道路、橋、上下水道、市役所、学校などインフラの老朽化が全国で深刻化しており、事故が多発している。なぜこのような事態に陥っているのか。問題が深刻化した原因は1970年代と1990年代のインフラ整備の進め方にあった。長年、インフラ老朽化問題に取り組んでいる根本祐二・東洋大学名誉教授の著書『インフラ崩壊 老朽化する日本を救う「省インフラ」』(日経プレミアシリーズ)から抜粋・再構成。
老朽化問題、第1の原因が発生――1970年代
現在のインフラのもとになったのは、第2次世界大戦後に復興したインフラである。戦災で壊滅した国土および経済を速やかに復興させるために、政府は、基幹産業である鉄鋼・石炭・電力・海運などへ資源(資金、人材)を集中させる傾斜生産方式を導入し、産業の再生による税収の増加を通じてインフラ整備を促した。戦後間もなくの1947年に学校教育法、1949年に社会教育法、1951年に公営住宅法など基盤的なインフラ整備法が施行された。
急激な戦後復興は成果を上げて、1956年には経済白書で「もはや戦後ではない」と述べられるようになった。いわる高度経済成長期が始まる。人口も増加し、ベビーブームが到来して、1958年には公立小学校児童数、1962年には公立中学校生徒数がそれぞれピークに達した。また、1964年の東京五輪(1回目)に向けてインフラが整備された。1962年、首都高速道路京橋~芝浦間、1963年、名神高速道路栗東~尼崎間、さらに1964年の五輪開催直前に東海道新幹線が全線開通している。1958年の東京タワー、1963年の黒部ダムなど、日本経済を支える基幹インフラが完成したのもこの時期である。
1970年代には、多くの種類のインフラが建設のピークを迎えた。学校、橋、水道、公営住宅などである。この時期には、国の基準以上に地方独自に手厚い公共サービスの供給を目標とする「革新」系首長が次々に誕生した。彼らの主張は、国が定める基準(ナショナルミニマム)とは別に、地方はニーズに合わせて独自の基準(シビルミニマム)まで引き上げることができるという考え方であった。
東京、大阪、神奈川などの大都市圏の首長が旺盛な経済活動(つまり潤沢な税収)を背景にしてサービスを充実させると、結果的に地域間の不均衡が生じる。地方圏からの不均衡是正を訴えられた国は、国の基準として取り入れることになり、地方ではそれを前提にさらに上積みを目指す現象が起きた。
各地方公共団体は自分の財政力の範囲内で公共サービスを充実させインフラを整備したのであり、問題はないように見えるかもしれない。しかし、その際、将来にわたってインフラを持続させるための維持管理費や更新費の必要性、潤沢な税収が続かなくなった場合の予算の確保という課題に気づいていれば、政府や地方公共団体の行動も違っていたと思われる。筆者はこの時期の政策判断が、現在の深刻なインフラ老朽化問題を発生させた第1の原因だと考えている。
図表1は日本のインフラ投資の歴史を示している。実線がインフラ投資比率である。インフラ投資比率は名目GDP(国内総生産)の構成要素である公的固定資本形成(住宅・企業設備・一般政府の計)の名目GDPに占める割合で算出している。この比率は、戦後復興期の6%台から徐々に上昇し、学校、橋、水道、公営住宅の建設ピークとなった1970年代には10%近くで推移している。
問題を深刻にした第2の原因――1990年代
1980年代に入ると、国内の政治的な事情ではなく対外的な内需拡大圧力によってインフラ整備が進むことになる。国鉄、電電公社、専売公社の民営化(それぞれJR、NTT、JTとなった)に続いて、「総合保養地域整備法」(リゾート法)や「民間事業者の能力の活用による特定施設の整備の促進に関する臨時措置法」(民活法)が制定され、民間によるインフラ整備が求められた。背景には日米貿易摩擦がある。すなわち、米国からの対米貿易黒字の是正要求に応えるため、輸出型経済から内需型経済への構造転換を進めることになったのである。
この時期も右肩上がりの経済成長は続き、企業収益は大幅に増加している。さらに、実物経済の成長を上回る余剰資金が発生し投機資金となって不動産市場に流入し、それに対して金融機関が集中的に資金を供給する時期が続いた。これがバブル経済である。
バブル経済は右肩上がりの経済を続けることによってしか維持できない。過熱によるハードランディングを防ぐために、1990年、大蔵省(当時)が金融機関に対して不動産向け融資の抑制(総量規制)を開始したが、結果的に1992年に地価が急激に下落してバブルが崩壊した。株価も大きく低下し、失業率、企業倒産件数は上昇し、日本中が経済的に悲鳴を上げ、戦後以降、一貫して続いていた右肩上がりの経済が終焉を迎えた。
失業率の上昇、企業倒産の増加に対して、日本政府は景気対策という名の公共事業の拡大を実施した。特にバブル崩壊で傷んだ建設業、不動産業、金融業にとっては、公共事業が必須であると考えられた。しかし、当時の地方はすでにインフラ整備がほぼ完了しており、地方側から切実な必要性が提起されていたわけではなかった。インフラ整備によって仕事が確保できる業界の救済という側面が大きかったのである。
この時期のインフラ投資比率を見てみよう(図表1)。まず、1980年代のバブル経済期はそれまでの10%近い水準から6%台に低下している。民間経済が活性化して税収が増えたために、政府によるインフラ投資に依存する必要がなかったのである。この時期から、一般政府負債残高(ネット)対名目GDP比(以下「負債依存度」)も記載している。出典はIMF(国際通貨基金)が各国比較を公表しているデータである。一般的には負債残高自体の比率(グロス)で表記されることが多いが、ここでは資産を差し引いた純負債残高(ネット)の数字を用いる。この時期は、負債依存度は20~30%台であり現在に比べるとはるかに低く、さほど負債に依存しない国家経営が行われていたと言える。
しかし、バブル崩壊後には様変わりする。景気対策の相次ぐ実施により、インフラ投資比率は高度成長期に匹敵する9%台まで上昇する。一方、高度成長期とは異なり税収は低迷しており、インフラ投資の財源は負債でまかなうしかなくなっていた。その結果、負債依存度が急激に高まり、1992年の19.4%から1999年には63.4%となった。1990年代を通じて唯一負債依存による景気対策に異を唱えたのが橋本龍太郎首相の橋本構造改革だったが、足元の経済が悲惨な状態で痛みを伴う改革が受け入れられることはなく、わずか2年弱で終焉を迎えた。
筆者はこの時期の「必然性のないインフラ投資を負債でまかなう」という政策判断が、現在の深刻なインフラ老朽化問題を発生させた第2の原因だと考えている。
高度成長期のわずか半分の投資に――2000年代以降
2000年代に入ると、小泉純一郎首相による小泉構造改革が始まる。聖域なき構造改革の主要ターゲットが公共事業の大幅な圧縮である。それまでの自民党が行った公共事業の増加を自らマイナス評価し公共事業の圧縮を図った。インフラ投資比率はそれまでの8%台から一気に低下して、2006年には5%を割り込むレベルとなった。
この頃、道路、橋などの整備に使うためのいわゆる道路財源の見直しが議論された。道路財源とは、ガソリン税、自動車重量税など道路利用者が支払う税金であり、道路整備のために用いられる特定財源として使われてきた。当時は、インフラ投資はすでに十分に実施されストックも積み上がっているので、これ以上、道路整備のために資金を用いる必要はないという認識が社会的に共有されていた。一方では、増加の一途をたどる社会保障関係費にあてられる財源が枯渇していた。こうして2009年、「道路整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律等の一部を改正する法律」によって道路財源は一般財源となった。
2009年に起きたもう1つの大きな出来事は、衆議院議員総選挙で、それまで野党だった民主党が大勝し政権が交代したことである。選挙前に民主党が掲げたスローガンの1つが「コンクリートから人へ」であった。「今までの政権が公共事業をバラマキに使った。これ以上、公共事業に資金を割くのはやめ、福祉や教育の人的投資に振り向けよう」という主張である。このスローガンが国民の支持を得たことは、実際に政権交代が起きたことからも明らかである。その後、政権は再び自公政権に戻り、2012年には第2次安倍晋三政権が誕生した。積極的な財政政策を標榜する安倍政権では、「国土強靭(きょうじん)化」を掲げて積極的な公共投資を行おうとした。
2000年以降のインフラ投資比率と負債依存度を見てみよう。まず、インフラ投資比率は急激に低下し4~5%台で推移している。公共事業見直しを掲げた小泉政権や、「コンクリートから人へ」を標榜した民主党政権時代に比率が急降下することは理解できるが、アベノミクス期にも6%以上になっていないことが注目される。直感に反するかもしれないが、データは確かにそうなのである。筆者は、「国土強靭化」の時期も公共事業費の当初予算は抑えられており、補正予算での追加が「公共事業費積み増し」の強い印象を与えていたのではないかと感じている。いずれにせよ、インフラ投資比率は現在5%台であり、高度成長期の半分にすぎないのである。
実はこれがインフラ老朽化問題の本質である。今後、インフラ投資比率10%の時代に整備したインフラが老朽化する。現在あるインフラを少しも減らさないようにするには、再度名目GDPの10%を費やす必要があるが、予算は名目GDPの5%しかない。5%分の予算で10%のインフラを更新することはできない。さてどうするか、それが本連載のテーマである。
ちなみに、インフラ投資の定義は各国でまちまちであり、単純に国際比較をすることができない。日本の「名目固定資本形成」は一般政府、住宅(公営住宅、公的賃貸住宅など)、企業設備(上下水道、公立病院など)の合計であるが、国によっては一般政府投資だけが公表されているためである。
なお、一般政府投資の割合を日本、米国、英国、フランス、ドイツで比較すると、さほど差はない。この点から見ても、日本のインフラ投資比率を今後大幅に引き上げる余地はないことがわかる。
『 インフラ崩壊 老朽化する日本を救う「省インフラ」 』
根本祐二著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)


