脳科学者・中野信子さんの『 エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術 』が、発売から2年以上たった今、再び人気を博しています。一方、芸人のおはせさん(長谷川大祐さん)がInstagramをはじめとするSNSで発信しバズっているのが「堪忍(かんにん)えー!」のフレーズとともに発せられる、毒舌で愛のあふれる京都ネタ。「はた迷惑な人」を京都の言い回しで撃退する痛快さに、多くのファンが魅了されています。本連載では、東京出身の中野さんと京都出身の長谷川さんの「京都の言い方」をめぐる対談を通して、改めて「いいコミュニケーション」を考えます。2回目は、「京都の言い方」の使いどころについて。
破局的トラブルを事前に防げる? 京都の言い方
中野信子氏(以下、中野) 拙著『 エレガントな毒の吐き方 』の読者の中にはモラハラ夫やモラハラ上司に困っている方もいらっしゃって、そういうモラハラの相手にうまく返したい、という声が多いんですよ。
長谷川大祐氏(以下、長谷川) 僕の動画でも対象が悪いことをしている、言うたら敵であることが大前提でつくっているものが多いです。僕のところにも視聴者さんから、モラハラ夫にこんなこと言われたから言い返したいという相談が来たりします。
中野 もし離婚することになったとしても、そこに至る前に京都弁で言えることがあるんじゃないかと思うんです。
長谷川 はっきりキツく言う前の一段階目で使えるんちゃうかなというのはすごくありますね。
中野 すごいなぁ。京都の言い回しって、破局に至る前に相手の気持ちをちょっと変えさせたりとか、気づいてないことに自分で気づくように仕向けるチューニングができると思います。その使い方をあまりにも私たち東人(あずまびと)は、学んできてないんですね。こういうのは子どもの頃からやったほうがいいのかなって思うのですが。
長谷川 中野先生にほめてもろてうれしいですが、反対に京都にはストレートなはっきりした物言いが苦手な人が多いと思います。僕は15年大阪で勉強して、ようやくたまにストレートに言えるようになりましたからね。要領の問題もあると思いますけど。
だから京都の人にはっきり言わせようとしたら、もうてんやわんやになって、何もしゃべれへん人間になる可能性もあるかもしれません。
ただ、子どもの頃はストレートに言うほうがええ場面も多いけど、成長してどっかの段階から京都弁がすごく役立つところが出てきたのはそうですね。だから大学とかで科目にしてもええかもしれませんね。
中野 国際政治学の1科目になり得ると思いますよ。外交交渉術では、相手に「負けた」と思わせたら、どんなリベンジが返ってくるか分かりませんから。相手に花を持たせていい気分にさせておいて実を取るということが、言葉ひとつでできるのは素晴らしいと思います。
「伝わらないことも許容する」という伝え方
長谷川 実は動画をやり始めた頃に「京都の人ってこうやってしゃべるらしいです」と、僕の動画を授業で使わはった中学の先生がおられたそうなんです。
僕の動画て、中学生にはちょっと早いんやないか、不向きやないかな、中野先生が言わはるように大学の科目くらいやったらちょうどええと思うんですよ。なんでか言うたら、親御さんに使い出すとややこしくなるんです。その言葉の意図も分からんのに偉そうなしゃべりをすると、親御さんがイラッとしはると思います。以前に「うちの子どもが京都弁をしゃべり出しました。どうしてくれますか?」というDMをいただいたこともあるぐらいなので(笑)。
中野 R18指定にしなきゃだめですね(笑)。
長谷川 なので僕は用法用量を守って、心の中で言うだけにしといて、使えるようになるのは後々にしておいてあげてね。お子さんに見せるのも、気をつけて見せてあげてくださいねっていうのを必ずつけるようにしてます。
中野 確かに「相手に分からないのがミソですよ」っていうところをすっ飛ばして、相手を傷つけるためにとか、自分がスカッとするためだけに使うのはダメですよね。
長谷川 だから授業でやるのは、すごくええと思うんですよ。僕は、動画はおもしろいもんにしたいと思ってるので、講座的なものにするのは抵抗があるんです。「本にしてください」とか、「京都弁の単語帳をつくってください」とか言われることもあるんですけど、そうすると、部分の切り取りになって、今の時代、言葉狩りみたいになってしまいます。
こういう前提があって、こういう意図があるから、この言葉がいいですよ、という流れが理解できれば、京都弁は使い勝手のええもんなんやないかなと思いますね。
中野 子どもにはちょっと早いんじゃないか、というのは確かにそう思います。
脳の発達段階ってまだらというかムラがあるんですよね。運動機能や視覚などは、新生児の段階でもある程度できあがるのですが、社会性の領域や共感、相手のことを思いやるという部分ができるのは、かなり遅いのです。中学生くらいだと、相手の気持ちをおもんぱかるような領域が未発達。極端ですが、相手のことを思いやるより、殴り返してスカッとするみたいな気持ちのほうが強い。相手が殴られて、どれだけ痛いかなんて部分まで理解しようとしないから、中学生にこれを教えても、気づかないのかもしれないですね。
長谷川 なるほど、じゃあ、単に嫌な言い方する人やと捉えてしまうかもしれへんってことなんですね。
中野 「あなたと関係を切りたくないから、こういうふうに言うんです」っていう気持ちが伝わらないと逆効果ですよね。
実は「正しいこと」こそ取り扱いに注意が必要
中野 私は30歳過ぎまで、サイエンスの世界で外の人とほとんど接することなく育ったのですが、そこでは「正しいことであれば、人間関係とか関係なく言うべきだ」という空気があるんですよ。真理は非常に大きな価値を持つものだから、それに合わせるべきだ、みたいな世界です。
でも、実際の社会はそうは動いてない。むしろ真実が人間関係を壊すことも多いから、それは見なかったことにしようとか、まあ、今は言わないでおいて時がきたら言うとか、知ってる人だけ知っていればいいというような運用がなされるわけですよね。だから研究の世界って、実際の社会との温度差が結構あるんですよ。テレビに出始めた頃は、ちょっと戸惑いました。本当のことを言えば、みんな分かってくれると思ったけど、全然そんなことはなかった。
長谷川 そうなんですか?
中野 例えば、「母乳を飲んで育った子どものほうがIQが高い」という論文が出たことがあったんです。そういうことを報告した論文はあるけれど、それを言うと、母乳の出ないお母さんとか、すごく傷つく人が出てしまうんです。今は、IQは社会経済的格差の反映であって、必ずしも母乳ということではないとなっていますが、仮にこの論文が科学的に正しいとしても、この論文の話を大々的にして、むやみに人を傷つけていいということではないですよね。
長谷川 表に出るってことはそうですね。
その点、僕はラクなのですよ。もともとの入りが京都の人は嫌みやとみんなが思っているから、嫌みだけじゃないなっていうのが伝わったらええんですよ。マイナスからのスタートなので(笑)。
中野 それは強いですね。
長谷川 配信とかでは、僕は「アンチが来たら、よだれが出る」と毎回言ってるんです。僕のことを応援している人はええことしか言うてくれはらへんから、「おおきに」「えらいたいそうに言うてもろて」とかしか返せへんのですけど、「なんやこいつ、お前、なんやねん」みたいに言われたら、「そんな人のとこに、わざわざコメントしに来てくれはった、おおきにえ」と、一気に楽しくなるんです。そうなると、他のコメントがピタッと止まるんですね。「あ、この人、今楽しんでるから邪魔せんとこ」という状況になります(笑)。
中野 みんなちゃんと空気を読んでいますよね。
長谷川 僕の使う言葉は、基本的にストレスがあるところに生まれるんです。動画の題材も、迷惑行為に対してのものが基本。でも、その物差しはあくまで自分なので、世の物差しに引っかかっているものもあれば、僕がめちゃめちゃ細かく、気にしているだけのこともあると思うんです。
コロナ禍以降、コンビニのレジなんかでは間隔を空けて並ぶように、立つ位置が決められるようになりましたよね。でも、それを無視する人がいる。それ自体は、ものすごく悪いことをしているかといえばそうでもないし、気にせん人もいる。
でも僕はちゃんと並ばへん人に対して「なんでこんな近くで待ったはるんか、ちょっと気になってしもて。あっち並ばはったほうがもっとはよ会計できるんちゃうかと思ってねぇ」とずっとしゃべり続ける動画があるんですけど、これはあくまで僕の指針です。だから中野先生みたいに理論があって実績があって結果があってしゃべらはるんは、めちゃくちゃ大変やろなあと思います。僕は僕の価値観だけでやってるので。
中野 いやいや、長谷川さんの動画はものすごく柔軟なので、多くの方がいろいろなところで共感しているんだと思いますよ。
コミュニケーションのゲイン効果とロス効果
長谷川 言いたい放題言っている僕の動画ですが、実は配慮というか、フィクションの部分もあるんです。
それは、電車の中で泣いている赤ちゃんに怒る関東弁の人を、「堪忍えー!」と京都弁で撃退するというつくりです。これには理由があって、関西で泣いてる赤ちゃんに文句言ってる大人の男性がいたら、京都人が出る前におばちゃんたちがボコボコにすると思います(笑)。関西人同士では想像もできんから、関東の人に悪意があったわけじゃないのですが、悪もんを関東の人に任せたんですよね。そういうフィクションの使い方をさせてもらったりとかはあるんですけど、まあ、気楽にやらせてもろてます。
中野 今お話しいただいたのはゲイン効果で、もともとちょっとみんなに怖がられている京都の人がいい人役をやるのは、不良が子猫に優しくしていると、より優しさが強調されるというのと同じ効果がありますね。
研究者って、学校のテストができただけで、高学歴になっちゃったみたいな人が多いんですよ。勉強ができるだけで聖人扱いされたりするんだけど、全然そんなことはなくて、むしろ社会にあまり適合できない人も多いと思います。これは正しいんだから、傷つくほうが悪いでしょ、みたいなことを平気で言っちゃう。すると大変なことになりますよね。これはロス効果です。「こういうエビデンスがあるんですよ」というのを提供するのも、科学者の役割のひとつだと思うんですけど、受け取るほうがどんなふうに思うかなっていうのは、コミュニケーション上、やっぱりもっと考えていかなければならないと思います。
長谷川 数字とも勉強とも向き合わずにきた僕からしたら、まあ、言うたら「ないものねだり」みたいな部分はあると思います。研究者の方々が勉強に使ってはった時間を、僕らは芸人として分かりやすいようにしゃべることを身につけてきたので、こうしてお話させてもろて、こういう人にこういうふうに話したらええんちゃいますか、と通訳みたいな役はさせてもらえるんちゃうかなと思います。
中野 それ! それを求めているわけです。学者であれば、あんまり直接的に人とやり取りするのは基本的にはないんですよ。メディアに出る人はたまにやるけれども、直接やり取りするケースが多いのは臨床医くらいです。
ただ、例えば「あなたの遺伝子は、認知症になるリスクが高いです」とか「あなたのお子さんは、IQが低くなる可能性が高いです」という事実をそのまま伝えられたら、聞き手としては絶望的な気持ちになりますよね。
通訳してくれる人がいなくても、人を傷つけてしまうような言い方をしないためには、やっぱり「京都の言い方」を身につけたい。研究者や学者でなくても、今コミュニケーションでロス効果を生んでしまっている人はぜひ、私と一緒に「京都の言い方」を身につけてほしいと思っています。
構成/永浜敬子 写真/尾関祐治
中野信子(著)、日経BP、1320円(税込み)





