道路、橋、上下水道、市役所、学校などインフラの老朽化が全国で深刻化しており、事故が多発している。このまま有効な対策がとられなかった場合、将来、何が起きるのか。2040年に起こりうる悲惨なシナリオを紹介する。長年、インフラ老朽化問題に取り組んでいる根本祐二・東洋大学名誉教授の著書『インフラ崩壊 老朽化する日本を救う「省インフラ」』(日経プレミアシリーズ)から抜粋・再構成。
(注)本記事は筆者の創作である。

2030年、複合インフラの悲劇

 2030年に首都圏某地域で発生し15名の命を奪った「複合インフラの悲劇」は日本中に大きな衝撃を与えた。発端は水道管の破裂である。道路下の水道管の破裂箇所から高く噴き上げられた水は瞬く間に周辺を水没させた。通常であれば、ほどなく水道管の使用が停止され、周辺への断水措置を講じた上で補修がなされ、時間はかかるかもしれないが、事態は収拾に向かうはずだった。

 しかし、真の悲劇はその後に起きた。破裂から遅れて数分後に、路面が深さ10m、幅数十mにわたって一気に陥没したのである。運悪く通りかかった車両5台が巻き込まれ、歩道を歩いていた数人を含め地中の空洞に転落した。さらに陥没の範囲は広がり、道路に面していた2階建ての老朽店舗5棟が道路側に倒壊する。結果的に、車両に乗っていた人、歩道で巻き込まれた人、倒壊建物にいた人あわせて15名の方が亡くなった。

 その後、原因究明が行われ、単なる水道管破裂事故ではないことが明らかになる。もともと地中に広範囲に空洞が発生しており、水道管の破裂によって空洞がさらに広がって路面まで到達したことで陥没が引き起こされたのだ。空洞の最初の引き金は下水道管の損傷と推測された。建物の倒壊は、もともと老朽化していたため基礎部分が弱っており、路面がずれて支えきれなくなって空洞側に向けて倒れたものだった。

困難を極める原因究明

 この事故は、2012年の中央自動車道笹子トンネル天井板崩落事故、2025年の埼玉県八潮市の道路陥没事故などに続く、インフラ老朽化が国民の生命に直結した事故として注目された。すでに2020年代から、水道管破裂事故、下水道管損傷事故、道路陥没事故は多数報告され、点検や修繕も行われていたが、事故を防ぐことはできなかった。

 事故後、水道管理者および担当者が業務上過失致死傷で送検される。検察は、もともと存在した空洞の発生時期や大きさ、管理責任の所在を検討した。しかし、因果関係を解明することはできなかった。空洞の原因は下水道管の損傷と推測されたが、事故3年前に行われていた調査では、下水道管に穴はあったものの下水道管外部は土砂で埋もれており、地中の空洞は発見されていなかった。道路側も同じ時期に電波による空洞点検を実施済みだったが、技術的に可能な範囲内での空洞は検知されていない。誰にも分からない地中奥深いところに、広大な空洞があったのである。

水道管の破裂は路面の陥没を引き起こすこともある(写真はイメージ)(写真:R19/stock.adobe.com)
水道管の破裂は路面の陥没を引き起こすこともある(写真はイメージ)(写真:R19/stock.adobe.com)
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 水道(市町村)、下水道(都道府県)、道路(国)と管理者が別々であったことも、原因究明の難しさに拍車をかける。直接の引き金は水道管破裂だとしても、空洞発生の原因は下水道管損傷の可能性が高く、また、空洞が古くからあったとすれば道路管理者が早めに修復できたはずとの主張もなされた。

 検討は長期間を要したが、責任の所在を確定することはできず、かつ、予見が困難な事故だったとして、結局起訴は見送られる。結論の発表は2030年代半ばまでかかり、報道されたときにはすでに国民の関心は薄れていた。

放置されるインフラ老朽化

 一方、政府は事故後に直ちに道路下の空洞の一斉点検を指示し、そのための補助制度を拡充したが、そもそもすでに発生している路面下の空洞をすべて把握することは不可能だった。仮に把握できたとしても、修復する予算がない。所管官庁は、地中インフラの総合対策として、一般財源化されていたガソリン税などを道路特定財源として再び利用できるようにすること、三大都市圏の都心部の一般道路にロードプライシング(対象区域に入る車両から料金を徴収する)を導入すること、上下水道料金を引き上げて対策を進める場合の補助制度を充実することなどを提案したが、政治的に受け入れられることはなかった。

 当時、既存政党からの分離独立や新党設立により政党が多数乱立しており、政権は、そのうち、減税、積極財政という共通政策で合意できた6つの政党が参加する連立政権となっていた。2020年代後半の政治的不安定は、多くの政党が賛同しうる政策として、減税と積極財政を生んでいた。社会保障費用の自然増の勢いが増すなか、残された貴重な財源をインフラに優先利用させる案や、国民負担の増加を伴うロードプライシングは問題外とされる。上下水道サービスの安定は必要とされたが、料金引き上げを前提とするという条件は外され、一方的に支出が増える方向のみの政策となっていた。こうしてインフラ老朽化対策の予算不足を解消する道は事実上絶たれていた。

 2014年に開始され、地方公共団体のインフラを、統廃合を含めて再編成することを目的としていた公共施設等総合管理計画は維持されていたが、現場では従来通りのインフラ整備を主張する声に押され続けた。インフラへの財政負担を軽くすることに使うべき知恵は、そのインフラを減らせない理由を探すことのみに使われた。こうしてインフラ老朽化の問題意識を強く持っていた職員は疲弊して離職が多発するようになり、現場を預かる技師不足に拍車をかけた。

 念願の積極財政への転換を果たしたSNS(交流サイト)の論調は、相変わらず政府を批判していた。インフラ老朽化が話題になることは少なかったが、いくつか主張が存在していた。1つ目は、積極財政をとる以上、必要なインフラ投資はするべきだという主張だ。しかし、現実には社会保障費や防衛費、さらには、金利上昇による利払い費にあてられ、インフラ予算が増えることはなかった。

 2つ目は、政治家責任論である。すなわち、インフラ老朽化は最初から分かっていたことであり対策を講じなかった政治家の責任である、国民に転嫁するのは筋違いというものだ。国はもちろん、地方でもその議論は展開される。総合管理計画の実行を進めようとすると、計画を取り下げるまで役所の責任を問い続けた。上下水道料金の引き上げも同じ理屈で取りやめざるをえなくなる例が相次いだ。

 3つ目は、たいしたことない論である。インフラ老朽化による事故は、交通事故や感染症による死者数に比べるとはるかに少ない、気にする必要はないという主張だ。この主張は「複合インフラの悲劇」の記憶が薄れた頃に発生し、2030年代半ばにはSNSを席巻するようになっていた。こうしてインフラ老朽化は完全に放置された。

インフラの使用停止が多発

 当然のことながら、各種のインフラの事故は増加する一方となる。改修した学校の屋根が壊れる、階段が抜けるといった事故で子どもたちの生命が奪われることもあった。公共施設のうち最も老朽化していた役場庁舎は、軽度の地震で全壊し数十人が死傷する事故も発生した。上下水道の事故は後を絶たなかった。それどころか確実に増加する傾向を見せる。道路陥没の原因となる地中の空洞も完全に把握できない状態が続き、懸念される路線では道路を掘り起こす開削調査が行われ、長期間、道路が封鎖された。

 地方公共団体にとってのほぼ唯一の安全策となった使用停止措置は、公共施設、橋りょう、トンネル、公園などに広がっていく。使用停止されたインフラが犯罪に利用される事件も珍しくなくなった。抜本的な解決の兆しが見えないまま地域の安全安心の機能はどんどん低下していった。

インフラの補修ができなくなると、使用停止が多発する(写真はイメージ)(写真:Radila/stock.adobe.com)
インフラの補修ができなくなると、使用停止が多発する(写真はイメージ)(写真:Radila/stock.adobe.com)
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 国や地方公共団体の対策は後手後手となり、批判にさらされる。驚くべきことに、老朽化対策に反対していた人たちが最も痛烈な批判者だった。自分たちが危機を無視していたことは完全に忘れ去られていた。いずれにせよ、財源もなく、抜本的な再編もできない状態では打つ手はなかった。

 2030年代を通じて政権の柱だった積極財政は、最初の頃はいくつかの工夫で注目された。まずは、特別会計や政府機関の積立金を取り崩し、一気に数十兆円の財源を生み出した。また、予算編成の前提となる税収見積もりを従来よりも楽観的に修正し、当初予算の段階で大胆な積極財政を展開できるようにした。

 上々の滑り出しは積極財政推進派を狂喜させたが、ほどなく行き詰まった。積立金取り崩しは一度しか使えないうえに、積立金の運用収入を失った一部の機関に赤字補填を行う必要が生じたからだ。むしろ事態は悪化したのである。

 一方、見積もり通りの税収は確保されたが、それ以上に増える上振れもなくなり、結果的に補正予算の原資はほとんどなくなった。ほかにも次々に「秘策」が登場したが、いずれも一過性であるか微々たる効果しか生み出せないものだった。

 こうして財政問題は振り出しに戻り、政府は多額の国債発行に依存せざるをえなくなった。海外の格付会社は悪化する財政を理由として日本国債の格付を大幅に引き下げたため、新規国債は発行断念に追い込まれる。積極財政推進派はSNSを舞台に海外の格付会社の政治的陰謀と批判したが、世界の金融市場に通用するはずはなかった。

2040年、日本崩壊

 2040年、放置された老朽化インフラと、市場から見放された財政という二重の苦しみのなか、選挙で何度目かの政権交代が行われた。新たな首相は30代半ば。積極財政でも緊縮財政でもなく、政策を政治から切り離し、AI(人工知能)の大胆な活用を打ち出して長年にわたる政治の混乱に疲れていた国民の支持を得ていた。最初の政策として、一定以上の所得層に対する医療費・介護費負担の引き上げ、年金支給開始時期の先送りが提案されたが、財源不足は解消されなかった。

 この問題に最終的な引き金を引いたのは、国の信用の失墜だ。全国各地でインフラが崩壊し死傷者数もけた違いに増加していた。いずれも前もって危険性を指摘されていた箇所だった。新政権は国際機関に対して、インフラを持続させるための資金支援を求めた。しかし、国際機関は、1980年代の米国がガソリン税率引き上げによって対処した例をあげて、減税によって自分たちが負担しないことを選んだ日本人のためにほかの国々が手助けする理由はないと直ちに拒絶する。新政権はなおも交渉しようとしたが、回避可能な事態を自ら回避しない道を選んだ日本に対して、救いの手が差し伸べられることはなかった。

 こうして、2040年は、のちに、“Japan’s Collapse in 2040”(「2040年の日本崩壊」)と呼ばれ、日本がインフラのみならず国際的な信用を崩壊させた年として、歴史上、長く語り継がれることになったのである。

道路、橋、上下水道、市役所、学校などインフラの老朽化が全国で深刻化しており、事故が多発している。なぜこのような事態になったのか、これから何が起きるのか。そして、どのような対策を打てばいいのか。解決の決め手となる「省インフラ」の具体策を解説する。

根本祐二著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)