脳科学者・中野信子さんの『 エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術 』が、発売から2年以上たった今、再び人気を博しています。一方、芸人のおはせさん(長谷川大祐さん)がInstagramをはじめとするSNSで発信しバズっているのが「堪忍(かんにん)えー!」のフレーズとともに発せられる、毒舌で愛のあふれる京都ネタ。「はた迷惑な人」を京都の言い回しで撃退する痛快さに、多くのファンが魅了されています。本連載では、東京出身の中野さんと京都出身の長谷川さんの「京都の言い方」をめぐる対談を通して、改めて「いいコミュニケーション」を考えます。3回目は、京都弁の持つエレガントさと毒について。
結論を保留にする「京都のやり取り」
長谷川大祐氏(以下、長谷川) 僕はインスタライブ(視聴者がリアルタイムにコメント投稿ができるInstagramの生配信機能)で、視聴者の相談ごとに答える配信をしています。
中野信子氏(以下、中野) ファンからしたらとんでもなくうれしい配信ですよね。
長谷川 その中であるとき、お子さんのことで悩みがあるという相談があったんです。
内容が深刻なものだったので、「ちょっとものがものやから、みんないったん、コメントやめてもろてええか? みんなでこの問題を考えよう」と呼びかけました。そしたら「こうしたらどうか」「ああしたらいい」とかいろんな意見が出てきたんです。
長谷川 僕も専門家やないから、答えなんて出せへんのですけど、「こうしたほうがええかもしれへんけど、でもそれって、傍から見た人の意見やから、そんなに言われても簡単やないって思わはるやろしねぇ」とか言うて、「答えは出さへんけど、僕はこうは思ってます。でも、難しいのは分かってますよ」っていうやり取りを続けていたら、相談してこられた親御さんも「いろんな意見が聞けてよかった。まずは、動いてみます」と言うてくれはりました。配信後には「ああ、何の役にも立たへんかったな」と思たんですが、でも親御さんが落ち着くところに持っていけたんはちょっとだけ手助けになれたかなと思いました。
京都の人って「せやねー」と言いながら、のらりくらりとかわして相手に落ち着いてもらう間合いを取る、みたいなところがあるんかなと思いました。
中野 会話が変なふうに盛り上がっちゃったとき、そのアグレッション(他者への攻撃的・敵対的な行動)が収まるまでの時間は約90秒だと言われているんです。90秒って話していると結構長く感じるんですけど、京都の人みたいに「せやね」とかわして90秒がたつのを待つというのはとても有効です。
興奮している側も怒りがだんだん収まって、「そういえば、こんなに怒らなくてもよかったな」とか、「攻撃する気持ちが盛り上がっちゃったけど、今はもうそんなに攻めるつもりになってないな」と感じるまで、やんわり受け止めるってことなんですね。
それにしても、長谷川さんのような返し方をする人は、私の周りにはなかなかいません。「相づち」という言葉では収まりきれませんよね。
長谷川 そうですねえ。「ああ、確かにそう言うてはる人もいやはるねぇ~」とか「かなわんねぇ、そんな言い方をせんでもええのにね」とか、心得ているようで全く心得てないんですけど、「ちゃんと聞いてますよ」という姿勢を示しながら、相手の言葉になんか言うっていうのはやりますね。京都の人なら永遠に続けられるんやありませんかね。
中野 すごい! 京都AIじゃないですか!
長谷川 うちの母親はようそれしてました。子どものとき学校でなんか嫌なことがあって、洗いもんしてる母親に「聞いて、聞いて、聞いて~。今日、学校で先生にこんなん言われて」と訴えても「そうか~」「そやねぇ~」でのらりくらり。たぶんちゃんと聞いてへんかったと思うんですけど、僕にしたら思いを全部話してすっきりして「まあ、ええか」と(笑)。
中野 京都の人には相手を満足させる言葉の引き出しがたくさんあるのでしょうね。これはまねしたい!
長谷川 京都の人は、何をしてても人の話が聞けるんですよ。洗濯しててもご飯つくりながらでも、なんやったら、ろくろで器つくりながらでも、「それは大変やったね」「そうやったんや」「へえ、そんなこともしはったんや~」ってできると思います(笑)。これはマルチタスクとまた別の領域でしょうね。
中野 オートパイロットモードですね。
長谷川 ものすごく深刻な悩みのときは、また違うんですけど、ちょっとした相談やったら、だいたいこのモードで、相手の話の深度に応じて返事をカスタマイズするという感じですね。
中野 京都の方は悩み相談に乗るのがお上手な方も多いのですね。長谷川さんも、カウンセラーの適性がありそうです。
長谷川 さっきの母親みたいに、あんまりちゃんと聞いてないようなときもありますけどね。「なんか、話をよう聞いてくれる」ということで、京都以外の人から悩み相談を受けることも多いです。
これは本心? それとも自虐? 見極めが難しい京都弁
中野 カウンセラーのトレーニングを受けたことがあるのですが、そのときに印象に残ったのが「相談者と親身になってしまう人は向いてない」という言葉でした。親身になりすぎると相手に引っ張られてしまうんですよね。だからビジネスだと割り切っている人が適していると。
長谷川 僕、ドラマとか見て泣いてしまうタイプですよ(笑)。
まあ、そのお話に該当するかどうか分かりませんが、子どもさんの話とか、自分が経験してないことに関しては結構ズシンと入ってくることはあります。というのは京都の人ってなんか考えたり、察するときに想像が大きくなるんです。「この人がこう思わはったらどうしよう」と、最悪の場面を想定する。それこそ「もう一杯お茶飲む?」と言われたら、「もう、ここに座ってるだけでイラッとさせたんちゃうやろか」と相手が思てる以上に悪く捉えてしまうこともあります。
中野 「京都の方の本心をきちんとくみ取れていないかもしれない」と思うことがあるのですが、京都の方同士でも同じなんですね。
長谷川 これは経験に基づいた想像なので限度がありますが、自分が経験してないことやったら、その想像がむちゃくちゃでかくなってしまうんです。
中野 使い方を間違えると、察しすぎてつらくなって疑心暗鬼になりかねない。おはせさんの「何を言っても京都弁に捉えられてしまう」動画、おもしろかったです。
長谷川 「お茶いれるね」「いや、帰ります?」「なんでなんで? 今来たとこやないの?」「いや、これって今すぐ帰らないとぶっ飛ばすぞという意味ですよね」「そんなん言うてない、言うてない~」という京都人あるある動画ですね(笑)。
本心とお世辞 長谷川さん流の見分け方
中野 京都の方の言葉が本心かどうかの見極めは本当に難しいですよね。「ほめ言葉を言ってくれているけれども、これは本当にほめられているのか? ん? これは?」というケースもあります。本心なのかどうかを見分ける方法ってあるんですか?
長谷川 確かに難しいんですけど、ほめる場面の場合、自分を下げているならほんまにほめてると思います。例えば、中野先生がドレスアップされてるときに「えらいきれいにしはって、うちなんかもう全然そんなできひんからうらやましいわ」と言われたら、だいたいほんまにほめてます。基本、自分の話がしたいので、「うちなんか~」の後にいっぱいしゃべりたいことがあるんですけどね(笑)。
中野 おお、その言い方はほめていただいていると思っていいのですね。
長谷川 見極めは「重心がどっちに乗っているか」だと思います。嫌みを言うときは軸足が相手にありますけど、自分に軸足があるときは大丈夫です。
中野 「うちなんか~」は自虐の言葉ですが、それにはどう返すのがいいでしょう? 『エレガントな毒の吐き方』でも自慢のままで終わるのは行儀が悪いというようなことを書いたのですが、「そんなお若いのにようお勉強されて。うちなんて勉強が苦手で~」と言われたときにどう返せばいんだろうと悩んだことがあります。
長谷川 ここが難しいところで、自虐いうて「確かにそうですよね」って言われたら険悪になります。でも自虐を完全に否定されると、それはそれで寂しくなるんです(笑)。京都の人ってわがままやから。京都人同士なら、「いや、もう全然言ってくれはったらええんよ。そのほうが私もしゃべりやすいし」とか、相手が自虐をアシストするケースもあります。けど、これはむちゃくちゃ塩梅(あんばい)と見極めが難しいですね。
中野 「いやいや、人生勉強ではかないません」とかも考えましたが、これってすごくダサい返し方じゃないですか(笑)。
どうすれば自虐してきた相手をカッコよくほめ返せるんでしょう?
長谷川 いや、自虐でほめてくださいというパスを出しているほうが、そもそもダサいし無粋だと思いますよ(笑)。話したはるときに、自分の話に持っていこうとしてるんですから。もちろん皆が皆そうじゃないですが、会話泥棒の可能性があります。
中野 会話泥棒はカッコ悪いんだ!
長谷川 それはやっぱり、あつかましいですからね。京都人はあつかましいと言われるのを一番嫌いますから。大阪人が「おもろない」と言われるのが一番の屈辱と同じくらいに(笑)。
京都に学ぶ「エレガントな断り方」
中野 この対談の最後に、ストレートに伝えるのではない「ものの言い方」について聞かせていただいてもいいですか。
『エレガントな毒の吐き方』を執筆する前に取らせていただいたアンケートにもあった悩みなのですが、「自分も好感を持っている方で、よく食事に誘ってくれるけど、そのお店選びのセンスが悪くて困っている」というものがありました。その人との関係性は壊したくないけれども、一緒に行くのは避けたいというとき、長谷川さんならどうされますか?
長谷川 そうですねえ。僕だったらその人との関係性を続けたいのやったら「行かせてもらってもええねんけど、私が偏った趣味してしもてるせいで、そのお店で私が楽しめへんことで空気が悪うなってしまうかもしれんから、いっぺん私がここ行きたいみたいなとこ行かせてもらってもええ? そこがあかんかったら申し訳ないねんけど、一回行きたいと思てる店があるねん」とか言うと思います。自分が楽しめへんということはよくないことであり、私が迷惑をかけているので、という下がり方ですね。まあ、あとの提案は別にあってもなくてもいいと思うんですけど、こういう持っていき方やったらケンが立たへんと思います。
中野 すごい! これは国際政治学に応用できますよ。
では、「二度と会わない相手に、ケンカはしたくないけどチクッと言いたいとき」はどうでしょう。例えば道路で大騒ぎしている人にすれ違いざまにかけるキラーワードみたいなものはありますか?
長谷川 「はしゃいでる」が一番使いやすくていいと思います。「はしゃいでる」って子ども以外で言われると、だいぶ恥ずかしい言葉なんですよ。行儀悪い人には「えらいはしゃいだはって楽しそうやねぇ」でええと思います。
「子どもちゃうねんから、そんなとこで大騒ぎせんとちゃんと前見て歩け」と言うてるんですけど、相手からしたら自分が「楽しそうに見えるんや」と捉える人もいると思います。
僕はこれよく使うんですけど、ここまで説明せんかったら、「核心を突いて気持ちよくする」みたいに取られるかもしれませんが、そうやなくて自分だけが気持ちよくなれるかもしれへんぐらいのことなんです。
中野 『エレガントな毒の吐き方』は、京都の方から言われた「棺桶(かんおけ)に足を突っ込んだときに『あのとき言われたあの言葉はもしかして』と相手が気づくような伝え方」を目指したものなのですが、この言い方もまさに……!
長谷川 「あのとき、大人やったのにはしゃいでるって言われたのは、もしかして……」と気がつくことがあるかもしれんと思うだけで、だいぶ気楽にはなれますよね。
中野 京都の言葉は素晴らしい! コミュニケーションにおいて学ぶべき部分がとても大きいと思います。
京都弁は単なる方言ではなく、高度なコミュニケーション技術ですよ。直接的な表現を避けながら意図を伝える技術は、相手の感情を傷つけずに意思疎通を図れる。先にも言った国際政治学の外交交渉術や心理学など、実践的な教育への応用にも大きな可能性があると思います。これからも動画を楽しみにしています。ありがとうございました。
構成/永浜敬子 写真/尾関祐治
中野信子(著)、日経BP、1320円(税込み)





