経済学のプロスペクト理論が当てはまるという。
前回の記事「競馬・宝くじと比べれば明快 生命保険は行動経済学的に不合理」で、保険商品の設計などを手がけている、ある保険計理人の発言をご紹介した。要約すると「保険でお金を用意すると費用が高くつくので、入るとしたら、世帯主の死亡保険くらいに限定するほうがいい」と言われたのだ。保障目的の保険では、保険料のうち、保険会社の経費や利益になるお金の割合が、競馬の約25%より高く、宝くじの約55%より高い例もある。保険にあれこれ入ってしまうと、損しやすいということだ。
実際、筆者が知る限り、保険に明るい保険会社の内勤部門の人たち――いわば、保険のプロともいえる人たち――は、保険の利用を「世帯主の死亡保険くらいに限定」していて、利用する期間も子育て期間中や定年までの一定期間にとどめている。
プロが愛用する「団体保険」
彼らがなぜ世帯主の死亡保険に入るのかといえば、世帯主の死亡はめったに起きないものの、起きてしまったときには、自費ではとても対応できないほど大きなお金が必要になるからだ。
愛用しているのは、特定の企業や業界団体の従業員を対象に、大手保険会社などが提供している「団体保険」だ(従業員の福利厚生のために、法人が契約者となり加入する「団体定期保険」とは違い、個人の任意加入である)。
団体保険は、社内で案内されるだけなので、広告宣伝費などがかかっていないし、販売員に支払う手数料も安いため、手頃な保険料で加入できる。さらに決算時の剰余金のかなりの部分が加入者に払い戻しされる。つまり、費用が高くつかない点が好感されているわけだ。
さらに興味深いのは、保険会社の内勤部門の人たちが「医療保険」に入りたがらないことだ。
国の社会保障制度についてよく知っているからだ。例えば、「高額療養費制度」により医療費の個人負担には基本的に上限があり、医療費のせいで生活設計が狂うような事態は考えにくい。そうであれば、民間の保険にお金を使う必要はない、老後の医療費も淡々と自己資金で対応するのが賢明だ、と考えているのだ。
彼らの保険加入法をまとめると次のようになる。
- (1)費用が安い保険を利用する
- (2)めったに起きないが、起きたら大金が必要になる事態に備えて、保険に入る
- (3)医療費は、自費で対応する
一般の人たちと対照的だと感じる。
一番人気は「終身医療保険」だけど
巷間(こうかん)、最も人気がある保険は、終身型の「医療保険」だからだ。一般社団法人「生命保険協会」の「生命保険の動向 2023年版」によると、「医療保険」の契約件数は4000万件以上あり、生命保険の個人契約のなかで最も多い。
その理由を考えると、医療保険が必要になる場面が、死亡保険と比べて多いからだろう。特に「病気やけがが増える高齢期に保障が切れるのは困る」と考えられている。また、CM等でなじみがある(販売に多額の費用がかかっている)保険を好む人が多い。
このような判断は、次のように、保険会社の内勤部門の人たちとは、真逆である。
- (1)費用が高い保険を利用する
- (2)よく起きるけれど、起きても大金が必要にならない事態に備えて、保険に入る(*)
- (3)医療費は、民間の保険で対応する(対応したい)
医療保険の費用が高いことを筆者が指摘すると、「保険料は安心料」といった反応を示す人がいる。この指摘を、どう捉えるべきだろうか?
仮に「保険料は安心料」だとしても、安心の費用として妥当な金額であるかは問うべきだろう。
保険料については、「有事に備えるためのお金」ということから、費用としての妥当性を検討することなく、人生における「必要経費」としてカウントされていると感じる。お金に色がついてしまうのだろう。行動経済学でいうところの「メンタルアカウンティング(心の会計)」だ。
保険に支払う保険料だけでなく、保険で受け取る入院給付金などにも色がつきやすい。心身ともに弱っているときに給付されるので、「ありがたいお金」「支援金」「救済金」として「心の勘定科目」に計上される。
「貯蓄の取り崩し」はダメか?
さらに、医療費の問題には、「貯蓄の取り崩し」を嫌う気持ちが影響していると感じる。「医療保険に加入しておくと、入院時などに給付金をもらえるから、貯蓄を取り崩さなくて済む」と考える人は多く、保険料が給付金の原資になる構造は看過されやすい。
この心理は、行動経済学の「プロスペクト理論」が説く人間の不合理に当てはまると思う。人が利得よりも損失に大きく反応することが、複数の研究から証明されている。
保険料のように、日常において「有事に備えるお金」が出ていくことには、抵抗が少ないのに対し、有事に貯蓄が減ることには耐えられないのだ。後者は人生における「負の局面」だから、損失感が増幅されるのかもしれない。
ともあれ、保険について考えていると、人は損を嫌うがゆえに損をすることになりがちだ、と感じる。損失を避けたいのであれば、自分では用意できない大金が必要になる事態に限り、保険を利用したい。ところが、現実には貯蓄の取り崩しという「損失」を嫌って、医療保険を好む人が多いのだ。
好みの問題は厄介だ。筆者は今後も繰り返し、
- (1)保険はお金を調達する方法である
- (2)保険でお金の調達に要する費用は高い
- (3)お金が大事なのであれば、極力、保険は使わないほうがいい
と発信していきたい。

[日経ビジネス電子版 2024年2月22日付の記事を転載]
「保険貧乏 卒業したい人へ/その保険 いる? いらない? 見極めるための最強マニュアル」大反響、重版続々。保険に入りすぎている「五十嵐夫婦」の素朴な疑問に、保険商品の仕組みから業界の裏事情まで知る著者が、とことんやさしく答えていきます。
後田 亨(著)、日経BP、1760円(税込み)
