あの名門校の先生は、これから大人へと成長していく中高生たちにどんな本を薦めているのでしょうか? 『 名門校の本棚 』(平林理恵著、日経BOOKプラス編)では、生徒に薦めたい本、授業で取り上げた本、そして先生自身のお気に入りの本を紹介しながら、学校ごとの特色や本にまつわるエピソードをとことん語っています。ここでは、作家・伊与原新さんによる本書の「プロローグ:知の原生林」を紹介します。
私は今、小説を書くことを生業としている。
中高生の頃には想像もしていなかった職業だ。もし私が中学一年の自分に読書についてアドバイスするとしたら、なんと言うか。「将来小説家になるのだから、もっとたくさん小説を読んでおけ」とは絶対に言わない。「ジャンルを問わず、もっと雑多に読んでおけ」と言うだろう。
現に私は中高生時代、それに近い読書をしてきた。本の虫というほどではなかったが、通学かばんには常に一冊入れて持ち歩き、小説、ノンフィクション、新書と、その時どきの興味の赴くままに雑食した。もちろん、とくに好んでいたジャンルはある。ミステリーと科学ものだ。

中学生の頃から愛読していたのは海外の古典ミステリーで、エラリー・クイーンやディクスン・カー、G・K・チェスタトンなどの作品が好きだった。その間に、ジョージ・ガモフやカール・セーガンの科学もの、あるいはアーサー・C・クラークやアイザック・アシモフなどのSFをはさむことが多かったと思う。
高校生になると、「文豪」時代が始まる。十代のうちに読んでおくべきではないかと殊勝に考え、森鴎外、志賀直哉、太宰治、三島由紀夫、トルストイ、ヘッセ、カフカ……と有名どころを順に読んでいった。小林秀雄の評論を読みふけっていた時期もあるが、今思えば「小林秀雄の文庫本を開いているオレ」に酔っていただけの気もする。
大半の作品はそれなりに味わうことができた一方、中にはどうしても内容が理解できないというものもあった。とくに大きな挫折感を味わったのは、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』とサン=テグジュペリの『人間の土地』である。『人間の土地』に関しては、つかめそうでつかめないところが悔しくて、高校生の間に三回は読み返したと思う。
日本語の文章としては読めるのに、何が書いてあるのかわからない。世界というのは、自分の知性ではとても見通せない無限の森のようなもの。そんな森の存在を初めて意識した私は、その入り口でただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
高校二年か三年のとき、物理と地学を教わっていた先生から『新しい地球観』(岩波書店)という本を薦められ、結局それが私の進路を決定づけることになった。地球物理学者の上田誠也が、プレート・テクトニクスが確立していくさまを臨場感たっぷりに語った名著である。
理学部に進んだ大学で、学問という名の森に恐る恐る足を踏み入れ、私は再び衝撃を受けた。教授たちの講義にしても専門の教科書にしても、一聴、一読するだけはまったく理解できないのだ。しかし、少しだけ大人になっていた私は、むしろ「わからないこと」にこそ価値があるのだと思い至った。人類が数千年にわたって種を蒔き、育ててきた森はこれほどまでに深く豊かで、しかもまだまだその奥に未踏の地が広がっている。そのことに私は感動し、学問への憧れを強くした。
大学院を経て地球惑星科学の研究者となり、幸運にも大学に職を得た。いくばくかの研究成果を上げ、学問の森に苗木を二、三本植える程度のことはできたかもしれない。だがその後、三十代半ばにして道に迷い、ひょんなことから小説家としてデビューした。
作家を続けていくためには、今度は文芸という名の森で、自分の木々を育てなければならない。とはいえ、まわりを見渡してみても、文芸創作のトレーニングを積んできたわけではない私の足もとでは、中高生のときに読んだ本の記憶が無数の倒木になって朽ちているだけだ。
ところが、その腐植土から思いがけない芽が吹く。科学や研究者の世界を題材にした小説が、徐々にではあったが、読んでもらえるようになった。かつて親しんだ、文学と科学ものという二種類の朽ち木を養分として、私の個性をはらんだ作品が成長してくれたのだ。もし私が中高生時代に特定のジャンルの小説しか読んでいなかったとしたら、いくら書き続けたとしてもそれらの模倣のような作品ばかりになり、誰にも見つけてもらえないまま森の木々に埋もれていただろう。
小説に限らず、何か新しいものを創り出すために重要なのは、系統だったひと筋の知識ではなく、縦横に網のように広がった知識と関心だ。一見無関係に思われる事物が有機的に結びついたとき、そこにアイデアが生まれる。
それは、同じ木ばかりが整然と並ぶ植林地よりも、雑多な植物が生い茂る原生林のほうが複雑な生態系を育むことに似ている。種々の落ち葉や朽ち木を無数の虫や微生物が土に還し、豊かな養分を得て雑多な植物がまたそこに芽吹く。その循環の中にこそ、今まで見たことのないような芽が不意に顔を出すのだ。
そういう意味で、無駄な読書というものはおそらくない。人生に何が起きるか、世界がどう変わるか、そのとき何が必要になるかはわからないのだから、役に立つ本だけを選んで読むことなど原理的に不可能だ。
生えるものを選ばない原生林は強い。文字を追う時間を惜しまずに、気になった本を開いてみればいい。読んだ端から中身を忘れてしまっても構わない。知らぬ間に、森は育っている。
先生たちに聞いた人生を支える一冊
あの名門校の先生は、これから大人へと成長していく、中学生・高校生たちにどんな本を薦めているのでしょうか?生徒たちに薦めたい本、授業で扱った本、自分が好きな本を紹介しながら学校の特色や、本にまつわるエピソードまでをとことん語ります。
平林理恵著、日経BOOKプラス編/日経BP/1760円(税込)

