平和不動産の土本清幸社長にインタビューし、自身の「読書の軌跡」を伺いました。第1回は、中学生の頃に読んだ松下幸之助の『商売心得帖』、大学時代のゼミで課された課題図書、そして40代に通った丸善日本橋店の書評コーナーで出会った本について語っていただいた。(聞き手は、日経BOOKプラス編集長 常陸佐矢佳)

平和不動産・土本清幸社長
土本清幸(つちもと きよゆき) 平和不動産 代表執行役社長
1959年、愛知県生まれ。82年、慶應義塾大学経済学部卒業後、東京証券取引所に入所。執行役員、取締役専務執行役員を経て、2017年、平和不動産取締役専務執行役員に就任。19年、代表取締役社長を経て、22年より現職

中学時代、父の背中を追いかけるように読んだ一冊

 私の実家は祖父母の代から商店を営んでいて、1階が店で2階が住居という職住一体の環境でした。二代目の父は、地域の一番店にするにはどうすればいいのかと模索していたのでしょう。答えを求めて本を読みあさり、家のそこかしこに、しおりが挟まれた本が置いてありました。

 自分も父を継いで三代目になるのだろう。そう意識し出したのは中学に上がる頃でした。以来、父の背中を追いかけるように、父の本を読むようになりました。なかでも最も印象に残っているのが、松下幸之助の『 商売心得帖 』(PHP文庫)です。「経営の神様」が商売の基本と本質をつづった一冊で、父が持っていたのは文庫化される前の、和紙がひもでとじられたものでした。なんとも言えない独特の風合いがあり、じっくりと味わうように読んだことを覚えています。

『商売心得帖』(松下幸之助著、PHP文庫)
『商売心得帖』(松下幸之助著、PHP文庫)/画像クリックでAmazonページへ

 大人になった私が進んだのは家業とは別の道でしたが、多感な時期に読んだこの本は私の心にとどまり続けました。つどつど読み返し、著者の教えを反すうしながら仕事に取り組んできたように思います。中学生で初めて読んでから実に50年にわたって、私の人生に寄り添ってくれている座右の書になっています。

 再読するたびに心に響くところが異なり、まるで自分の現状を映し出してくれる鏡のように感じます。2019年に平和不動産の社長に就任した時には、「経営者の心根」という一節が目に留まりました。要約すると、会社の規模が大きくなるほど自分一人でできることは限られていき、社員の働きこそが会社の成長につながる。だから、社員に対して「ああせい、こうせい」ではなく「どうぞ頼みます」「お願いします」と、手を合わせて拝むような心根でないと、よりよく働いてはもらえない、と。今読み返しても、本当にその通りだと痛感します。

「社長に就任した時、『経営者の心根』という一節が目に留まりました。今読み返しても、本当にその通りだと痛感します」
「社長に就任した時、『経営者の心根』という一節が目に留まりました。今読み返しても、本当にその通りだと痛感します」

血肉となった大学時代の20冊

 慶応大学3年の時に所属した計量地理学のゼミでは、毎週1冊の課題図書が与えられました。担当教官は同大学の名誉教授・常任理事も務められた高橋潤二郎教授で、専門を教えるだけではなく教育者でもあられた方でした。課題図書を通じて、慶大生たる教養レベルや視野の広げ方を学ばせたかったのでしょう。毎回必ず2000字のリポートを提出しなければならず、考察や検討が不十分だと書き直しを食らうこともありました。そうなると、新しい課題図書の分も合わせてリポートを2本書くことになり、寝る時間がなくなるほどでした。

 そんな思い出深い課題図書の1冊目が、生物学者で人類学者の今西錦司先生の『 生物の世界 』(講談社文庫)でした。今西先生は日本の霊長類研究の創始者といわれる学者にして、国内有数の登山家として知られた方でした。ダーウィンの自然淘汰説に異を唱え、「生物は棲み分けによって調和のとれた社会を創っている」という「棲み分け理論」を提唱。ノーベル賞を受賞してもおかしくなかった、といわれる先生で、私はこの本から、現地に行ってこそ発見できることがある、というフィールドワークの重要性を学びました。私の現場主義のよりどころになっています。

『生物の世界』(今西錦司著、講談社文庫)
『生物の世界』(今西錦司著、講談社文庫)/画像クリックでAmazonページへ

 課題図書になったのは、哲学者の梅原猛氏が法隆寺の謎に迫る『 隠された十字架―法隆寺論 』(新潮文庫)のほか、幸田露伴の『 五重塔 』(岩波文庫)や子母澤寛の『 勝海舟 』(新潮文庫)などの文学作品もありました。前期と後期を合わせて計20冊。大学3年生という、社会への関心を高めながら価値観を形成していく時期に良書に触れた意味は大きく、しっかりと自分の血肉となっています。

 読書は人生を豊かで実りあるものにしてくれることを実感できた体験で、同じ読書体験をした同期生たちと生涯の友になれたこともかけがえのない財産です。10年ほど前に皆で集まった時、課題図書を思い出してみようと試みたのですが、半分ぐらいしか思い出せず。加齢を慰め合いながら笑ったことも、いい思い出です。

会社のパーパスと人材育成のヒントを得た『木に学べ』

 47歳の時から毎週、新聞の書評欄から1冊選び、会社の最寄りの丸善日本橋店に買いに行くようになりました。なぜ「47歳の時から」と明確に覚えているかというと、40代に入って東京証券取引所の社長秘書や上場部長となり多忙を極め、それからやっと解放されて時間ができたタイミングだったからです。たまたま丸善日本橋店に新聞の書評コーナーがあることを知り、1週、2週、3週と続けて行ったら習慣になった次第です。およそ10年間は毎週行ったでしょう。最近は頻度が落ちていますが、行くのは決まって月曜日のお昼時です。本を買って、3階のハヤシライス発祥のお店に行くのが定番コースになっています。

「47歳の時から毎週、新聞の書評欄から1冊選び、会社の最寄りの丸善日本橋店に買いに行くようになりました」
「47歳の時から毎週、新聞の書評欄から1冊選び、会社の最寄りの丸善日本橋店に買いに行くようになりました」

 法隆寺金堂の大改修をはじめ、薬師寺の金堂や西塔などの復元を果たした西岡常一氏の『 木に学べ 法隆寺・薬師寺の美 』(小学館文庫)も書評で見つけました。木の心を知り、木と共に生きた氏のすさまじいまでの職人魂から、特に感銘を受けた教えが2つあります。1つは、木を組む前に人の心を組むということ。日本屈指の歴史的建造物を手掛ける大工に失敗は許されない。だから、木を組む前に人の心を組むことから始めないと駄目だ、と。折しも平和不動産の社長になり、企業理念やパーパスを再策定する時に読んだので、私たちも仕事に取り組む前に心を組むことが重要である、というふうに解釈しました。

 もう1つは、適材適所の本当の意味です。適材適所のもともとの語源は、建築木材の使い分けに由来するといわれます。すなわち、木材には性質や形状が異なるいろんな種類があって、それぞれに合った部位に使うことでその木の良さを最大限に生かせる。もし、いい具合にくねっている木があったら、その形状に合う部位に使うのが最良で、使いやすくするために真っすぐに削るべきではない、と。

 社員にも、一人ひとりの個性があります。1つの典型に照らし合わせると、長所と短所が生じますが、それは典型に照らし合わせるからに過ぎません。それぞれの個性を生かすことができれば、短所は短所でなくなり、長所を伸ばすことができます。この教えは、忘れてはいけないこととして、心に刻んでいることの1つです。

インタビューは、日本橋兜町の複合施設「KABUTO ONE」に併設された「Book Lounge Kable(ブックラウンジカブル)」にて行った。マネーやライフに関する書籍が約3000冊並び、読書やワークスペースとして利用できるほか、書籍の購入も可能だ
インタビューは、日本橋兜町の複合施設「KABUTO ONE」に併設された「Book Lounge Kable(ブックラウンジカブル)」にて行った。マネーやライフに関する書籍が約3000冊並び、読書やワークスペースとして利用できるほか、書籍の購入も可能だ

インタビュー後記
 平和不動産・土本清幸社長への取材で印象的だったのは、半世紀にわたる読書で蓄積した「知」を社会や経営に積極的に還元する姿勢です。『商売心得帖』の和紙の手触りや『木に学べ』で得た“心を組む”という視点を語る言葉からは、パーパスにある「人々を惹きつける場づくり」へとつながる思いを感じました。取材場所の「Book Lounge Kable」は経済・金融からアート、哲学まで幅広い分野の書籍が並びます。金融街の歴史を背負いながら、人々の「できる/わかる」を広げ、街の未来を共創する拠点にしたい――土本社長の読書遍歴と場づくりの経験が出会い、生まれた挑戦に感銘を受けました。(常陸佐矢佳=日経BOOKプラス編集長)

文/茅島奈緒深 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子


平和不動産・土本清幸社長インタビュー
第1回 「人生に寄り添って力をくれた愛読書」 今回はここ
第2回 「難しい仕事に立ち向かう時ほど本を読んだ」