平和不動産の土本清幸社長にインタビューし、自身の「読書の軌跡」を伺いました。第2回は、東京証券取引所の社長秘書になった時、平和不動産の社長に就任した時、大成建設と資本業務提携を進める時に読んだ本、そして本から得た教訓について語っていただいた。(聞き手は、日経BOOKプラス編集長 常陸佐矢佳)

少ない時で月に5冊、多い時は10冊ほど読む
その時々で読書量は変わりますが、少ない時で月に5冊、多い時は10冊ほど読んでいるでしょうか。振り返ってみると、難しい仕事に取り組んだり、忙しかったりした時の方が本を読んでいて、著者の考えを参考にしたり、登場人物の行動が自分を奮い立たせるといったことが多かった気がします。
例えば、40代に入って東京証券取引所の社長秘書になった時は、元首相の佐藤栄作の首席秘書官を務めた楠田實氏の『 楠田實日記―佐藤栄作総理首席秘書官の二〇〇〇日 』(中央公論新社)を読みました。本書は佐藤首相の評価を決定する第一級資料として知られていますが、私は首席秘書官の多岐にわたる業務内容と、それを全うする忠誠心や強固な意志に刺激を受けました。
及ばずながら、私も社長秘書をしていた4年間、日記をつけていました。実は、今現在も日記をつけ続けています。大学ノートに1日1ページと決めて、どんなに内容のある日も、特に何もない日も1ページ書いています。たまに読み返しては過去の試行錯誤を思い出し、この時のこの決断や行動が今に結びついているんだな、といった気づきにつなげています。

人生で、一度失ったら二度と取り戻せないものは?
私が60歳で平和不動産の社長に就任した折、ちょうど時を同じくして刊行された、伊藤忠商事の元社長で同会長を退任された丹羽宇一郎氏の『 社長って何だ! 』(講談社現代新書)を読みました。要職を歴任された方ゆえ、経営の本質がつづられているに違いないと思い、手に取りました。多くの示唆を得たなかで、最も重要だと肝に銘じたのは、「大勝負に出る時には、絶対に引いてはならない」ということです。「引かない」と同義の「逃げない」が、私の信条の一つであるため、氏の教えに深く共感しました。
くしくも本書を読んだのと同じ時期に、私が敬愛する証券会社の会長を務めている方からも、同様の教訓を賜りました。その方が社長秘書を務めていた課長時代のことです。社長に命じられて、作家の山崎豊子さんの元へお使いに行かれました。山崎さんは、その方を将来有望だと見込まれたのでしょう。「貴君にとって、人生で一番大切なものは何だと思いますか」と問われたそうです。
金銭は失っても、努力すれば取り戻せる。名誉も、名誉挽回という言葉がある通り、挽回できます。しかし、「勇気」だけは出さなくてはいけない時に出さないと、二度と出せなくなります。一度失ったら、二度と取り戻せないのです。ゆえに、勇気を何よりも大切にしなさい、と諭されたとのことでした。丹羽氏の著書を読み、「逃げない」という気持ちを強固にしただけに、印象に残るエピソードとして記憶しています。
資本業務提携相手との絆が深まった一冊
平和不動産は2024年6月に、大成建設と資本業務提携をしました。それ以前から大成建設とはお付き合いをさせていただいていて、相川善郎社長は折に触れ、同社の事実上の創業者である大倉喜八郎のDNAを大切にしたい、というお考えを述べられておりました。大倉喜八郎は十五大財閥の1つ、大倉財閥の創始者で、平和不動産にゆかりのある渋沢栄一の友人としても知られる人物です。資本業務提携をするならば、私も大倉喜八郎のことをしっかり学ぼうと思い、手にしたのが『 大倉喜八郎 かく語りき 』(東京経済大学史料委員会編、日本経済評論社)です。氏の講演を中心にまとめた一冊で、これが実に学び多き良書なのです。
大倉喜八郎は明治の初めから大正、昭和初期にかけて一代で貿易や建設、繊維、食品などの企業を数多く興した日本屈指の実業家です。渋沢栄一と、東京商法会議所(現、東京商工会議所)をはじめ鹿鳴館や大阪紡績、東京電燈(現・東京電力)など、多くの事業で協力し合い、日本の近代化に尽力しました。そして、1873年(明治6年)に大倉組商会(現・大成建設)を設立。国内外の鉄道企業に出資するほか、教育機関の創設にも熱心で、大倉商業学校(現・東京経済大学)も創設しました。
そんな数え切れないほどの偉業を成し遂げた大倉喜八郎の信条が、本書の副題にある「進一層」です。これは氏の造語で、困難に直面してもひるまずに、なお一層前に進まんとするチャレンジ精神を意味します。中国のことわざに由来する「退一歩」(物事を進めるに当たって一歩下がって客観的に見直す、または一歩譲ることで新しい道が開ける、という意味)のいわば反対語です。
氏が生きた時代は泰平の世ではなく、外国からの脅威が増した明治・大正・昭和という激動の時代です。だから進一層の覚悟で事に当たり、書中にある通り「五歩進んだ時は、更に進んで十歩の地に達せんとし、十歩の地に達した時は、更に更に十五歩二十歩の地点に向かって驀進(ばくしん)した」のでしょう。この考えに触れ、現代でも退一歩のような消極的な覚悟では大仕事は成し得ない、進一層の覚悟で行くぞ、と高揚せずにはいられませんでした。
「信用は責任と実行の積み重ね」と本書は説く
本書では、責任と信用についても説いています。氏は、責任を重んずることは、信用を重んずることと同義だと考えます。書中に、「凡そ何事をなすにも、最も大切なのは信用である。信用の無い人間は首の無い人間のようなもので、人間として少しの値うちもありません」という記述があるほど、信用を重視しています。
信用は急に得られるものではない。自分の仕事に対して責任を持ち、取り決めや約束をきちんと実行することが土台になって生まれるものである、と。同時に、できないことはできないと言うことも責任であり、信用を得るために欠かせない、という考えも胸に刻みたい戒めだと思いました。
大倉喜八郎の本を読んだ時のことはよく覚えています。2年前の年の瀬で、「年内に手に入れたい」と秘書にお願いして買ってきてもらいました。そして仕事納めを済ませるなり読み始め、ページをめくるごとにエネルギーが満ちるのを感じました。
年明けまでに読みたかったのは、新年に大成建設の相川善郎社長とお会いする予定が入っていたからです。私が、「大倉喜八郎の本のおかげで素晴らしい年末年始を過ごせました」と申し上げたところ、社長は破顔一笑されました。この話題を通じて、社長とより深く通じ合えるものがあったように思います。


文/茅島奈緒深 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子

