脳科学者・中野信子さんの『 エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術 』が、発売から2年以上たった今、再び人気を博しています。一方、芸人のおはせさん(長谷川大祐さん)がInstagramをはじめとするSNSで発信しバズっているのが「堪忍(かんにん)えー!」のフレーズとともに発せられる、毒舌で愛のあふれる京都ネタ。「はた迷惑な人」を京都の言い回しで撃退する痛快さに、多くのファンが魅了されています。本連載では、東京出身の中野さんと京都出身の長谷川さんの「京都の言い方」をめぐる対談を通して、改めて「いいコミュニケーション」を考えます。1回目は、「ストレートには言わないのに伝わる」京都の言い方について。
京都人はなぜ「はっきり言わない」のか
中野信子氏(以下、中野) 今日は「堪忍えー!」の動画がブレイクしている、「おヒゲの京都人おはせさん」こと、長谷川大祐さんに、京都のことや京都弁について教えていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
長谷川大祐氏(以下、長谷川) 僕なんかでお役に立つのかどうか分かりませんけど、こちらこそよろしくお願いいたします。
中野 私は七代前までさかのぼれる生粋(きっすい)の東人(あずまびと)です。私の生まれ育った東京の下町は、何でもストレートに発言してしまうのですね。言いたいことを言ってスッキリ。翌日にはすっかり忘れて普通に会話するのが日常でした。
でも、あるとき京都・西陣出身の外交官の方と仕事でご一緒させていただいたことがあるのですが、その方が「僕は世界で一番、外交に向いているのは京女(きょうおんな)やと思います」とおっしゃったのです。
長谷川 それはおもしろいお話ですね。
中野 その方ご自身も物腰が柔らかくて、人を傷つけることは決しておっしゃらない。よくよくお話を伺うと、その方は小さい頃から、何か言うのでもちょっとオブラートに包まないとおしゃれじゃないと、周囲の京女の方々から鍛えられたのだそうです。外交は白黒をはっきりさせないのもテクニックだから、幼少期からの教えが役に立っているとおっしゃってました。
これはすごい! ぜひ皆さんに知ってほしい! ということで『エレガントな毒の吐き方』を書いたのですが、とても一冊では勉強しきれなくて。今日は、さらに深く学ばせてください。
長谷川 中野先生の本を読ませてもろて「いやぁ、えらい京都のこと、ええふうに書いてもろてるなぁ」とうれしく思てます。僕も中野先生と同じで、京都のことを広めたいというのが、今、Instagram(@k_koikoi_hase)などの活動の原点です。僕は現在、大阪に住んでいるんですけど、京都に住んでないからこそ見えてくるもんもあったりしますんでねぇ。
中野 長谷川さんの動画はものすごくおもしろくて、私も大ファンです。動画を始められたきっかけを教えてください。
長谷川 根底に京都愛があるというのが大前提なんですけど、京都の人には「いつもえらい、上からよそさんをいじったはるけど、もうええ加減にいじられる側にならはってもええんちゃう?」という思いです。
例えば、だいたいの大阪のおばちゃんは「ほんまにアメちゃん持ってるの?」と言われたら「アメちゃんは持ってへんけど、ガムなら持ってるで」とか返します。なのに京都人はぶぶ漬けの話されたときに、ええ返しを準備してないことがほとんどで、それが悔しかったんです。京都人って人をいじることはあっても、いじられ慣れてないので、「京都人はおもしろない」と思われがちなんです。それがものすごく歯がゆくて、そういう部分にお尻たたきたいと思って。
そやけど、誰に求められてやったわけでもないので、最初のうちはめちゃくちゃお叱りを受けたんですよ。
中野 えっ! そうなんですか? 京都の人から?
長谷川 はい。「そういうもんは京都の中で収めておくもんやのに、わざわざ外に持ち出すな。お前みたいなヤツが出てきたら、京都人、真っ向から戦わなあかんやん」と(笑)。
中野 京都の方が「いい返し」をマスターしたら最強ですね。
長谷川 今、京都はものすごいインバウンドのお客さんが来たはりますけど、そういう方々へのおもてなしの意味でも身につけてほしいと思てます。
中野 なかなかスパイシーなおもてなしですね(笑)。
「京都の言い回し」は実はキツい? 長谷川さんの言葉選び
中野 実は私の『エレガントな毒の吐き方』では、相手に伝わるか伝わらないかの形で本音を言う京都の人の言葉選びを詳しく解説しました。でもおはせさんの動画は、京都の言い回しでありながら言いたいことがとてもよく伝わりますよね。視聴者にとってはとても分かりやすくて、応用が利く手法を提示されているのがすごいと思いました。
それで、私が本で書いたよりももっとはっきりと返す方法を提示したほうが、読者の方もスッキリするのかなと思ったりもしたのですが、動画はエンタメとしてより強調されているのですか?
長谷川 おっしゃるように、日常で僕の動画みたいに言うたらケンカになります(笑)。エンタメとして見てもらいたいと思ってもいますが、ただ、大げさに誇張しているだけでもないんです。
僕の動画は失礼なこと言うてくる人、言うたら悪もんを京都人がやっつけるみたいな構図になってるものが多いんですね。その中で、例えばレベル1からレベル10までの失礼があるとしたら、レベル10の人には8くらいのキツさの京都弁で返す、レベル7の人には5くらいで返すというように、その間の幅を調整しているんです。
長谷川 まあ、動画で言うてるような失礼なことを日常で言うてくる人はあんまりいませんし、キツく聞こえるかもしれませんね。
中野 相手の言動によって変幻自在なのですね。
長谷川 「こんなこと言うヤツいいひんやろ」からスタートしてますんでね。例えば電車の中で赤ちゃんが泣いてるからというて、親御さんに向かって、めちゃくちゃひどい言葉で怒る人に対してやったら、これぐらいのこと言うてもええんちゃう、というつくり方をしています。
中野 その裁量はエンターテイナーとしての技量のなせる技ですよね。すごいなぁ。
長谷川 まぁ僕自身がええ性格してるので、「今から自由に文句言うてください。はいスタート!」いうて、ほんまにほんまのこと言い出したら2分間で20個くらい文句言える自信あります(笑)。
中野 そのゲーム、むちゃくちゃおもしろい! ぜひ聞いてみたいです。
NOを言いたいとき、京都の人はどうするか?
長谷川 ただ、他人さんだけでなく家族なんかも含めた実際の生活では、僕のネタのようにキツく言われることはほとんどないですね。
中野 家族間だと「親が子を叱る」ときなんかもあると思うのですが、それも含めてですか?
長谷川 そうですねえ。僕は子どもの頃、ボロボロこぼして汚い食べ方をしてたら母親に「えらい器用に食べはって」と言われました。それが叱られているというのは、ちょっと大きくなるまで分からなかったんですけど、だんだん「ここずっと掃除してるんやけど、まだここにいるの?」と言われたら、「あんたいつまでここにいるねん、はよのいて」と言われているんやなぁと理解するようになるんです。僕の場合は、親から「~するな」とかNGを出す言い方をされたことて基本的にないですね。
中野 それはすごいですね。これは本でも紹介した話なのですが、かつて私がポスドク(博士研究員)でフランスにいたとき、ポスドクって各国から来ているので、それぞれ自分の国のYESとNOをどう言うのかを教え合ったのですよ。
そのとき私は、日本ではYESは「はい」だけど、NO、つまり「いいえ」はあまり言わないと言って周囲から驚かれました。NOと言いたい場面で「いいえ」と言わずに黙っちゃうとか、よくやりますよね。だけど、京都の人は黙るわけでもなく、「いいえ」とも言わずに別のことを言ってNOをアピールするんですね?
長谷川 「せやねぇ」から入って、「聞きましたよ」のアピールをしてから「まあまあ、そやってやりたいと言わはるんやったら、いっぺんやってみはってから、いろいろ教えてもろてもええし」といったように、うまいことかわしたり、ですかね。
自分がやりたくないときは、「そんなんやらはる人もいはるんやねぇ。そういう人はうまいことやらはるんやと思いますけど、うちみたいなもんがやらせてもろてもうまいことできんやろからねぇ」と、「ねぇ」の部分を強調して終わらせますね。やる気もないし、やるとも言わない。
中野 ちゃんとNOを伝えているのがすごいですよね。
長谷川 それが相手に伝わらなかったら、ずっとなんかしゃべっていると捉えられるだけなんです。こっちとしたらずっと断っているんですけど。
「お茶、もう一杯いかが?」が「早く帰れ」と意訳される訳
中野 おはせさんの動画でもなかなか帰ってくれない人に対して、時計を見ながらだんだんゲージが上がっていくというのがありますよね。「時間、大丈夫?」と言いながら「お茶、まだ飲む?」と畳みかける。
長谷川 「約束もしてへんのに急に来た。まあ、ええか、ちょっと構ってあげよか、でもえらい長いこといるな」という相手に対して、時計見ながら「時間、大丈夫?」と何度も促すという前段階がずっとあった上で、「もうええ時間になってきたしね、まぁ、明日もあるやろから、大変やろし、それでもまだいやはるんやったら、もう一杯、お茶いりはる?」というやつですね。動画ではその最後の部分を切り取っているんです。
中野 なるほど、あれは最後の一滴なのですね。
長谷川 最初から嫌みで言うてるわけではないんです。はよ気づいてくれよ、と思いながら「時間、大丈夫?」と。敏感な人やったら気づいてもらえるサインをそれまでいくつも出している。
でも、逆にはっきり、きっぱり言わはる東京の人がうらやましいと思うことはいっぱいありますよ。
中野 確かにそのほうがラクではあるんですけど、それで人間関係を損なうリスクもあるんです。東京のような流動性が高い地域だと、この人とはダメでもまた次の人に頼もうということもできるのですけど、京都のようにずっと同じ人が隣に住んでいるような地域だと難しいのでしょうね。
長谷川 死ぬまで縁が切れない。いや亡くなってからもお葬式やら法事でずっと縁が続きます。
僕があんな動画をつくっているのは、京都、もっと言えば京都の人がものすごく好きだからなんです。愛くるしくて気が小さくて、相手を傷つけるかもしれん、嫌われたらどないしょと思いながら、あんな長ったらしくいろいろ伝えようとするところがいとおしい。だから「京都弁」を強調してやっています。
中野 京都の人と話をしていて「私ははっきりものを言うほうやから」と言われることがあるのですが、そんなときでも私からすると、「ん? はっきり……かな?」となりがちです。「はっきり」のレベルが全然違うんですね。
そのような伝え方で、京都の内側の方々は気持ちを伝え合えているのですか?
長谷川 中野先生の本の中に京都弁の問題がいくつかありましたけど、僕、間違えたところ何箇所かあります。年齢や育ったエリアによっても違うと思うんですが、僕より上の年代の方々なんか、とても太刀打ちできない濃い京都弁の使い手がいっぱいおられます。
先生が書かれてた通りに、相手に注意した気持ちになれただけで十分っていうところ。その意味が分かる人だけに伝わればいいわ、というのが京都弁の一番心休まるような使い方なんやろうなあと思いました。
中野 読者の方からも、「もっと言いたい!」という声が寄せられているので、もっと分かりやすいカジュアルなエクストリーム版っていうのをつくったほうがいいんじゃないかとも思っています。
長谷川 それを知りたい人も多そうですね。そんな本を書いていただいたら、僕もネタをもっとやりやすくなりそうです(笑)。
構成/永浜敬子 写真/尾関祐治
中野信子(著)、日経BP、1320円(税込み)






